『また連絡します』という呪い -消費者発のディストピア-
『都合が悪くなってしまったので、次回の予約はキャンセルでお願いします。』
『また都合が良いときに連絡します。』
このように、何らかの予約をキャンセルした経験はあるだろうか。
美容院、ジム、スタジオ、そして私自身が直面する接骨院、整体院などの代替医療業界。
最近、SNSを中心として
『回数券をしつこく勧められて面倒くさい』
『次回予約の催促がウザい』
『自分のペースで通えるところはないかなぁ』
このような発信をよく見かける。
それは代替医療業界のみならず、接客サービス全般に対しての”ご感想”として。
しかしそういった
・回数券(チケット)
・サブスクリプション
・会員制
そのような【商業主義的】として捉えられがちなビジネススタイル。
果たしてそれらは本当に経済性最優先、金の亡者や守銭奴がユーザーを喰い物にし、金銭を巻き上げんとする悪しき風習なのだろうか?
私自身、かつてその様な業界に身を置き、回数券(チケット)制のビジネススタイルを経験した。
表向きではそのビジネススタイルを選択肢の一つとして肯定するという、当たり障りのない意見と立場を表明していたが、正直のところ上記のような”悪しき風習”としてそれらを軽蔑していた。
しかし”あること”を立て続けに経験し、自身の心身を著しく削られたことを経て、そのようなビジネスモデルが主流となってきたことのある種の必然性のようなものを強く感じた。
はじめに明言しておこうと思う。
今回の記事は【公平な立場、視点】からの発信では決してない。
そして絶対唯一の正解ではないことは重々承知しているが、間違いだとも思っていない。
『受け入れてほしい』『厳しい意見は送らないでほしい』などとは微塵も思わない。
匿名という『何でもあり』という立場からの発信ではあるが、【施術者(店舗側)】と【ユーザー】というとてつもなく大きな主語を扱う以上、一定の正当性はあると思う。
そして結論の一部を先に提示しておく。
『都合が悪くなってしまったので、次回の予約はキャンセルでお願いします。』
『また都合が良いときに連絡します。』
他者との別れ方が未熟、または弁えないユーザーが一方的に放つその言葉。
知ってか知らずか、これらは施術者側(店舗側)の人間にとっては、一生心に残り続けるかもしれない【呪い(のろい)】にもなりうるのだ。
私は過去、『根本改善』を謳う業界全体への違和感と、その構造の一端を成してしまっているであろうユーザー心理、それらが織りなす歪な構造についての記事を書いた。
前回記事の注釈では暈していたが、接骨院や整体院が『根本改善』を広告として謳うことは違法行為であり、犯罪だ。
それは資格の有無など関係なく、柔道整復師、鍼灸師、理学療法士や作業療法士が”整体院”として独立した場合も同様である。
(それぞれの”自認”は私の預かり知らぬところではあるが、整体院として独立し、整体師として活動していく以上は、資格の有無問わず違法行為は違法行為だ。)
その主張の前提の一つ、
高額な自費施術。その回数券が終わりに近づいた頃、追加の回数券の購入を勧められ、継続来院を促される。
『根本からの改善』を伝えられたのに、結局は繰り返し行われるメンテナンスとなっている。
(過去記事原文まま)
施術者が行う【根本改善+回数券】という構造を、私は施術者の立場から批判した。
根本改善を謳う違法行為と、回数券という経済性優先のビジネスモデルの組み合わせを批判したわけだ。
実際に批判する施術者、ユーザーもいることだろう。
しかし”あること”を経験した私は、
『実はそれらは今の時代において最も合理的なビジネスモデルなのではないか?』
『SNSで愚痴をこぼすユーザー、あなた達の行動がその現状を作り上げたのではないか?』
そう思うようになってしまった。
”あること”とはそう、冒頭のような【ユーザーによる一方的なキャンセル】だ。それも連続して。
『次回、様子を聞かせてください。』
このように次回の施術を促すのは、多くの施術者にとって当たり前のことかと思う。
・時間の経過を”検査”として行う
・不必要な検査や介入を防ぐ
・身体の自然治癒力の推移を見極める
ドクターが言う『様子をみましょう』と同じように、それらはリピート確保の文言と言うだけでなく、意味のある言葉だ。
そしてそう言われたユーザーは多くの場合『わかりました』と了承するだろう。その時点では断る理由などないのだから。
しかし一度了承を得たその約束は、一方的に反故にされることが多々ある。それも驚くほど簡単に。
一度の施術で有意な変化が起こった?
あまり効果を感じなかった?
相性が悪かった?
気を遣って良いように言ったけど、正直微妙だった?
接客や施術の質が悪かった?
料金設定が高すぎる? …
『また連絡します。』
今の時代、それらの言葉をそのまま理解しようとする施術者(店舗側)はいない。
一方的なキャンセル、すなわち”中断”を告げられた施術者(店舗側)の心の中では、様々な推察が巡り続ける。
それを邪推だとして一笑する、一蹴するユーザーも居ることだろう。
しかし中断を告げられた施術者はユーザーの真意を知らないし、これから先知ることもない。
その中断は答え合わせの機会を一生与えられないまま、心に残り続けることになる。
これを【呪い(のろい)】と言わずになんと言おうか。
来て下さったユーザーに、誠実に向き合った。
知識、経験、技術、その他多数のリソースを割いてサービスを提供した。
そして答え合わせができない一方的な中断、直前まで確保されていた予約枠、施術者(店舗側)の虚無感と無力感…残るのはあまりに悲しいものばかり。
それらを防ぐにはどうすればいいだろうか?
そう、回数券(チケット)やサブスクリプション、会員制といったビジネスモデルだ。
『次回、様子を聞かせてください。』
それらビジネスモデルは、この言葉の何倍も求心力がある。再度訪れるに足る理由になる。
先に高額なお金を支払っているから。
行かないとそのお金が無駄になるから。
先行した”行く理由”に縛られているから。
施術者(店舗側)がユーザーによる一方的な中断に困り果て、マーケティング業界が目をつけ、それらビジネスモデルが急速に広がっていく、主流となっていく。
私は前回、それら”根本改善”が流入し、業界のスタンダードとなる遍歴を批判の意を込めて記事にしたわけだが、仮にそれがこのような施術者(店舗側)の潜在的ニーズから始まったのだとすれば得心が行く。
もしそうだとすれば、前回の
施術者による【やむにやまれぬ全能感の演出】
ユーザーによる【自己責任の転嫁】
これら二つからなる”根本改善という構造”が、更にグロテスクなものに見えてくる。
ユーザーが
『いつでも自分の意思で、ノーリスクで、関係性をブチ切れる自由(タイパ・コスパ・自己決定権)』
を乱用するからこそ、
施術者(店舗側)は
『最初にまとまった金を人質として取る(回数券・サブスク)』
『法を犯してでも甘い言葉(根本改善)で縛る』
それしか生存戦略がなくなったのではないか?
自由を求めて「また連絡します」とフェードアウトするユーザーの行動そのものが、
皮肉にも彼らが嫌う「回数券縛り」や「押し売り」のシステムを過激化させている――。
この【消費者発のディストピア】という新たな構造、あなたはどう思うだろうか。
【消費者発のディストピア】。
我々はこの救いのない構造に組み込まれ続けるしかないのだろうか。
いや、決してそうではないはず。
この構造を作り上げたのが我々であれば、変えていくことが出来るのも我々のはずだ。
まず、ユーザー。
あなた達は自己都合による、不明瞭で一方的な中断をやめるべきだ。
『都合が悪くなってしまったので、次回の予約はキャンセルでお願いします。』
『また都合が良いときに連絡します。』
施術者(店舗側)にとって、その言葉は言葉通りの意味にはならない。
なぜなら過去全く同じ理由で、数え切れないほどの中断を言い渡されてきたからだ。
実際に都合が悪くなり、都合が良いときに再来店される場合もあるだろう。
皆が皆”建前”としてその言葉を使うわけではないとは理解している。
しかしそれは実際に再来店されたその瞬間まで、その真偽は分からない。答え合わせはなされない。
そうすると、施術者(店舗側)は驚くほど簡単に心身を削られる。
損失が発生し、意欲が削がれ、その様な状態が続けばいずれ閉業することにも繋がるだろう。
あなたの一方的な中断は、相手の心を蝕む【呪い(のろい)】なのだ。
その自覚や理解の有無に関わらずに行われる、とてつもない暴力なのだ。
ではどうすればいいか。簡単なことだ。
『次回、様子を聞かせてください』に対して一度『わかりました』と了承したのであれば、あなたは日程を変更してでも再び赴き、施術者(店舗側)と共に前回の答え合わせを行うこと。
あなたが中断したい理由が
『施術やサービスが悪かったから』
『あまり効果を感じなかったから』
『相性が合わないと感じたから』
そう思ってのことであれば、そう伝えればいい。
言いにくいことでも正直に伝える、たとえそれが面駁や面罵でも構わない。
答えのない呪いより、罵詈雑言による答えのほうが、お互いの関係の終わり方として健全なものとなるだろう。
そうして正直に答えてくれたあなたを、我々施術者(店舗側)は決して見放さない。
こちらから、あなたに向けて精一杯の差し出せる手を差し出す。
ただ、誠に手前勝手な願いではあるのだが、
施術者(店舗側)があなたに向けて差し出した手に虚空を掴ませないでほしい。
その手を取るか、払うかはあなた次第だ。
話し合うこと。もしくは”終わり切ること”。
臨床、あるいは施術というプロセスを、お互いの合意のもとで完結させること。
それが双方を尊重した人間関係の形であるし、その勇気ある行動が業界のクリーン化を促す一滴の雫となり、波紋として広がっていくことになるだろう。
そして、施術者。
私がこの業界に足を踏み入れた頃から”根本改善”という言葉が表出し始め、接骨院や整体院などの代替医療業界にマーケティング業界が参入してきた。
それに伴い回数券(チケット)やサブスク、会員制等といったビジネスモデルが主流となった。
私はこの業界の過度なビジネス化、業界全体のモラルの劣化を、キャリアを通して体験してきた。
以前はその変遷を批判し、ユーザーの弱った心理と共に織りなす構造だと結論づけた。
しかし今回の私自身の経験を経て、考えが少し変わってしまった。
誠実に接した。一度経過を観察することにし、了承も得た。
しかし実際に起こることは、ユーザーによる一方的な施術の中断。
その損失を、耐え難い苦しみをなんとか防ぐことはできないか。
その様な想いから、マーケティング業界の力を借りて、今のビジネスモデルへと形を変えてきたのではないか?
売上の追求ではなく、苦しみからの逃避と、その防衛策として。
仮にそうだとしたのなら、私は前回の記事であまりにも施術者を強く批判してしまったことになる。
しかし、そうだったとしても、施術者の”根本改善”と、それに紐付けた回数券、サブスクという手法は今一度考え直さねばならない。
優れた知識や技術があっても、ユーザーがそれを求めたとしても、我々施術者は”改善”を謳うことは許されていない。
法律はおろか、論理的にも倫理的にも。
結局のところ”根本改善”など、
情報の非対称性を利用してリテラシーを備えていない情報弱者相手に売りつける『物語』でしかないのだから。
──話し合うこと。もしくは”終わり切ること”。
臨床、あるいは施術というプロセスを、お互いの合意のもとで完結させること。
それは決して難しいことではないはずだ。
しかし、その「ほんの少しの誠実さ」をコストだと感じ、ショートカットしようとするユーザーの合理性こそが、
めぐりめぐって「回数券の押し売り」や「過剰な広告」という、歪な構造を育て上げてしまった。
悪徳な業者や、金の亡者と化したマーケターだけがディストピアの犯人ではない。
私たちの誰もが、あの「また連絡します」という一言を通じて、このグロテスクな構造の共犯者になっている。
買い手と売り手が互いを不信感という名の「人質」で縛り合う世界。 この救いのない構造に、あなたはこれからも、都合のいい言葉を投げ込み続けるのだろうか。
