【不登校】「信じて見守る子育て」からの…
こんにちは!としこです。
不登校のんびり長女(小5)と、元気だけど行きしぶり次女(小3)の母です。
noteで不登校のお母さんの、すてきな投稿を見たので、シェアさせていただきます!
子どものことを「信じて見守る」という言葉、よく聞きますよね。
わたしも娘が不登校になった頃から、カウンセラーさんや本やらに書いてあって、もう何度も何度も呪文のように、自分に言い聞かせてきました。
今は、信じて見守るときだ!
ここは、信じて見守らなきゃ!
わたしは、信じて見守ってるんだ!
「お母さん、今は信じて見守りましょう」
なんかこの言葉打ってるだけで、涙が出てきてます。
この記事を書かれたちゃぼはちさんは
私には「信じる」という言葉自体が、そもそも重たいものなんだろう。
このように書かれています。
ハッとしました。
信じるって言葉は、わたしにもとても重かったのだと、気づかされました。
「信じる」ってそもそも、言葉にするものでしょうか。できるものでしょうか。
いつのまにか心が「信じる」状態になっているものじゃないか、と思ったのです。
もちろん、自分や相手を励ますため、鼓舞するために、必要な言葉であることも確かです。
ですがやはり、わたしが口にしてきた「信じて見守る」には、期待や希望が入っていたと思うのです。
では「信じて見守る」子育てをやめてどうするかと言うと、「観察子育て」をするとのこと。
「観察」はいいなぁと思いました。
こころがふっと軽くなる気がしました。
観察することによって、その子のありのままの状態を、冷静に見ることができる気がしました。
そして「信じて見守る」を唱えていた時に感じていた、いったいどこまで…?いつまで…?という気持ち。
ありのままの状態を見ていることで、どこまで、いつまで、ということも見極めることができるのではないか、と感じました。
それも間違いとか正解があるわけではないのですが、なんだかわたしにもできるかも?と勇気が湧いてきたんですよね。
不登校はそれぞれいろんなパターンがあって、答えはそれぞれが右往左往しながら見つけていくしかないと思っています。
ですがわかっていても、誰か助けてほしいって思ったり、答えが欲しいと思ってしまったり、へこたれてしまったりが、あるんですよね。
答えではなく、「私はこうしていく!」という投稿を見たことで、勇気をもらいましたし、自分にない視点や気づきをもらえて嬉しかったので、今日は紹介の投稿をさせていただきました!
それからこの記事のつづきがありまして、じゃあ「観察子育て」になったら、どうなるのか?
こちらも腑に落ちました。
素晴らしい記事なので、ぜひぜひ読まれてください!
観察子育てバンザイ!
わたしも、わたしなりの「観察子育て」やっていきたいと思います!
ここまで読んでくださりありがとうございます。こころやさしいあなたが、日常のあわいをぞんぶんにあじわえますように!
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