【無心】「毎日」書くということ~得意は1つでいいよ~
「得意は1つでいいよ」
「そして、
それは書写でなくていいよ」
これは私の
教室の子どもたちに対する思いで
教室だよりにもよく書いています。
(書写教室の指導者なのに
書写を特にはすすめない人…)
遅れました。
硬筆・楷書の鬼の永野です。
書写は(きっと書写でなくても)
結局やるのは「本人」で、
どれだけいいお手本を持っていても
どれだけいい練習帳を持っていても
どれだけ字の原理の知識を持っていても
どれだけいい先生がついていても
どれだけ環境を整えても
やるのは「本人」で
本人がやらなければ意味がない。
とにかく書かなければ意味がない。
だから
メルカリとかで転売されている
公文書写の教材とか…
(なんか…いろんな意味で)
字の上達はないことが見えています。
(美文字練習帳とかも…?)
どうせやらないてしょ?
「毎日書くということ」
それがどれだけ意味のあることか…
ヘタでもいい、
分かっていなくてもいい、
何も考えなくていい、
とにかく「毎日書くということ」
字の上達において
この「実践」に敵うものはありません。
(あ、もちろん、私も毎日書いています。)
(あ、もちろん、
自分の字に「やばっ」「うまっ」と言いたいがた
めに書いています。)
習慣化について
ここで触れていますが
イチローは毎日無意識でバットを振っていたと…。



野球で思い出し…
昔、母が小学校の先生を辞めて
自宅で小さな学習塾をやっていた時に
そこに通っていた中学生がいました。
将来のプロ野球選手です。
(1997年、1998年に首位打者になった選手)
(私なんかが名前を出してはいけない気がする…)
弟も一緒に通っていたようですが
母が言うには
2人で夜遅くまで「毎日バットを振っていた」と…
私はその当時は
ほぼ赤ん坊なので記憶にまったくありませんが。
「日本一」になる人は
(そこまでいかなくてもいいですが)
「毎日やっている」
誰も見ていないところで「毎日やっている」
もう
それだけなんじゃないか、と思います。
「よく覚えたね~」
「よく知ってるね~」
「上手になったね~」ではなく
私は
「毎日書いていてすごいね」
そこを一番に讃えなければいけないのだと、
ふと原点に帰ります。
そして同時に
あれもこれも
別に何でもできなくてもいいよね~、です。
(私が器用貧乏だからこそ余計思います。)
「得意」が1つあればそれでいい
それは決して「書写」でなくていいし
「得意」が1つもないのなら
その1つに「書写」を選んでくれればいい
その「得意」が生きる力になるのなら
それは何でもいいよ
そう思っています。
(「字をきれいにする」指導者が何を言っている…)

将来、首位打者になるのなら
もうそれだけで充分じゃんね。
勉強はしなくてよかったじゃんね。
(私も楷書の鬼として日本一になったなら
日本一になった人とまた会えるかな…)
静かで
目立ちたがらず
穏やかで、
優しさが顔に滲みでている選手ですよね。
母もそう言っていた…。実際そうだと。
「日本一」になったって
あれだけ
「自分」「自分」と…
自己アピールをしない人柄を私は見習わなきゃいけない。
「・・・」
「ひらがながヘタクソだから
漢字がヘタクソなんだよ!」
(あ、無理みたいです…)
(あぁ黙れない…)
これからも鬼軍曹・永野はうるさいです。
