テレビの中の、みいちゃん①
またみいちゃんの話題だ。
祝アニメ化だが、賛否両論な雰囲気だ。
そして否が多そう。Xでは相変わらず?アニメ化というより作品そのものへの憎しみと、今なら作者への呪いの言葉も多く散見される。
私は原作を電子で買っており、分冊ではなく単行本派で最終話を楽しみにしてるので、日々流れてくる原作のネタバレ切り抜きは目にしないよう気をつけている。
みいちゃんが叩かれる理由の本質は、何か特性がある人の壮絶で救いのない人生を、娯楽作品として描かれた、、、ということが問題なのではない。
だってこれまで無数の創作物が国を越えて流通してきた中で、そういう話が一編もなかったなんてことはありえないからだ。
ダンサーインザダークだって、私は主人公のムーブになかなかにイラつきもしたが、多くの人に愛されて名作として名を馳せている。
問題として浮かぶ理由は二つあって、
ひとつは架空の漫画やアニメを、読者(読んでない人も)が現実に持ち込みすぎなこと。つまり消費者、読み手側の問題だ。
もうひとつは、アングラ界隈や年齢制限付きでとどまるべき表現が、子供も見られるようになっているということだ。
いい大人が大人に対して「マネする人が出てくる!」と騒いでるのはあまりにも情けないことなので置いておくが、子供はえっほえっほでも野獣先輩でも西山ダディダディでも、目に入り耳についたものをなんでも公共の場で大声でやってしまう生き物であるから、親は心配になるのかもしれない。
たとえば「少女椿のアニメを金曜ロードショーで流します」となったら、いよいよ日本の終末が訪れたかと私でも不安になる。ディストピアというよりイカれたユートピア時代の到来だ。
だからアングラ枠からアニメを生み出すなら、そのアニメ自体もテレビ放送はせず、R指定を設けた上で限られた枠の中でやった方がよかったのかもしれない。
高須幹弥はYouTubeで、この作品は企業とのタイアップやコラボ、またグッズ展開に走るべきではないと言っていた。
https://youtu.be/BhrWncQ8v8Y?si=VAaJKKhpGfK0NNog
またアニメは地上波にするべきではないし、スポンサーもかなり考えなくてはならない(私は直美系クリニックやよくわからない美容の食品会社とかがやりそうな予感はしている)とも言っていた。
国全体に安易なトレンドとして広がっていい作品ではない、というのが彼の見解らしい。私もそれは一つの意見として賛成だ。
一方で読み手側の問題だ。
これまでさまざまな児童や少年少女向けの漫画作品で、読者たちが大人になってからも心に沁みるような名言は数多く生まれてきた。
「名言・名台詞」でくくるなら、現代人は文豪や哲学者の残したことばより、漫画のキャラクターが放った言葉をパンチライン的にとらえてるほうがずっと多いだろう。
だから漫画を人生の教科書のように捉える人もいるし、名作をそう捉える分には別にいいと思う。
だが漫画やアニメという創作物から与えられた感情を、最近は現実に持ち込みすぎだ。
あまりにもアニメの世界観に没頭し、キャラに熱狂や感情移入しすぎる人が多くて、そのキャラクターが創作世界を飛び出して現実世界で一人歩きしているようなイメージだ。古くは同人誌など二次創作、そしてボーカロイドやVtuber文化もそれを強固にした活動の一つだろう。
昔は二次元に入りたいとか、最近でも異世界に行きたいみたいな言い方をしているが、今はもはやキャラの方を三次元世界に呼び寄せてしまったというか、なんか悪魔召喚をさせてしまったかのようである。
そういう良くも悪くも二次元に熱狂が起こりやすくなった土壌の中で、問題は「危なっかしい表現」が描かれた作品について、制作側とそれを危惧する人たちとの折り合いの付け方が、なかなか難しいことだ。
ちなみに作者の人格否定をしてる人までいたが、その人たちに関しては発達障害や知的障害などの人を擁護する筋合いはない。
会ったこともない他人の人格を平気で蔑むような人たちが、障害のある人を心から思いやれるわけがないからだ。
作品やエッセイからその人の人格を判断する材料が見えてたとして、「こういうことを書くんだからこういう人なんだ、だから叩いていい」という風潮は、たぶん発達障害当事者の方々がこれまで出会った他者から受けてきた悪意ある思想と、さほど変わらないと思う。
私は以前の記事でこう書いた。
https://note.com/legal_pika6129/n/nf4f017dd2ff8
"読み手が自身の黒い感情について考えながら、様々なことを自問しながら読まなきゃいけないのが、みいちゃんと山田さんという漫画だ。"
結局これ以外の答えはまだない。
反対表明を読むと、どうやら「特性を持った子供含むたくさんの人々が、みいちゃん呼ばわりをされていじめられる恐れがある」というのが、アニメ化に反対する多くの人たちの主張の要のようだ。
たとえばロリコン向け漫画や、女性を調教する漫画を読んだ男が現実で凶行に及んだ時、社会は大体その漫画(や作者)のせいにもする。
現実が区別できない男が悪いとしながらも、5%くらいの割合で漫画も犯行を焚き付けた「共犯者」として悪い、という扱いだ。
つまり有害だと言われる作品は、その表現のマネをするようなヤバい奴のスイッチ扱いにされがちだ。
そして私も、子供との性行為や監禁やレイプを、娯楽作品として扱ってる漫画や作者を普通にキモいと思ってるし、それを好きな奴もしっかり軽蔑している。
けど「書くな」とも「読むな」とも言う権利はないし、別に言うつもりもない。そして他人に言われたことなど、書き手も読み手も知ったこっちゃないから、訴えても何にもならないことを理解している。
そしてその内容を現実に犯罪として持ち込む奴については、それらの愛好家だからというより「そもそもの特性」として、同じ作品の他ファンとは違い、犯罪を犯しやすい傾向にあった特殊な人間だったと考えている。
性犯罪を起こした奴が「漫画で描かれてたのを真似した」と供述したことも過去にあったが、まるで「だから俺だけが全面的に悪いんじゃない、俺を焚き付けた漫画も悪い」と言いたげな、浅はかで他責思考な戯言だ。
かと言って「罪を押し付けられた作者が可哀想」とも思わない。そんなものを書いてるんだからそういう変質者も引き寄せるし、いざという時の動機の供述に使われる覚悟もしておけよと思うまでだ。
日本は創作表現に対してはたぶんすごく寛容な国なので、この国で育ってきた人たちが、他人に言われたから好きなモノを愛好することをやめる、なんてことはほぼ不可能だ。
ある書籍を「この内容は神への冒涜だ」といって刊行物を全部燃やしたり、制作関係者や他国の翻訳家まで手にかける宗教国家とは違うのだ。
また、自分が気に入らない作品を批判するのは勝手だが、誰しも自分の好きなものが絶対的に正しくて、誰のことも傷つけなくて、世のため人のためにもなってるとは言えないはずだ。
長いので分ける。
