Mrs.Green Appleのクスシキの歌詞の意味をアニメから読み解く記事
薬屋のひとりごと第3期&劇場版制作決定👏
薬屋のひとりごと大好きすぎて、
待ちきれない私が、
薬屋のひとりごとの第2期後半
Mrs.Green Appleの「クスシキ」の
歌詞の意味を読み解いてみました✌️
これ、かなり自信あります。
こんにちは🙋♀️
普段は幼児教育の発信をしているCielです!
いつも子どもの「生きる力」を高める幼児教育を発信している私ですが…
そんな私は実は、アニメと音楽が大好きで…♡
今回は私の人となりが伝わるような、
そんな記事になったらいいなと思います🥰
もっくんの言葉の使い方
ミセスの音楽の世界観
一つの歌詞からいくつもの視点で繰り広げられる歌詞に入り込んでしまう魅力が詰まってる。
薬屋のひとりごととミセスが好きな方❤️
「クスシキ」の歌詞の意味を、
8つに分けて読み解いてみたので、
よかったら聞いてください🙋♀️
(以下、ネタバレ含みますので、ご了承ください)
「クスシキ」
〈奇すし〉は古語的表現で
『不思議だ、珍しい』
猫猫の〈薬師〉にもかけている
クスシキの歌詞の意味❶摩訶不思議だ〜
摩訶不思議だ 言霊は誠か
偽ってる彼奴は 天に堕ちていったって
聞いたんだけども 彼奴はどうも
皆に愛されてたらしい
〈解釈〉
◎摩訶不思議、言霊は誠か。
言霊=言葉、誠=真実 なので、
不思議だ、あの話は本当か?という物語の始まりの問いかけのような意味合い。
◎偽ってる彼奴は 天に堕ちていったって
聞いたんだけども 彼奴はどうも
皆に愛されてたらしい
偽ってる彼奴は天に堕ちて行ったというのは、
皇弟である華瑞月が、身分を偽って自ら身分の低い地位についている様子。
そしてそれが【壬氏】であり、彼は皆に好かれている。
女性に好かれてますもんね。(私にも♡)

ちなみに、「堕ちてったって」の「てったって〜」の部分は、音階もしっかり下がってるんです。
歌詞だけじゃなく、音楽もしっかり合っていて、これまた面白いな〜なんて思ってます😍
クスシキの歌詞の意味❷感じたい思いは〜
感じたい思いは 故に自由自在だ
奇しき術から転じた まほろば
「あなたが居る」 それだけで今日も
生きる傷みを思い知らされる
〈解釈〉
◎感じたい思いは 故に自由自在だ
「感じる」思いではなく、「感じたい」思い。
感じるは受け身、感じたいは能動だとすると、
自分がこう感じたい!と思うからそう感じられると捉えられる。
それが自由自在ということは、
これは「どう感じるかは自分次第」という意味ではないか。
それは何がかというと…
◎奇しき術から転じたまほろば
ここに繋がると考えられる。
奇しき術=運命、まほろば=理想郷
運命的にも後宮に売られた猫猫。
最初は売られたことに対してひねくれてる様子だったが、壬氏や小蘭、上級妃や侍女たちと過ごすうちに、後宮が居心地の良い場所になった。
だからどう感じるかは自分次第でどうにでもなる、ということではないだろうか。
◎「あなたが居る」 それだけで今日も
生きる傷みを思い知らされる
ここでの「あなた」は猫猫にも壬氏にも取れる。
あなたがいるというだけで今日も、嫉妬や悲しみ、相手において説明がつかないような切ない感情などを「生きる痛み」として、これらを思い知る様子。
クスシキの歌詞の意味❸愛してるとごめんね〜
愛してるとごめんねの差って
まるで月と太陽ね
また明日会えるからいいやって
何一つ学びやしない魂も
貴方をまた想う 今世も
〈解釈〉
◎愛してるとごめんねの差って
まるで月と太陽ね
月と太陽は、
昼間に見える太陽と、夜を照らす月。
一見正反対なようだが、
同じ「星」であるならば、愛してるとごめんねの差は、正反対なほど大きな差。
だけど、大きく捉えれば同じ。
正反対なように見えて、
同じような意味であることを指すのではないか。
昔の人は「月が綺麗ですね(=愛してる)」と
言いますしね。
◎また明日会えるからいいやって
何一つ学びやしない魂も
貴方をまた想う 今世も
ここはそのまま捉えて、壬氏の猫猫への気持ち。
また明日会えるという根拠のない確信から、
毎日伝えたいことが言えない壬氏の様子ではないか。
今世も←ということは前世も、いや、来世も?!
それくらいの規模で猫猫を想うという、
粘着質な壬氏の猫猫への想いにぴったり✨

クスシキの歌詞の意味❹奉仕だ〜
奉仕だ こうしたいとかより
こうして欲しいが聞きたい
思いの外 自分軸の世界
一周半廻った愛を喰らいたい
私に効く薬は何処だ
〈解釈〉
◎奉仕だ こうしたいとかより
こうして欲しいが聞きたい
思いの外 自分軸の世界
奉仕は、ここでは「自分の欲をいったん横に置いて、相手の望む形で相手に尽くす」という、義務的な感じを指す。
たとえば、シーズン1で猫猫が解雇されるシーンありましたよね?
立場上、解雇してほしくないとは言えない猫猫と、離れたくないけど自分の思い通りにしたいわけじゃない壬氏とのすれ違い…
奉仕だと割り切るんじゃなくて、(猫猫)
こうしたいという独占欲でもなくて、(壬氏)
「お前はどう思う?何を望む?
俺にどうして欲しい?」
と、壬氏が猫猫に対して、その胸の内を知りたいという思いを表す。
前言のように、“猫猫の気持ちを尊重したい”という気持ちが壬氏にはある。
でも同時に、
“猫猫に自分を望んでほしい”という
【独占欲】も消えていない。
この矛盾に壬氏は気づいてしまう。
それが──
「思いの外 自分軸の世界」
=結局、どれだけ猫猫を尊重しようとしても、俺の願いが混じってしまう。
「こんなに俺は自己中心的だったのか?」という気づき。
◎一周半廻った愛を喰らいたい
私に効く薬は何処だ?
ここはーーーもう頭を悩ませたところです。笑
一周半?!一周じゃないんだ…
仮に、一周廻った愛と考えてみよう。
一周廻ってスキ💜💚とよく言うけど、
嫌なところを見たり、喧嘩したり、いろんなことがあったけど、周り回って結局スキってことよね?
でも今の壬氏と猫猫は、まだ反対側にいる存在。

一周廻ってもまだ自分に気持ちは向いてないなら、あと半周廻ったら壬氏に気持ちが向いていることになる。
なかなか自分の気持ちを察してくれない猫猫と壬氏のやり取りが今まで何度もあった。
この、いつまで経っても進まない2人の関係性と距離を円に例え、
一周半廻ってようやく猫猫の気持ちが自分にきた暁には、その猫猫の愛を『喰らいたい』ほど、
強く激しく受け止めたい…!
この言い方のワイルドさには、今までの壬氏の『我慢』が表れている思う💜💚
そして、「病的」なまでに猫猫を想い、
こんな妄想を繰り広げている壬氏が、
自分への皮肉として、
「この恋煩いに効く薬は何処にあるのか?
(いや、ないだろう。)」
というのが、「私に効く薬は何処だ」となるのではないだろうか。
そしてね…
これは最初聞いたとき驚き、他にもそうコメントしていた人を見たのですが…
私は最初聴いた時、こう聞こえたんです。
「私に効く薬は『毒』だ」
聞こえるよね?!まだの人聞いてみて?
これはきっと遊び心入ってるんじゃないか?と思うのですが、猫猫の毒とかけてそうですよね?
…天才ですやん…!
クスシキの歌詞の意味❺馬鹿に言わせりゃ〜
馬鹿に言わせりゃ この世は極楽だ
正直になれない 私はいつか
素直になれるあの子にきっと
色々と遅れては奪われる
〈解釈〉
◎馬鹿に言わせりゃ この世は極楽だ
何も考えていないやつからしたら、
私の立場など羨ましく見えているのだろうな、
という壬氏の皮肉。
でも実際そうじゃない。
立場から逃げる自分に対して疑問や不安を抱え、でも皇弟として前に立つには覚悟がいる。
それを偽っていた事実を猫猫はどう思うのか…
壬氏の胸中はザワザワであるが、
周りから見たらきっと、そうは見えていない。
◎正直になれない 私はいつか
素直になれるあの子にきっと
色々遅れては奪われる
正直になれないとは、皇弟という身分のこと、猫猫への気持ちのこと、それらを言いたいけどまだどこかためらう気持ち。
ここでいう「あの子」とは猫猫ではなく、
猫猫以外の誰か。
猫猫は作中で人気者ですよね。
みんなが猫猫を信頼し、認めている。
だからこのまま進まない恋を続けていると遅れを取り、いつか素直でまっすぐな誰かに奪われてしまうのではないか?という不安を表している。
実際猫猫、誘拐されて奪われてしまいましたしね。

クスシキの歌詞の意味❻愛してると大好きの差って〜
愛してると大好きの差って
まるで月と月面ね
また呑んだ言葉が芽を出して
身体の中にずっと残れば
気づけば拗れる恋模様
〈解釈〉
◎愛してると大好きの差って
まるで月と月面ね
愛してる=月、大好き=月面 だとすると、
大好きの集合体が愛してるとなる。
先ほどとは逆に、似ているようでどこか違うことを表しているのではないだろうか。
◎また呑んだ言葉が芽を出して
身体の中にずっと残れば
気づけば拗れる恋模様
壬氏は自分の身分や想いを、言いたいけど言いたくないんです。それを聞いてどう思われるかを知るのが怖い。
そうやって呑み込んだ言葉はまるで花の種のように、心の中で芽を出して、身体の中に残っていく。
だから呑み込んだ言葉が募れば募るほど、芽が邪魔をして、どんどん素直になれなくなる。
そうして、気づけばいつも拗れてしまう壬氏と猫猫の2人の様子を表しているのだろう。
クスシキの歌詞の意味❼めくれば次の章〜
めくれば次の章
石になった貴方の歌を
口ずさんで歩こう
ひとりじゃないって笑おう
分厚めの次の本
病になった私の歌を
口ずさんで歩こう
ひとりの夜を歩こう
〈解釈〉
このCメロは、人生を1冊の本に例えている。
そして、前者と後者で対比的な表現となっているのもわかる。
私の解釈では、前者は猫猫、後者は壬氏を指していると考える。
◎めくれば次の章
【分厚めの次の本】
「めくれば」ということは、
「めくらなくてもいい」にも取れますよね?
「次の章」というのは、人生の節目のこと。
逆に「分厚めの次の本」は、選択権はなく次の本にいく様子。
とすると…
めくれば次の章というのは、
猫猫の今の状況を指しているのではないか?
誘拐され、里に連れてこられ、もう帰れるかもわからないのが猫猫の状況。
もしかしたらここで新しい生活をしなければならないかもしれない。
めくるのか、めくらなくてもいいのか、
それは現段階ではまだ判断できない…
そんな猫猫の心境だと取れる。
いや待てよ?
今後の展開からして、
このフレーズは「陰」よりも「陽」なイメージなんだよなあ。
ってことは、「めくれば次の章」なんだけど、
猫猫はあえてめくらないのではないか?
めくって、前に進むこともできただろう。
でも、貴方(?)を忘れることなんてできないから、この想いを大切にしたまま、今の自分で生きていきたい。
(この貴方が誰なのかは別のフレーズで言うとして…)
そして、できることならめくらずに、
また元のあの日々に戻ってあなた(=壬氏)に会えたら…
(そんな壬氏に向けての気持ちが垣間見えたりしたのだとしたら…?🤩)
そんな猫猫の、めくれるけどめくりたくない。
元の居場所に戻りたい気持ちの表れなのではないか?とも考えられる。
はい!
そして、分厚めの次の本とは、
一つの長くて重荷の多い人生が終わり、
次の本(新しい人生)にいくという意味。
壬氏という仮面を捨て、皇弟として覚悟を決め、華瑞月として生きていく。
新しい人生の始まりを表している。
◎石になった貴方の歌を
【病になった私の歌を】
石と病、貴方と私
ここも対比になっていますね〜
石になったというのは、
動かなくなった、冷たくなったということから、
亡くなったことを指しているのではないだろうか?
前者は猫猫の描写であり、猫猫の置かれた状況から、今猫猫が想い描き、石になった貴方にふさわしいのはおそらく『桜蘭(子翠)』のこと。
先ほどの「めくれば次の章」で説明した、貴方とは子翠のことだったんです!
(猫猫は亡くなったと思ってますしね)
誘拐された里の中で、猫猫はずっと子翠の心配をしていたし。
(※以下、桜蘭を子翠と呼ぶ)
対して、病になった私の歌というのは、
後者が壬氏であるならば、これは『恋煩い』
猫猫が里に誘拐されてから、壬氏の気持ちは常に猫猫のことでいっぱいになっていた。
そんな自分の猫猫への気持ちは、伝わることなく、行き場のない想いとして膨れ上がっているのだ。
◎口ずさんで歩こう
【口ずさんで歩こう】
ひとりじゃないって笑おう
【ひとりの夜を歩こう】
口ずさんで、1人じゃないと笑おうとするのには、前向きな気持ちを感じられる。
友人である子翠はいなくなってしまったが、
彼女を、そして友人という存在を胸に、いつまでも前を向いて大切に生きようとする猫猫を表しているのではないだろうか。
それに対して、猫猫を想う自分の歌を口ずさみながら、2人ではなく、未だ1人で夜を歩いているという、まだまだ想いの届かない傷心した壬氏の様子を表しているのが、後者ではないかと考える。
最後のフレーズには、前向きな気持ちと後向きな気持ちを感じられる。ここも対比となっているのか…
クスシキの歌詞の意味❽愛してるよ ごめんね じゃあね〜
愛してるよ ごめんね じゃあね
まるで夜の太陽ね
クスシキ時間の流れで
大切を見つけた魂も
貴方をまた想う
来世も
〈解釈〉
◎愛してるよ ごめんね じゃあね
まるで夜の太陽ね

OP映像では、ここは壬氏が、夜の満月をバックに振り向くように描かれている。
夜の太陽=月 とも取れる。
そうなると、壬氏は華瑞月という月の精。
ここは壬氏にもかけているのでしょう。
でも…愛してるよ、ごめんね…
『じゃあね』??
◎クスシキ時間の流れで
大切を見つけた魂も
あなたをまた想う 来世も
この不思議で、運命的な時間の中で、
出会った大切な人を
来世までも想い続けようという想いの深さ。
クスシキという歌は、
作中の登場人物の繊細な部分までしっかり反映されている、とんでもない歌なんですよ…😭
はい、これで終わり〜🙌
ではないんですね!笑
私この解釈に辿り着いたあとに、
これって果たして本当に壬氏と猫猫のこと…だけなのだろうか?と…
だってこの歌詞には、壬氏と猫猫だけでは
語りきれない部分があるんです。
Cメロでいきなり子翠出てくるしね。
「クスシキ」は第2シーズン後半の、
子の一族の回から始まるOP曲です。
この曲には二面性があり、
これは「絆」の曲なんですよね。
一つは『愛情』、もう一つは『友情』
そう、この曲は
◎壬氏と猫猫の愛情
◎子翠と猫猫の友情
という二面性を持っているのです!
同じ曲で二つの視点から楽しめるなんて…
素晴らしい…どんどんハマっていきます(笑)
この歌詞は今まで壬氏と猫猫目線で解釈してきましたが、実はこれ、子翠と猫猫の目線で聴くと、また違った解釈ができるんです!
(魔法なの?!🪄)
クスシキの歌詞のもう一つ意味|友情編
思い返せば子翠と壬氏って
似てる部分がありますよね。
2人とも髪色は紫🟣だし、
身分を偽って自ら低い身分を演じたりしている。
しかも偽りの身分の方が自分らしくいられるような、心地よさを感じている。
偽ってる彼奴は 天に堕ちていったって
聞いたんだけども 彼奴はどうも
皆に愛されてたらしい
子翠も壬氏と同じく身分を偽っていましたね。
本当は桜蘭妃でありながら、
下女のふりをして…
でも、猫猫や小蘭、里の子どもたち、翠笭に愛されていました。
奇しき術から転じた まほろば
「あなたが居る」 それだけで今日も
生きる傷みを思い知らされる
ここでも運命的に後宮に上級妃という形で入内した桜蘭だったが、そこでは大好きな虫とたくさん触れ合えたし、、猫猫と小蘭という友人もできて…
後宮に来た理由はたくさんあって、
きっとどれも本意ではなかったはず。
でも思ったよりも楽しく過ごすことができたんじゃないかな。
ここでの「あなた」は
神美のことなのかもしれませんね。
醜くなっていく母を見て、
母になる気持ちにはなれなかった子翠は、
ほおづきを自ら口にして、
妊娠しないようにしていましたしね。
最初の解釈では、
生きる痛みは痛みといえども、
痛々しいものではなかった。
しかしここでは、
生きていくことに対する子翠の苦しさを
感じ取れる。
恋愛って苦しくてつらいけど、
その気持ち自体は美しいじゃないですか🥺
でも子翠のことだと思って聴くと、
すごく痛々しく聞こえる部分がある。
そういう言葉選びもまた、ミセスの魅力なんだなあ。
分厚めの次の本
病になった私の歌を
口ずさんで歩こう
ひとりの夜を歩こう
分厚めの次の本ということは、
人生を終えて新しい人生を歩むという、
『子翠』のこと。
桜蘭というお人形として生きた人生は、
長くてつらいものだった。
その人生を終え、
新たに『玉藻』という人生を歩んでいく。
私は、玉藻は記憶喪失なのではないか?
と考えています。
猫猫から「また会おう」という約束の意味で受け取った簪を、あっけなく渡していたことが、すごく気になっていたので。
記憶喪失になった玉藻は、
今までずっと窮屈な人生を歩んでいたが、
やっとひとりの夜を歩ける。
つまり、桜蘭という人生を終え、
玉藻という新たな人生を得て、
『自由の身』になったことを示しているのではないだろうか。
壬氏のときは切ない感じだったのに、
子翠目線で聴くと、
自由の身を喜ぶ清々しい気持ちになりますね🌱
でも、ここを子翠として聴くならば、
めくれば次の章
石になった貴方の歌を
口ずさんで歩こう
ひとりじゃないって笑おう
この猫猫パートは更に切なく、寂しくなりませんか?
猫猫にとって、「友人」と認識できるのは
子翠が初めてだったはずなんです。
花街での暮らしや、後宮での生活から友人はいなさそうだし、小蘭のことは妹のように思っていた。
最後に子翠に対して、
作中で初めて涙を流す猫猫を見るに、
友人と呼べる大切な相手が子翠だったのだろうと推測できる。
だからこそこのパートは、
猫猫の悲しみと忘れずに生きていくという強さが見えるパートに、さらにレベルアップするように聴こえるわけです👏
愛してるよ ごめんね じゃあね
まるで夜の太陽ね
最初の解釈では唯一わからなかった部分!
ここは唯一、子翠だけに当てはまるんです。
これは子翠の、
猫猫やみんなに対する気持ちの表れ。
まるで夜の太陽ね の解釈は、
多少無理矢理感あるかな?と思いつつも、
ちょっと自信あるから、よく聞いてね?笑笑
まず「夜の太陽」ってあり得ないことですよね?
夜に太陽は出ないはず(日本の今の認識としてね)
ということは、これは、
あり得ない→有ることが難しい
となるので、
『ありがとう』
そう、これは子翠の『感謝の気持ち』を表しているのです!
愛してる、ごめんねは正反対なようで
同じような意味を持つ言葉でしたよね。
そして『じゃあね』は、
再会を意味するまたねでもなく、
別れを意味するさようならよりも
少し幼さのある言い方。
この3つの単語には、
心からの感謝を感じることができる。
だからこそ、この3つの言葉は
まるで「夜の太陽」=ありがとう
ということではないだろうか。
去っていく子翠が、猫猫へ、みんなへ向けた、
最後の感謝の気持ちだったのだろう。

また明日会えるからいいやって
何一つ学びやしない魂も
あなたをまた想う 今世も
また呑んだ言葉が芽を出して
身体の中にずっと残れば
気づけば拗れる恋模様
クスシキ時間の流れで
大切を見つけた魂も
あなたをまた想う 来世も
愛情編では、壬氏から猫猫への想いを感じられますが、友情では、猫猫から子翠を大切に想う気持ちを強く感じられました。
死を覚悟でやるべきことを成し遂げようとする子翠に、猫猫は何度もその腕を掴んだ。
でもきっと、
言いたいことは言えなかったはずなんです。
簪を渡して返すよう、表向きはそうしたけど、
本当は「行かないで」と言いたかったよね。
そんな言葉を、
猫猫は呑み込んだんだと思います。
そうして拗れた恋模様。
ここはきっと猫猫の、子翠に対する友人としての「好き」が、呑み込んだ言葉によって運命的に拗れていく様子を表しているのではないだろうか。
運命の中で出会った、初めての「友人」
まだ「友人」の後ろに「?」がついているような…
それほど猫猫にとって、その存在は異例で、
自分が思うよりも大きなものだった。
「放っておけばいいのに」と何度も口にしつつ、
放っておけなかった猫猫。
その節々に、子翠に対する気持ちを感じ取ることができた。
その大切な存在を見つけた猫猫は、
来世までその友情を持っていこうとするほど、
大切にしたい気持ちを表しているのではないだろうか。
初めて「友人」という存在ができ、
その暖かさがきっと、
親の愛を受け取れなかった猫猫にとって
とても素敵なものだったんだと思うんです。
愛情、友情。
どっちで聴いても、少し切なく、
でも前を向けるような明るさもあって…
聴けば聴くほどハマる、
この「クスシキ」という曲は、
作中の登場人物たちの気持ちを、
本質から読み解いて歌詞に反映されている、
素晴らしい歌なんです。
本質といえば…💡
私も実は普段は、本質からわかる幼児教育について発信しています。
ママに寄り添い、子どもの可能性を広げる。
そのために日々threadsやnoteで、
体験談を交えて頑張るママに届けておりますので、気になる方はフォローお待ちしております🫶笑(私ってば、ちゃっかり♡)
私の解釈どうでしたか?🤭
どう解釈しても自由ですからね🫶笑
書きながらわかったこともあったり、
解釈が変わって何度も修正したりしました🤣
皆さんの解釈も聞きたいです🙋♀️
よかったら、いいなと思った方は
スキ♡やコメントお待ちしております🙇♀️💚💜
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もし私の文章いいな、考え方などに共感いただけたら、応援いただけると嬉しいです!