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私、もう不満や愚痴を我慢しません


ありがとうを2万5千回言った。

1ヶ月で達成する予定だったけれど、40日ほどかかってしまった。

これは今も続けていて、最終の目標は50万回。
気が遠くなる?いややれる!


ありがとうを言うこととは、相反することのように思うけれど、もうひとつ試していることがある。

それは、「不満や愚痴を我慢しない」ということ。

私はこれまで長いこと、自分の中に浮かんでくる不満や愚痴を、なるべく見ないようにしてきた。

あの人にもあの人なりの、事情があるしね。
私の言い方が悪かったのかも。
もっと私がこうしていれば、こんなことにはならなかったはずだし。

納得したふりをして、出てきた不満や愚痴を、心の中の箱に押し込めて、蓋をするようにしていた。

負の感情を口にすることは、良くないことだと思っていたから、口から出してしまったときには、苦々しい気分になり、自分を責めた。

私がやっていた「ありがとうチャレンジ」には、途中で不満や愚痴を言うとリセットされるというルールがあるらしい。

けれど敢えて私は、どちらも同時にやってみた。

不満や愚痴を言っても、リセットされないルールで2万5千回達成した。

私は恐らく、これまで生きてきた中で1番、不満と愚痴を口にした。
我慢しなかった。思う存分口にした。

そして気がついたことがある。

私は、周りの人に嫌われたくない、と強く思っていた。
自分の思ったことを、素直に口にしようとする時、人に嫌われるんじゃないかと恐れていた。

それは負の感情だけではない。

私は自分の気持ちを言葉にして人に伝えるのが苦手だ。

それは、自分の気持ちを言うと、嫌われてしまうのではないかという「恐れ」のようなものが根っこにあるのだと気づいた。

私は自分の感情、今回は不満や愚痴が浮かんだら、誰かに言ってみるということを敢えてやってみたのだけれど、最初はこわくて仕方なかった。

もしかしたら、「としこさんって文句ばっかり言ってる」とか「としこさんは愚痴が多い」などと言われるかもしれない。

それは私にとって、とても辛いことだった。ずっと禁止してきたことだから。不満や愚痴の多い人になりたくないと、思っていたのだから。

そして、他人の愚痴を言った場合には、その言葉が本人の耳に入り、関係が悪化するかもしれない。

けれどその全てを、受け入れる覚悟を持って、私は不満や愚痴を口にしてみようと思った。

それは、自分を表現するということだった。

不満や愚痴は、悪いものだろうか。悪いものだと思ってきた。だから隠さなければならないと。そうやって生きてきた。

けれど本当に?

不満や愚痴を悪いものとして、心の中の箱に押し込めていた時、私は自分の「本音」に蓋をしてきたのだ。

それはきっと、すべての感情に対して働いていたように思う。

悲しい、苦しい、嫌だ、こわい、それらに蓋をすること。

それは、嬉しい、楽しい、心地よい、喜び、それらの感情も、充分に味わえずに蓋をすることになる。

「本音」に蓋をするとは、そういうことなのだと気がついた。

自分の気持ちを、不満や愚痴てあっても、なるべく口にするようにした。
すると私は、不満がある本人や、上司に対しても、臆せずに話しをしていることに気がついた。
時に感情的でもあるけれど、言いにくいことも伝えている自分に気がついた。

不満や愚痴を、我慢しなくていい。口にしてもいい。そう思っていると、不思議なことにその感情がふくらんで、どうにもならなくなることはなかった。

風船の空気が抜けるように、しゅうぅぅ~としぼんでいく感覚も経験した。

聞いてくれる人には、感謝の想いがわいた。いつの間にか、違うことを話して笑い合っていたりして、以前より距離が近くおしゃべりするようになった。


人を傷つけるつもりはないけれど、気をつけていても傷つけてしまうことがある。

いつの間にか嫌われて、離れられてしまうこともある。怒りをぶつけられることもある。

私は、私ではない人になりたくて生きてきた。
いい人であろうと生きてきた。
人に嫌われたくないから、そうしてきたはずなのに、誰にも嫌われないなんてことは無理だった。

私はいい人の皮をかぶっていた。
その皮をやぶりながら今、ありがとうを言い続けている。
不満や愚痴も言いながら、聞いてくれてありがとうと言い続ける。

私はまだ、自分の本音を探している。

ありがとうを言い続けたら、不満や愚痴を言い続けたら、私の本音は何を言いだすだろう。

押し込めてきた本音の奥底に、大切なものが眠っている。

それは決して、不満や愚痴などではないのだ。きっとそれらで守らなければならなかった、大切なもの。

揺り起こすために、私は言葉にしていく。

本当はずっと「私」を表現したくて、仕方なかった。

腹が立ったら怒って、悲しいから泣いて、楽しくて笑って、嬉しくて飛び跳ねる。

人からどう思われるかなんて気にせずに、自分の感情を表現すること。
押し込めたりせずに、どうしてそう感じるの?と聞いてあげること。

それが「自分を大切にする」ということだった。

ずいぶんとサボっていたから、押し込めた感情を掘り出していると、心が喜んでいるのがわかる。

ようやく気がついてくれたんだね、と胸の中で飛び跳ねるものたちがいる。

私は、書いて書いて、練習している。
言葉にして、人に伝えること。
口から言葉にして、相手に渡すこと。

1番苦手だと思っていたことが、私を動かす鍵になのだと知った。


それには、不満や愚痴を言葉にすることも、必要なことだったのだと、今感じている。





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