乙女創作シナリオ【問題児バンド預かりました】第2話最初の練習、全員そろいません
【第1話までのあらすじ】
高校2年生の朝倉陽葵は、「好きなことを諦める人を減らしたい」という思いから、廃部寸前の軽音楽部にマネージャーとして関わることを決意する。けれど部員は、停学経験のある司、サボり魔の蒼、作曲優先のルカ、女子トラブルの多い蓮、短気な大牙と問題児ばかり。それでも陽葵は、彼らが音楽にだけは本気だと感じる。さらに顧問の日向先生から、学園祭で結果を出せなければ軽音楽部は廃部だと告げられ、陽葵はバラバラな部を立て直すために動き始める。
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1話
昨日のうちに作った簡単なメモを握りしめて、私は軽音楽部の部室へ向かった。
学園祭まで、もうそんなに時間は残っていない。
練習日を決める。
曲を固める。
全員で音を合わせる。
頭の中で順番に並べていくたび、焦りが少しずつ形を持っていく。
やることは山ほどある。
――のに。
部室の扉を開けた瞬間、私は立ち止まった。
いたのは、司先輩だけだった。
譜面台を並べていた手が止まり、司先輩がこちらを振り返る。
表情は落ち着いているのに、部屋の空気だけが静かに冷えていた。
司
「……来たか」
陽葵
「黒崎先輩だけですか?」
司先輩は一瞬だけ手を止め、それから小さく息をついた。
司
「見ればわかるだろう」
その一言で、だいたい察した。
陽葵
「まだ誰も来てないんですね……」
司
「蒼は最初から来る気がない。速水は呼び止められてるんだろう。ルカはどこかで曲でも書いてる。大牙は――」
そこで言葉が切れた。
ちょうどそのとき、廊下の向こうから怒鳴り声が響く。
司先輩の眉が、わずかに寄る。
司
「……大方、また揉めてる」
やっぱりだ。
胸の奥がじわっと重くなる。
昨日、あんなに勢いよく「やりましょう」と言ったばかりなのに、現実は一晩で何も変わっていない。
私は手の中のメモを握り直した。
陽葵
「行ってきます」
司
「朝倉」
陽葵
「はい」
司
「一人で無茶はするな」
その言葉に、ほんの少しだけ頬がゆるむ。
ぶっきらぼうなのに、気にかけてくれているのがわかるから。
陽葵
「はい。できるだけ」
司先輩は何か言いたげに口を開きかけて、けれど結局何も言わなかった。
その沈黙が、妙に司先輩らしかった。
最初に見つけたのは、大牙くんだった。
廊下の角で、他クラスの男子二人に絡まれている。
――いや、絡まれているというより、今にも掴みかかりそうなのを自分でぎりぎり止めている状態だ。
男子生徒A
「お前ら、学園祭でライブやる気なの?」
男子生徒B
「また問題起こすだけだろ」
大牙
「……それ、もう一回言ってみろ」
低い声だった。
怒鳴っていないのに、その一言だけで空気がざらつく。
まずい。
私は慌てて二人の間に割って入った。
陽葵
「すみません!」
三人とも一瞬止まる。
男子生徒たちは気まずそうに顔を見合わせ、そのまま足早に去っていった。
大牙くんは舌打ちして、壁に背を預ける。
大牙
「なんで止めるんだよ」
陽葵
「喧嘩したら、部室謹慎どころじゃ済まないからです」
大牙
「……っ」
図星だったらしい。
大牙くんは視線を逸らし、乱暴に前髪をかき上げた。
苛立っているように見えるのに、どこか居心地の悪さも混じっている。
怒りきれない。
言い返しきれない。
そういう不器用さが、ふっと見えた。
陽葵
「練習、来てください」
大牙
「気分じゃねえ」
陽葵
「司先輩、一人で準備してます。ルカくんも、速水くんも、蒼先輩もまだです」
大牙
「……だから?」
陽葵
「だから、せめて大牙くんは来てください」
一拍、間が落ちる。
大牙くんは私を見たあと、すぐに視線を外した。
睨んでいるみたいなのに、その実、逃げ場を探しているようにも見える。
大牙
「なんで俺からなんだよ」
陽葵
「一番最初に見つけたからです」
大牙
「……意味わかんねえ」
呆れたように吐き捨てながら、それでも壁から背を離す。
その一歩が、思ったよりうれしかった。
ついてきてくれるらしい。
次に見つけたのは速水くんだった。
予想どおり、昇降口の近くで女子に囲まれている。
しかも二人どころじゃない。少し離れたところにも様子をうかがっている子がいて、完全に人だかりになりかけていた。
女子A
「速水くん、昨日の返事ちゃんとしてよ」
女子B
「私との約束のほうが先なんだけど!」
女子C
「ねえ、私にも“今度ちゃんと話そう”って言ったよね?」
速水
「いやいや待って。みんな同時に来るとさすがに無理」
いつもの軽い声。
笑っている。
けれど、その笑い方が妙に手慣れていて、余計に胸がざわついた。
女子A
「そうやってまたごまかす!」
女子B
「この前も同じこと言ってたじゃん!」
女子Cが、唇をきゅっと結んで一歩前に出た。
女子C
「私の友達、あんたに本気だったって泣いてたよ」
空気が変わる。
女子A
「……ほんと最低」
女子B
「何人に同じことしてるの?」
女子C
「それでも私は、遊びでもいいから。」
そこで言葉が切れた。
言い切れなかった続きのほうが、たぶんずっと重かった。
軽い揉め事なんかじゃない。
誰かが本気で期待して、傷ついて、その痛みを持て余したままここにいる。
女子C
「期待させるなら、最後まで向き合ってよ」
速水くんの笑みが、そこで少しだけ消えた。
一瞬だけ目を伏せて、何かを飲み込むみたいに黙る。
言い返せない。
その沈黙がいちばん痛かった。
私は額に手を当てたくなるのをこらえて、声をかける。
陽葵
「速水くん」
速水
「あ、朝倉さん。助けて」
助けて、なんて言うわりに、少し困ったように笑っている。
でもその笑い方は、さっきまでよりずっと薄い。
私は女子たちに向き直った。
陽葵
「すみません。今日、軽音楽部の練習があるんです」
女子A
「また?」
女子B
「ほんとに部活行くの?」
女子C
「どうせまた適当なこと言うんでしょ」
速水くんはそこで、はっきり笑みを消した。
速水
「行くよ」
女子A
「……珍しい」
女子B
「そんな顔、するんだ」
女子Cは唇を噛んだまま言った。
女子C
「そうやって本気みたいな顔するから、みんな期待するんだよ」
速水くんは何も言わなかった。
目を伏せたまま、否定もしない。
それがもう、いちばん残酷だった。
きっとこの子たちは、速水くんのことを「誰にも本気にならない人」だと思っている。
たぶん、それは間違っていない。
でも速水くん自身もまた、誰かの本気を受け取るのが怖いのかもしれない。
優しいふりをしているのか、本当に優しいのか。
その境目が曖昧だから、余計に人を傷つけてしまう。
速水くんは、曖昧に笑って私のほうへ歩いてきた。
速水
「助かったー」
陽葵
「軽音楽部のボーカルなんだから、ちゃんと来てください」
速水
「来る気はあったよ?」
陽葵
「十分遅いです」
速水くんは肩をすくめたあと、ふっと視線を外した。
速水
「……ま、今日はね」
その一瞬だけ、いつもの軽さが少し薄れた気がした。
ルカくんは音楽室にいた。
やっぱり、という気持ちと、本当にいた、という気持ちが半分ずつだった。
ピアノの前に座って、鍵盤には触れず、五線譜ノートだけを見つめている。
そこだけ、少し世界から切り離されたみたいに静かだった。
陽葵
「ルカくん」
返事はない。
陽葵
「練習です」
ルカ
「今、無理」
顔も上げない。
陽葵
「どうして?」
ルカ
「音、浮かんでるから」
それだけ言って、またノートに目を落とす。
私はルカくんの横まで歩いて、そっと譜面をのぞいた。
まだ途中のメロディ。
けれど、昨日聞いためちゃくちゃな音の中にあった、あの繊細な感じが確かにそこにあった。
陽葵
「……この曲、学園祭用ですか?」
ルカの指が止まる。
ルカ
「そう」
陽葵
「だったら、なおさら練習で聞かせてください」
ルカくんはそこで初めて、少しだけ私を見た。
感情の薄い目。
でもその奥に、うっすら警戒がある。
踏み込まれたくない。
でも、完全には拒絶しきれない。
そんな揺れが見えた。
ルカ
「まだ完成してない」
陽葵
「完成してなくてもいいです」
ルカ
「よくない」
陽葵
「ルカくんにとってはそうでも、みんなにとっては今の途中の曲も大事です」
一拍。
ルカくんは視線を落としたまま、小さく息をついた。
諦めたようにも、降参したようにも聞こえる。
ルカ
「……変なの」
陽葵
「よく言われます」
ルカ
「知ってる」
それから彼はノートを閉じて、立ち上がった。
少しだけ心がほどける。
ちゃんと向き合えば、動いてくれる。
そう思えたことが、ひどくうれしかった。
最後に屋上へ行くと、蒼先輩はフェンスにもたれてギターを鳴らしていた。
やっぱりここだ。
夕方の風に長い髪が揺れる。
音だけ聞けば格好いいのに、練習をサボっている真っ最中だと思うと複雑な気分になる。
陽葵
「神代先輩」
蒼
「来ると思った」
振り向きもせずに言う。
陽葵
「練習です」
蒼
「パス」
陽葵
「即答しないでください」
蒼先輩はくすっと笑ってから、弦を弾く手を止めた。
蒼
「だって、つまんないし」
陽葵
「何がですか」
蒼
「“ちゃんとやりましょう”って空気」
私は少し言葉に詰まる。
蒼先輩はフェンスから背を離し、こちらを見た。
目は笑っているのに、どこか冷めていた。
蒼
「どうせまた壊れるだろ。バンドなんて」
風が吹く。
その一言が、思っていたより深く刺さった。
投げやりに聞こえるのに、ただの投げやりじゃない。
諦めを何度も飲み込んだ人の声だった。
その奥に何があるのか、私はまだ知らない。
でも、軽口じゃないことだけはわかった。
陽葵
「それでも、今日は来てください」
蒼
「なんで」
陽葵
「私が困るからです」
蒼先輩は一瞬きょとんとして、それから吹き出した。
蒼
「そこ、“みんなのために”とか言わないんだ」
陽葵
「困るものは困ります」
蒼
「ははっ。やっぱ面白いな、お前」
笑っている。
でも、その笑いの奥に、ほんの少しだけ興味が混じった気がした。
蒼先輩はそう言ってギターを担ぐ。
蒼
「いいよ。五分だけ付き合う」
五分だけでも前進だ。
たぶん。
でも、その“たぶん”が、今の私にはひどく心もとなかった。
部室に戻ると、司先輩がこちらを見て、ほんの少しだけ目を見開いた。
司
「……全員、連れてきたのか」
陽葵
「はい」
司先輩は一瞬だけ黙り込んだ。
驚いたようにも見えたのに、次の瞬間にはもう表情を戻す。
動きかけたものを、自分で押し戻すみたいに。
司
「だが、集めただけで終わるなら意味はない」
その言い方は冷静で、正しい。
正しいからこそ、胸の奥が少しだけちくりと痛んだ。
褒められたわけじゃない。
認められたわけでもない。
まだ私は、この部の中で試されている途中なんだ。
陽葵
「……はい」
それでも、否定されなかったことが少しだけ救いだった。
大牙くんは不満そうに壁にもたれ、速水くんは椅子をくるりと回し、ルカくんは譜面を開き、蒼先輩はギターケースを足元に置く。
誰もまともに揃ってはいない。
空気だってばらばらだ。
でも、同じ部屋にはいる。
それだけで、少しだけ進んだ気がした。
そう思いたかった。
司先輩は小さく息をつくと、譜面台を指した。
司
「ルカ、曲を出せ」
ルカ
「まだ途中」
司
「いい。今あるところまででいい」
ルカくんは一瞬だけ目を伏せてから、譜面を差し出した。
司先輩はそれを見て、眉をひそめる。
司
「難しいな」
蒼
「だからいいんだろ」
速水
「俺、これ歌えるかな」
大牙
「合わせる前から弱音かよ」
速水
「いや、今のは普通に不安」
陽葵
「まず一回やってみませんか」
全員の視線が、一瞬だけ私に集まる。
その一瞬だけ、胸が強く鳴った。
怖い。
でも、やるしかない。
そして、なし崩しみたいに音合わせが始まった。
――結果は、ひどかった。
ギターは走る。
ドラムは強すぎる。
ベースは抑えようとするほど固くなる。
歌はメロディに乗りきれず、キーボードだけが一人別の世界にいるみたいだった。
数十秒で演奏が止まる。
沈黙。
耳の奥に、さっきまでのぐちゃぐちゃな音だけが残っている。
ひどい。
思っていた以上に、ひどい。
大牙
「……なんだこれ」
速水
「いや今の、俺だけのせいじゃなくない?」
蒼
「合わせる気あんの?」
司
「蒼、お前が走りすぎだ」
蒼
「そっちが遅いんだろ」
空気がまた、ぎすぎすし始める。
喉の奥が、きゅっと詰まった。
うまくいかないのはわかっていた。
問題だらけなのも知っていた。
それでも、ここまでばらばらだとは思わなかった。
悔しいのは私じゃないはずなのに、どうしてか涙が出そうになる。
でも、ここで泣いたら終わる気がした。
ここで私まで折れたら、昨日言った言葉まで嘘になる。
私は唇を噛んで、一歩前に出た。
陽葵
「悔しくないんですか」
全員が止まる。
自分でも、思ったより強い声が出たと思った。
でも、もう引っ込められなかった。
陽葵
「本気なんですよね」
誰も答えない。
その沈黙が苦しかった。
でも、それは否定じゃなかった。
本気だからこそ、誰もすぐには言い返せないんだと、そんな気がした。
陽葵
「だったら、今ので終わりにしないでください」
ルカくんの指が譜面の端を押さえる。
速水くんは笑いかけて、やめた。
大牙くんは舌打ちしそうな顔のまま黙っている。
蒼先輩は私をじっと見ていた。
試すみたいな目。見極めるみたいな目。
最後に、司先輩が低く言った。
司
「……もう一回だけだ」
その声は背中を押すというより、線を引くみたいだった。
ここから先へ進めるかどうかは、まだ誰にもわからない。
司先輩はきっと、そういう意味で言ったんだと思う。
でも、その一言で空気が少し変わる。
ほんの少しだけ。
でも、たしかに変わった。
すぐにまとまったわけじゃない。
相変わらず問題だらけだ。
きれいに響いたわけでもない。
それでも。
さっきよりほんの少しだけ、みんなの音が同じ場所を見た気がした。
うまくいかない。
全然きれいじゃない。
でも――昨日よりは、前に進んでいる。
その小さな手応えが、胸の奥でかすかに灯った。
そう思えたのは、たぶん初めてだった。
けれど、蒼先輩だけはまだ、どこか遠くを見る目をしていた。
第3話へ続く
