社会復帰未満Ⅵ『雨だから休みます』ー就労移行支援の現場から-
六月の雨の日だった。
利用者のSさんから連絡が入った。
「荷物が濡れるので、今日は通所したくないです」
一般的に見れば、
小さな理由かもしれない。
実際、
事業所の空気も少し止まった。
「それは休む理由になるのか」
そんな空気だった。
でも私は、
その言葉をすぐには否定できなかった。
頭では分かっているのに、
身体が拒否する感覚を、
自分も知っていたからだ。
Sさんは統合失調症を抱えている。
六月からは通所頻度を増やし、
十二月までの就職を目指していた。
本人も理解している。
「行かなければいけない」
それは分かっている。
実際、
一昨日と昨日は来所していた。
だけど三日目、
雨が降った。
それだけで、
心が急に重くなることがある。
後日のハドルで、
Sさんは静かに言った。
「頭では分かってるんです。
行かなきゃいけないのは。
でも心がついていかない」
その言葉が、
妙に残った。
私はASDとOCDを抱えている。
私自身が発達障害・精神障害者だ。
確認しなくても大丈夫。
失敗しても終わりではない。
そんなことは、
頭では理解している。
でも、
理解だけでは止まらない不安がある。
Sさんと私は違う。
抱えているものも違う。
それでも、
“不安が現実を侵食していく感覚”
だけは、
どこか似ていた。
就労移行支援では、
「社会復帰」という言葉がよく使われる。
でも私は時々、
その言葉に違和感を覚える。
社会復帰とは何だろう。
毎日通所することだろうか。
時間通りに接続することだろうか。
理不尽に耐え続けることだろうか。
評価され続けることだろうか。
Sさんは言う。
「面接が怖い」
社会は、
それを「逃げ」と呼ぶかもしれない。
でも、
本人にとって恐怖は現実だ。
そして同時に、
現実の社会もまた、
「怖いので無理です」
だけでは回っていかない。
支援とは、
どこまで寄り添い、
どこから現実を伝えるべきなのか。
私は時々、
分からなくなる。
午後。
雨音を聞きながら、
私はSさんとの面談記録を整理していた。
画面には、
「頭では理解しているが、
心がついていかない」
その一文だけが残っている。
私は考える。
社会復帰とは、
不安が消えることなのだろうか。
きっと違う。
社会とは、
不安が消えないまま、
それでも誰かと接続し続ける場所なのだと思う。
通信は途切れる。
感情も途切れる。
人との関係も途切れる。
それでも人は、
完全に切断されないように、
何度も繋ぎ直している。
社会復帰未満。
そこは、
社会へ戻れなかった人間の場所ではない。
壊れながらも、
まだ接続を諦めていない人たちの場所なのだと思う。
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