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桜さん『あの日見たオレンジ色』感想

桜さんの記事を初めて目にしたのは、去年の11月あたりだったと思う。それまでの僕にとって”コロナ後遺症”というものは、ニュースなどで目にすることはあっても、自分とは少し離れた世界のものだった。
桜さんの綴る言葉はやさしくて、穏やかだった。
彼女はその優しさを持ったまま、病気と闘っていた。

この『あの日見たオレンジ色』は、去年の12月、桜さんが通っていた通信制高校のスクーリングについての心情を、まっすぐで穏やかな言葉で綴ったエッセイ作品だ。

感想とは少し逸れるかもしれないが、僕は是非、この記事を読んだ多くの人が『あの日見たオレンジ色』だけではなく、桜さんがこれまで綴ってきた多くの作品を読んでくれることを願う。
”コロナ後遺症”というものについて当事者である桜さんの言葉で知ることは、大袈裟かもしれないが、今を生きる僕ら全員にとって半ば責務のように思うのだ。僕らは、同じ時代を生きているのだから。



桜さんは、通信制高校以前に通っていた高校での経験を綴った上で、こう記している。

ここまで鮮明に覚えているから、駄目なんだろうなと思う。苦しかった瞬間を忘れられれば、ここまで集団授業を怖がることもなかったかもしれない。何度も何度も思い出して、記憶定着のお手伝いをしている自分が、馬鹿みたいだ。

『あの日見たオレンジ色』より抜粋

僕はそれについて、コメント欄にこう記した。

桜さんが苦しいときの記憶を鮮明に覚えているのはきっと、それに美しい記憶が深く関係しているからなんじゃないかな。桜さんの苦しいとき、つらいときを一緒に闘ってくれたご家族や友人の記憶、そして、苦しさを乗り越えられた記憶があるからこそ、苦しかった記憶も忘れられない。深く結びついていて、どちらかだけでは存在し得ないから。

『あの日見たオレンジ色』コメント欄・ナル

今も、こう思ってはいる。ただ、それが正しいのかは、僕にもわからないままだ。

これまで桜さんにかけた言葉について、何度も悩んだ。上手く伝わっただろうか、傷つけてはいないだろうか。励ましではなく、重石のようなものになってはいないだろうか。
だから、正直に言ってしまえば、今も怖い。

桜さんへ。
これを綴ることで、桜さんは傷ついていないかな?
すごく、すごく怖いよ。一生懸命に未来に向かっていくであろうあなたの足枷になってしまわないか、病気に立ち向かうあなたの心を傷つけているのは僕なんじゃないかって。
でも、何度も伝えたようにね、僕は桜さんの味方でいたい。
桜さんが元気になって、幸せになる未来。そこに辿り着くまでの支えでいたい。
だから、書かせてね。



桜さんはこのエッセイで、家族の方々からの支えを受けながら無事にスクーリングを乗り越える様を描いている。
僕にとっては、それが紛れもない希望だった。

病気になったことのある人間は、少しなりともわかると思う。
病気というものは、治療を続けても一直線に治るわけではない。快復に向けて一歩進んだかと思えば、次の日には平然と大幅に悪化することもある。快復という道は、真っ直ぐでもなければ、穏やかでもない。

だからこそ、桜さんがスクーリングを無事に終えることの意味を僕らはみんな知っているはずだ。

その日の朝まで自分でもわからない体調。
ふとしたきっかけで駄目になってしまうこと。
今まで頑張れていたことが、できなくなってしまうこと。

僕も、何度そういう経験をしただろう。
僕だったら諦めてきたその場面で、桜さんは立ち向かった。痛みや不安、苦しみと向き合いながら、それでも乗り越えた。

桜さんは『助けてもらってばかりだ』と文中に記している。
彼女を応援する一個人として、僕はそれが嬉しい。桜さんの周囲に、助けてくれる人がたくさんいてくれるという事実が、嬉しい。
助けてもらってばかりでもいいんだよ。
みんなきっと、義務感で桜さんを助けているわけじゃない。
桜さんが大切だから、助けたいと思うの。


このエッセイは、こういう一文で終わる。

私はとても弱いけれど、授業に出る前より少しだけ、ほんの少しだけ、強くなれた気がした。

『あの日見たオレンジ色』より抜粋

「そうだね」という気持ちと同時に僕は「違うよ」とも思った。

「ほんの少し」なんかじゃない。
桜さんはきっと、この日々を乗り越えたときに気づくんだと思う。「ほんの少し」なんかじゃないほどに自分が強くなっていることに。
『病気になる前』とも『病気でいた頃』とも違う、新しい桜さんになっていることに。



繰り返すようではあるが、桜さんがこれまで綴ってきた多くの言葉たちを、僕は多くの方に読んでほしい。
『あの日見たオレンジ色』だけではなく、これまでの彼女の言葉を。

その上でもう一度、この作品を読んでほしい。
桜さんがスクーリングを乗り越えたことの意味が、また違って見えるはずだ。彼女が乗り越えたのは、単なるスクーリングではない。
僕らが精一杯勇気を出して、それでも乗り越えられないような大きな壁を、桜さんは越えたのだ。



桜さんへ。
変な文章になってしまったかな。
感想、と呼んでいいかは少し微妙かな。
喜んでくれたのなら嬉しいけれど、傷つけていないかは不安だよ。

桜さんが病気に立ち向かいながら生きていくことは、僕や、他の多くの方々にとって紛れもない希望だけれど、どうか無理だけはしないでほしい。
弱音や愚痴も、全部吐き出していいからね。
心が軽やかでいられるように生きようね。
桜さんが望んでくれるなら、いつまでだって味方でいるよ。
元気になろうね。
桜さんが望む幸せを全部手にする、穏やかな未来が、できるだけ早く桜さんに訪れますように。
元気になろうね。

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