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幻で終わった、大学時代の長期世界一周旅行 ~③思うようにいかなかった塾講師のアルバイト~


2014年3月、苦しかった高校3年間を乗り越え、ようやく卒業の日がやってきました。その日以降、高校で知り合ったほぼ全員の連絡を削除・ブロックし、二度と関わりをもたないようにしました。

高校3年間では、ほぼ何も得られませんでした。それどころか、せっかく中学校3年間で得られたことがことごとく破壊されてしまいました。文化祭も、体育祭も、修学旅行も何1つ楽しめませんでした。再び、人とのコミュニケーションに困難を抱えるようになりました。言い訳になってしまいますが、その影響もあり、あまり大学受験には本気で取り組めていなかったように思います。もちろん、第一志望の大学には合格できませんでした。メンタルはボロボロです。

それでも私には心のよりどころが2つありました。1つは中学校の友達、そしてもう一つは、中学生のとき以来通い続けた塾です。

とりあえず大学へ進学することにはなったので、3月になればその塾で講師のアルバイトを行うことができます。ずっとやってみたいと思っていたので、早速動きました。

本社みたいな場所で筆記試験と面接試験を受け、何とか合格しました。あとは私の通っていた塾(以下「K教室」とします)に配属される…はずでしたが、高校3年生まで生徒として通っていた人がそのまま講師として採用される場合、3月までは自分が通っていた教室で働くことはできず、他の教室で研修期間を過ごさなければならない、というルールがあり、私は別の教室(以下「T教室」とします)に行かざるを得ませんでした。

私はこのルールを知りませんでした。4月まで待ってから筆記試験・面接試験を受ければそのまま通っていたK教室に配属され研修を受けることができたのに、あせって3月に試験を受けてしまい、しばらくの間通っていたK教室とお別れになってしまいました。

本来であれば模擬授業を行い、実際に15回の授業を行えば研修期間がおわります。3月にT教室に入ったので、おそくとも4月が終わるころには研修を終わらせ、K教室に戻れるだろうと思っていました。

しかし、このT教室がなかなかくせ者でした。模擬授業である程度授業の練習を行い、ついに講師としてデビュー…のつもりが、T教室の室長からとんでもないことを聞かされます。

ごめん、講師の数が余りすぎてキミが担当できる授業はしばらくないんだ

いやいや、じゃあ何で俺をこのT教室に配属したんだよ!

それからしばらくの間、全く授業に入れてもらえませんでした。4月中は週末にポスティング(ポストに塾のチラシを配る作業)を時給1,000円で数時間程度行う仕事しかもらえなかったんです。ひどくないですか??

おかげさまで高校時代に立てた世界一周旅行と貯金の計画はどんどん崩れていきました。大学1年次のGWには、まず九州の〇〇に行って、夏には世界一周旅行の予行演習として海外の△△に行って…という計画まで立てていたのに、すべてパーになりました。

結局GWは親から借金して、鎌倉の寺社仏閣をまわり、親戚が住んでいる仙台付近の歴史的スポット(多賀城、山寺、松島など)を巡ることしかできない、という結果に終わりました。

普通に考えればこんなアルバイト先なんてやめてしまえばいいでしょう。もし今の自分だったらすぐにやめて、たくさん稼げるバイト先を見つけると思います。

しかし、当時の私には無理な話でした。先述の通り、高校3年間の苦しい出来事によりメンタルはボロボロだったので、心のよりどころであったK教室で働いて稼いで、世界一周旅行にいきたい、という強い気持ちがあったからです。

5月に入り、やっとのことで講師としてデビューしました。しかし、デビューしたのはK教室でもなく、T教室でもなく、何とY教室という別の場所でした。T教室は相変わらず講師が余り過ぎていている一方で、近隣のY教室から「講師が不足したから5月〇日だけヘルプで来てほしい」という依頼がT教室に入り、私が指名されたようです。

自分の教室の講師を他の教室でデビューさせるという、とんでもない室長です。そしてデビューしたY教室の室長はもっととんでもない人でした。

今日はT教室からヘルプで来てくれてありがとう。申し訳ないんだけど、急遽講師が1人休むことになったので2連続で授業やってください。2つとも1対2の授業でよろしく!

いやいや、意味が分からん!
その塾の個別授業は90分間で講師1人につき、生徒2人の授業を同時に行う「1対2」のスタイルでした。ルールで定められていたわけではありませんが、デビューしてから2~3回は配慮して生徒を1人しか担当しない「1対1」の状態に調整してくれると聞いていました。

それなのに、Y教室の室長は私の講師デビューの日にいきなり1対2の授業を連続2コマも担当させてきたんです!しかも2コマ目は両方とも高校生!

なんとか90分間×2を耐えきりました。この塾では最後にアンケートをとり、表面には学習内容をまとめ、裏面には授業の「分かりやすさ」「満足度」を5段階で評価することになっていましたが、何とか「5・5」をつけてもらうことができました。

5月中旬ごろには新しく生徒がT教室に入ったらしく、週に1~2コマ程度の授業に入ることができました。それでも15回の授業を行い、研修期間を終えたのは6月に入ってからでした。

この時点で私はT教室の室長に直訴します。

お願いします。私をK教室に戻してください。自分が通っていたK教室で働きたいんです。

T教室の室長は「Rioさんにはせめて夏期講習の始まる7月まではT教室にいてもらおうと思っていたんだけど…」とあまり納得いっていないようでした。しかし、7月までT教室に留まっていても稼げるのは1カ月あたり

「授業1コマ1,800円×週2コマ×4週間(1か月)=14,400円」

です。

これでは世界一周旅行のための貯金どころか普通の大学生活すら満足に送ることはできません。実は元々生徒として通っていたK教室では生徒の数が非常に多く、講師も不足気味であるということを知っていたので、K教室に戻りさえすれば、たくさん授業に入り、月10万円近く稼げるのではないか、という目論見がありました。

T教室の室長に何度もお願いし、最終的には私のK教室への移籍(出戻り)を渋々認めてもらいました。

6月下旬、私はついにK教室に戻れることになりました。K教室の室長は私が中学校3年生のときまでいた正社員のK先生という人でした。一旦別の教室に異動したあと、K教室に戻ってきたようです。

あるとき、K先生から電話がかかってきました。

「ひとまず模擬授業を行ってRioさんの実力を見極めたいので、6月〇日にK教室に来てください」


「よっしゃ、これで心のよりどころである、愛着のあるK教室に戻って授業を行い、たくさん稼げるぞ。長期世界一周旅行に向けていざ貯金だ!」

とこのときは思っていました。

まさか心のよりどころであるK教室に戻ってから、プライドをボコボコにされるとは…



今回は以上になります。

次回は生徒として通っていたK教室へ戻ったあと、いきなり味わった屈辱、結果で見返してやろうと奮闘する日々を記します。お金はたくさん稼げましたが、この流れで「大学3年次に休学して世界一周旅行を行う」という計画は完全に破綻することになります。