乙女創作シナリオ【問題児バンド預かりました】第1話問題児バンド預かりました
あらすじ
高校2年生の朝倉陽葵は、去年から気になっていた廃部寸前の軽音楽部に、マネージャーとして関わることを決意する。だが部員は、喧嘩っ早い大牙、空気を操る蓮、自由奔放な蒼、曲作り最優先のルカ、そして過去に停学処分を受けた司と、問題児ばかり。初日から騒動に巻き込まれた陽葵は、それでも彼らの中にある“音楽への本気”を見抜く。学園祭までに結果を出せなければ廃部――その現実を前に、陽葵は「問題児バンドを預かる」覚悟を決める。
問題児バンド預かりました
春の空気は、少しだけ浮き足立っている。
新しいクラス。
新しい席。
新しい教科書。
始業式のあとの廊下には、そんな“はじまり”の匂いがあふれていた。
けれど私は、その空気の中でひとつだけ、どうしても見過ごせないものがあった。
軽音楽部の部員募集ポスター。
少し剥がれかけた紙の端。
色褪せたライブ写真。
その下に貼られた今年度の新しい紙には、はっきりこう書かれていた。
部員募集・マネージャー歓迎
その文字を見たとき、胸の奥が少しだけ熱くなった。
夢とか、情熱とか、好きなこととか。
そういうものを、私はどうしても放っておけない。
昔、目の前で「好きなこと」を諦めていく人を見たことがある。
仕方ないよね、と笑いながら、本当は全然仕方なくなんてない顔をしていた。
大丈夫だよ、と言いながら、全然大丈夫じゃない目をしていた。
あのときから私は、そういう顔に弱い。
だからだろう。
廃部寸前だとか、問題児だらけだとか、そういう噂を聞いてもなお、私は軽音楽部の扉を叩いた。
――本当を言えば、軽音楽部が気になったのは今年が初めてじゃない。
一年のとき、去年の文化祭で、軽音楽部のステージを遠くから見たことがある。
廊下の向こうから漏れてくる音に、思わず足を止めたこともあった。
うまく言えないけれど、ちゃんと“何か”がある音だった。
楽しそうにも見えたし、少しだけ眩しくも見えた。
でも、そのときの私は、あのステージの裏側で何が起きていたのかまでは知らなかった。
だから近づけなかった。
問題児ばかりだという噂は、正直少し怖かったし、何より自分に何ができるのかわからなかった。
軽音楽部に入りたい、とまでは言えなかった。
ただ少し気になって、少し憧れて、でも自分から飛び込む理由は見つけられなかった。
中途半端に関わって、何もできずに終わるのが嫌だったのだと思う。
だから、見ているだけだった。
気になりながらも、ずっと。
それでも今年、廃部寸前だと聞いた瞬間、見過ごせなくなった。
今度もまた、何もしないまま通り過ぎたら。
もしこの人たちが、本当はまだ音楽をやりたいのに終わってしまったら。
私はきっと、また後悔する。
そう思ってしまったら、もうだめだった。
入部届ではなく、マネージャー希望の紙を持って職員室へ向かったとき、日向先生は目を丸くした。
日向先生
「本気か?」
開口一番、それだった。
陽葵
「……はい」
少しだけ強がって答えると、先生はものすごく複雑な顔をした。
日向先生
「朝倉、お前、あいつらの評判は聞いてるだろ」
陽葵
「聞いてます」
日向先生
「それでも行くのか」
陽葵
「行きます」
しばらく黙ったあと、先生は深いため息をついた。
日向先生
「やめておけ、と言うのが普通なんだろうな」
その口ぶりが、少しだけ引っかかった。
陽葵
「でも、見捨てきれないんですよね」
先生は一瞬だけ目を細めた。
日向先生
「……似てるな」
陽葵
「え?」
日向先生
「いや、なんでもない。とにかく、行くなら覚悟しろ」
その言葉の意味を、私はこのあとすぐに思い知ることになる。
軽音楽部のマネージャーになると言ってから、まだ丸一日も経っていなかった。
なのに。
司
「瀬戸、やめろ!」
鋭い声が廊下に響いた。
次の瞬間、私は目の前の光景に息をのんだ。
瀬戸大牙くんが、上級生らしき男子の胸ぐらを掴んでいた。
眉間に深いしわを寄せ、鋭く吊り上がった目は今にも火がつきそうだ。
大牙
「今、なんつった?」
男子生徒
「べ、別に……」
大牙
「軽音楽部はどうせまた問題起こして終わり? バンドごっこ? ふざけんな」
周囲がざわつく。
生徒A
「また軽音楽部だ」
生徒B
「うわ……」
生徒C
「朝から最悪」
私は呆然と立ち尽くしていた。
軽音楽部のマネージャーになると言ってから、まだ丸一日も経っていない。
なのにもう、喧嘩の現場に立ち会っている。
……どうしてこうなったんだろう。
そう思ったのに、不思議と目は大牙くんから離れなかった。
怖い。
正直に言えば、かなり怖い。
でも、それ以上に気になった。
この人は、からかわれたから怒っているんじゃない。
軽音楽部を馬鹿にされたことが、どうしようもなく許せなかったんだ。
短気。
乱暴。
問題児。
たぶん、その評判は間違っていない。
でも今の怒りには、ただの乱暴さじゃない熱があった。
そのときだった。
司
「大牙」
低く、静かな声。
黒崎司先輩が、まっすぐ瀬戸くんを見ている。
表情はほとんど動かない。
けれど、眼鏡の奥の視線だけが鋭かった。
怒鳴っているわけでもないのに、その一言だけで空気がぴんと張りつめる。
大牙
「……こいつが余計なこと言うからだろ」
司
「だからって手を出していい理由にはならない」
大牙くんは悔しそうに奥歯を噛みしめ、わずかに顎を引いた。
大牙
「でもよ」
司
「離せ」
短い命令。
数秒のにらみ合いのあと、大牙くんは舌打ちして手を離した。
相手の男子は逃げるように去っていく。
私は思わず、黒崎先輩の横顔を見た。
すごい。
怖いのに、怒鳴っていない。
感情で押さえつけるんじゃなくて、たった一言で止めてしまう。
この人はきっと、ただ冷たいだけじゃない。
止め方を知っている人だ。
そこへ、軽い声が割って入った。
速水
「はいはい、解散解散ー。朝から元気だねえ、君たち」
速水くんだった。
いつもの人懐っこい笑顔で、逃げかけた男子の肩をぽんと叩く。
その手つきだけ妙に手慣れている。
速水
「ごめんねー、うちのドラマー、短気でさ」
大牙
「は? お前がまとめて言うなよ」
速水
「え、ひど。事実じゃん」
大牙
「誰が短気だ」
速水くんは口元だけでにやっと笑い、肩をすくめた。
速水
「その反応がもう短気なんだって」
大牙
「お前ほんと一回殴るぞ」
司
「大牙」
大牙
「……チッ」
さっきまでの険悪な空気が、少しだけほどける。
ああ、この人もすごいんだ。
速水くんは軽い。
軽いけれど、空気を散らすのがうまい。
ああいう人がいるから、ぎりぎり壊れずに済んでいる場面もきっとある。
その横で、壁にもたれていた神代蒼先輩が大きなあくびをした。
眠たげに伏せていた目をゆっくり開けて、気だるそうにこちらを見る。
蒼
「朝から騒がしいな。眠くなる」
思わず私はつっこんだ。
陽葵
「神代先輩、その感想おかしくないですか」
蒼先輩がこちらを見た。
前髪の奥の目が、少しだけ面白そうに細くなる。
退屈そうだった口元に、ほんのり笑みが浮かんだ。
蒼
「あれ。マネージャーちゃんいたんだ」
陽葵
「いましたよ!」
蒼
「へえ。逃げてなかったんだ」
陽葵
「まだ逃げません」
蒼先輩は一拍置いて、口の端をわずかに上げた。
蒼
「“まだ”って言った」
からかわれているのはわかる。
でも、不思議と嫌な感じはしなかった。
この人はたぶん、人を試している。
面白いかどうか。
退屈しないかどうか。
そのとき。
部屋の端でノートを書いていた白石ルカくんが、小さくつぶやいた。
ルカ
「……今の、いいかも」
陽葵
「え?」
ルカくんは顔を上げないまま、長いまつげの影だけを落とす。
ルカ
「歌詞」
陽葵
「歌詞!?」
大牙
「お前、何してんだよ」
ルカ
「今の空気、使える」
大牙
「使えるって何に」
ルカ
「曲に」
ルカくんの表情はほとんど変わらない。
でも、ペン先だけがやけに生き生きと動いていた。
私は思わず天井を仰いだ。
……本当に、まともな人が一人もいない。
でも同時に、少しだけ思ってしまう。
この人たち、全員ちゃんと音楽の方を向いている。
怒りも、軽口も、退屈そうな笑いも、今の空気を歌詞に変えようとする指先も。
全部がめちゃくちゃなのに、全部どこか音楽につながっている。
そのとき。
司
「朝倉」
陽葵
「はい」
司
「大丈夫か」
陽葵
「え?」
司
「巻き込まれただろう」
私は少し驚いた。
あの場面で、真っ先にそれを聞くんだ。
陽葵
「私は大丈夫です」
司先輩は一瞬だけ私の顔を確かめるように見たあと、視線をわずかに落とした。
司
「そうか」
短い返事。
でも、その声は思ったよりやわらかかった。
この人もちゃんと、人を見ている。
怖い先輩じゃない。
きっと、怖い顔をしていないと保てない人だ。
そのとき。
日向先生
「全員、部室に来い」
顧問の日向先生だった。
日向先生
「朝から騒ぎを起こすな」
速水
「先生、おはようございまーす」
日向先生はこめかみを押さえるように眉を寄せた。
日向先生
「速水、お前はもう少し反省しろ」
先生は深いため息をついた。
日向先生
「とにかく部室だ。話がある」
部室。
空気が重い。
日向先生は私たちを見回した。
呆れと疲れと、でも見捨てきれないような色がその顔に混ざっていた。
日向先生
「単刀直入に言う。軽音楽部は、学園祭までに結果を出せなければ廃部だ」
沈黙。
日向先生
「理由は、お前たちもわかっているはずだ。遅刻、欠席、喧嘩、校内トラブル。これ以上、学校として庇いきれない」
誰もすぐには口を開かなかった。
蒼先輩は椅子に深く座ったまま目を閉じている。
速水くんは笑っていない。
ルカくんのペン先だけが止まった。
大牙くんは舌打ちしそうな顔のまま黙り込んでいる。
司先輩だけが、まっすぐ先生を見ていた。
司
「……結果、とは」
日向先生
「学園祭のステージだ。演奏を成立させろ。問題を起こさず、最後までやり切れ。それが最低条件だ」
陽葵
「最低条件……」
思わずつぶやくと、先生がこちらを見た。
日向先生
「朝倉」
陽葵
「はい」
日向先生
「お前は、まだ引き返せる」
部室が静まり返る。
たぶん、先生なりの親切だった。
でも、その言葉を聞いた瞬間、不思議なくらい気持ちは固まった。
ここで引いたら、きっと私はあとで後悔する。
怖かったから。
面倒そうだから。
問題ばかりだから。
そんな理由で背を向けたら、私はまた、誰かの「好き」がしぼんでいくところを見送るだけになる。
それは嫌だった。
陽葵
「引き返しません」
自分でも驚くくらい、はっきり声が出た。
司先輩の視線が動く。
蒼先輩が片目だけ開ける。
速水くんの眉が少し上がる。
ルカくんのペン先が止まる。
大牙くんは、じっと私を見た。
陽葵
「問題ばかりでも、この人たち、音楽だけは本気なんですよね」
誰も答えない。
でも否定もしなかった。
陽葵
「瀬戸くんは、軽音楽部を馬鹿にされて怒ってました」
大牙
「……は?」
陽葵
「速水くんは、空気が悪くなりすぎる前に止めてました」
速水
「え、そこ見てたの?」
陽葵
「見てました」
陽葵
「神代先輩は、たぶん今も面白いかどうかちゃんと見てるし」
蒼
「へえ」
陽葵
「ルカくんは、あの空気まで曲にしようとしてました」
ルカ
「……うん」
陽葵
「黒崎先輩は、ちゃんと止めてました」
司先輩が、少しだけ目を細める。
喉が少し震えた。
でも、止めたくなかった。
陽葵
「めちゃくちゃです。正直、かなり大変そうです」
速水
「正直だなあ」
陽葵
「でも」
私は息を吸う。
陽葵
「みんな、それぞれちゃんと軽音楽部を持ってる気がするんです」
しん、と部室が静まる。
自分でも、少し言いすぎたかもしれないと思った。
でも今さら引けなかった。
陽葵
「だったら、私は逃げません」
喉が少し震える。
陽葵
「軽音楽部を、終わらせたくないです」
その言葉のあと、しばらく沈黙が落ちた。
最初に吹き出したのは、蒼先輩だった。
蒼
「……面白いな、マネージャーちゃん」
速水
「いやほんと、普通ここで逃げるでしょ」
ルカ
「……使えるかも」
陽葵
「だから何にですか!」
大牙くんは呆れたように息を吐いたあと、ぼそっと言った。
大牙
「変なやつ」
でも、その声は少しだけさっきよりやわらかかった。
日向先生が額を押さえる。
日向先生
「お前、自分が何を引き受けたかわかってるのか」
その問いに、私はほんの少しだけ笑ってしまった。
陽葵
「たぶんですけど」
みんなの視線が集まる。
少し怖い。
でも、それ以上に、今ここでちゃんと立ちたかった。
役に立ちたかった。
陽葵
「問題児バンド、預かったつもりでやります」
一瞬、部室の空気が止まった。
速水
「は?」
蒼
「ふはっ」
ルカ
「……タイトルみたい」
大牙
「誰が預かられてる側だよ」
陽葵
「違うんですか?」
大牙
「違えよ!」
思わず少しだけ空気が緩む。
その中で、司先輩がほんのわずかに目を伏せた。
それが、笑いをこらえたようにも見えて、私は少しだけ目を丸くする。
最後に、司先輩が静かに口を開く。
司
「日向先生」
日向先生
「何だ」
司
「やります」
短く、きっぱりとした声だった。
司
「学園祭までに、形にします」
先生はしばらく司先輩を見ていた。
その目には、期待と不安と、過去への引っかかりが全部混ざっているように見えた。
やがて、先生は長く息をつく。
日向先生
「……なら、証明してみせろ」
それが、私たちの始まりだった。
廃部寸前。
問題児だらけ。
まともな人が一人もいない軽音楽部。
それでも。
どうしようもなく、本気の音がここにはある。
だったら私は、この人たちの“好き”を守りたい。
たとえ、どれだけ面倒で、どれだけ危なっかしくても。
ここで誰かの役に立てるなら、私はたぶん、何度でも踏みとどまれる。
私はこのとき、まだ知らなかった。
この軽音楽部が、想像していたよりずっと厄介で、ずっとまぶしくて、
そして――
誰かの人生を、もう一度動かしてしまうくらいの力を持っていることを。
