芥川龍之介ステーション「羅生門」発「アゲハ蝶」着
芥川龍之介「羅生門」に発想を得て、短編小説を書きました。
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芥川龍之介「羅生門」
私が書いたあらすじ↓
京都の荒れ果てた羅生門の下で、下人が雨やみを待っていた。
下人は主人に暇を出され、盗人になるほか生きる道はないと考えるが、勇気が出ずにいた。
羅生門の上には引き取り手のない死人が棄てられている。
背の低い痩せた猿のような老婆が、死体の長い髪を抜くのを見た。
下人は盗人になる気でいたことを忘れ、老婆を憎悪して近づいた。
慌てて逃げようとする老婆を捻じ倒した。老婆の生死が自分の意思に支配されていると意識すると、憎悪の心が冷めた。
「何をしていた。それを己に話しさえすればいいのだ」
「この髪を抜いてな、鬘(かつら)にしようと思うたのじゃ」
下人は老婆の答えが平凡なのに失望した。
失望すると同時に、別の憎悪が冷ややかな侮蔑と一緒に心の中に入ってきた。老婆にその気色が伝わった。
「ここにいる死人どもは皆そのくらいな事をされてもいい人間ばかりだぞよ。この女は蛇を干魚だと言うて売っていた。せねば餓死をするのじゃて仕方ない。わしも、せねば餓死をするじゃて仕方ない」
下人の心にある勇気が生まれて来た。
「では己が引き剥ぎをしようと恨むまいな。己も餓死をする体なのだ」
下人は老婆の着物を剥ぎ取り、足にしがみつく老婆を蹴倒し、夜の底へ駆け下りた。
老婆は短い白髪をさかさまにして門の下を覗き込んだ。
下人の行方は誰も知らない。
下人の心理の移り変わりが印象的な名作。
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「アゲハ蝶」みゆ
「あ」のつく街で会おう、と梨々花と約束した。
梨々花は七年前に別れた彼女。
互いに違う相手と結婚している。
当時、古着屋に勤める梨々花と、医学部の学生の俺は知り合い、恋に落ちた。
下北沢で友達数人と飲んだ帰り、立ち寄った店に梨々花がいて、服を選んでもらったのがきっかけだ。
梨々花にレトロカジュアル風にコーディネートしてもらったのが面白くて、何度も通って服を選んでもらった。
梨々花は俺に似合いそうな服を、こっそり売らずに取っておいてくれた。
試着した俺の周りを梨々花はひらひら蝶のように舞った。
「思った通り似合う。たいていの女の子は好きになると思うよ」
「君はたいていの女の子の中に入ってる?」
「入ってるって言って欲しいの?」
「質問に質問で返すのは、」
「嫌いなんでしょう?」
梨々花は笑った。
「好きだよ」
彼女は笑いながら不意打ちに言った。
俺は梨々花に恋をした。
三年ほど付き合い、医学部を卒業してインターンになって結婚を考えたが、梨々花が天涯孤独の身の上なのを両親に反対され、それを知った彼女に喧嘩をふっかけられて別れた。
梨々花が身を引くためにわざと喧嘩をふっかけたのだと気づいていたが、忙しい毎日を過ごすうち流されてしまった。
今の妻に不満は無い。
お嬢さん育ちで無邪気な女だ。
妻の父親の援助で都内で内科を開業し、娘も生まれた。
でも本気で好きになったのは梨々花だけだと、時々考える。
梨々花の笑顔と面白い発想と、耳に心地良い声がすごく好きだった。
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うだるような夏の暑い日、久しぶりに下北沢の街を歩くと、梨々花と再会した。
七年ぶりなのに彼女は驚くほど変わってなくて、大好きだった耳に心地良い声で言われた。
「なんか、きっと、いつか会う予感がしたの」
カフェの窓際の席でコーヒーを飲んで七年ぶん喋った。
他愛ない話なのに、結婚指輪をした梨々花はずっと笑っていた。
黒地に赤い花のレトロカジュアルなノースリーブのワンピースが似合っていた。
「梨々花。また会って欲しい」
「私と寝たいの?」
「そう見える?」
「質問に質問で返すのは、」
「嫌いなんだろ?」
俺は真面目に答えた。
「寝たい。寝なくてもいい」
「じゃあホテルは『は行』だから、だいぶ先になるけど、いい?」
「…?」
「知らない街で会おっか。『あ』のつく街で」
ラインを交換し、「あ」のつく街でデートした。
「あ」だから寝ていない。
「次は『い』?」
俺が聞くと、梨々花は首を横に振って
「じゃあね」と笑顔で去って行った。
喧嘩をふっかけられたあの日、そうすれば良かったと何度も思ったように、俺は梨々花を追いかけようとした。
でも、あの頃できなかったように、今もできなかった。
淋しさと虚しさを抱えながら、紫色に暮れた「あ」の街を歩くと、梨々花からラインがきた。
「か」
一文字だけ。
次の約束だとわかった。
俺は胸が躍って返信した。
「か」
かさたなはまやらわ
あと9回、梨々花と会える。
「は」の後は4回。
全然足りないけど、それ以上会えばのめり込んで引き返せなくなるとわかっていた。
俺は浮かれたり複雑だったり罪悪感を抱えたり思考しながら、見知らぬ「あ」の街を歩くうち道に迷い、廃校の小学校裏に行き着いた。
不気味な空気感を切り裂くように、アゲハ蝶がひらひら漆黒の羽を広げて舞ってきた。
見知らぬ「あ」の街の「アゲハ蝶」
黒いアゲハ蝶が、幻想の赤い花にとまるのが見えた気がした。
梨々花のイメージと重なる。
その時、女の争う声が聞こえて現実に引き戻された。
「返して!」
「あなたエメラルドでしょ!」
声の方に近づくと、廃校裏の階段の上で、短い髪の女が、長い髪の女につかみかかって何かを奪い、手のひらを赤みをおびた夏の大きな満月にかざした。
何かを奪われた長い髪の女は叫んだ。
「7月生まれは私。ルビーは私よ。あなたへのプレゼントはでたらめ」
短い髪の女は激高し、長い髪の女の首を絞めた。
俺はさすがに放っておけなくて走り寄ると、首を絞められていた長い髪の女が振りほどくように、短い髪の女を突き飛ばした。
短い髪の女は、急な階段を背中から落ちていった。
長い髪の女は階段の下を見下ろし、悲鳴をあげた。
短い髪の女は見た感じ、悲鳴をあげられるような状態になっていた。
長い髪の女……便宜上、アゲハ蝶と呼ぶ。
アゲハ蝶は取り乱し、足がもつれダンスを踊るように階段を降りかけ、落ちそうになった。
俺はアゲハ蝶を抱きとめた。
「落ち着け。正当防衛だ」
アゲハ蝶の手を握り、ゆっくり階段を降りていった。
俺は横たわった短い髪の女の頚動脈と手首の脈を確認し、「死んでいる」と言った。
命を失った女の指に赤い宝石が煌めいていた。
「あなた医者なの?」
「……」
俺は「あ」の街には来ていない。
医学部の友達数人と渋谷で飲むと、妻に言って外出した。
振り切るように階段を上がりかけると、アゲハ蝶が背中からしがみついてきた。
「行かないで! 見てたんでしょう?」
「何も見てない」
「正当防衛だって言ったじゃない!」
「俺に証言して欲しいってこと?」
アゲハ蝶は視線を泳がせた。
「万が一、疑われることになったら」
「万が一? 警察に連絡しないのか?」
「突き飛ばしちゃったのは確かだから。動機もあるし疑われるの怖い」
「このまま逃げるのか?」
「だって死んでるんでしょう?」
俺は頷いた。
「やっぱりあなた医者なのね。名刺ちょうだい。万が一、疑われたら正当防衛だってこと証言してください」
「そしたら、俺まで警察に連絡しなかったことを責められる」
「あなたは警察に連絡しろって言って、立ち去ったことにすればいい。私が自分の判断で、疑われたくなくて逃げたと言うわ。万が一、疑われたら」
割と論理的に考える女だな、と俺は思った。
見た目は儚げに見える美人だが。
「さっきから『万が一疑われたら』って言うけど、動機があるのに疑われない可能性が高いと思ってるのか?」
「思ってる」
「二人の関係は? 端的に説明しろ」
「職場の同僚。私たち幼稚園の先生なの」
「この街はよく来る?」
「縁もゆかりもない街。事情があって途中下車して、彼女が追いかけてきたの」
「動機というのは?」
「端的に言えば恋敵。幼稚園の園長の息子が商社マンで、彼が二股をかけていたの。でも彼は慎重に周囲にバレないようにしていたから、私たち以外誰も知らない」
「彼女はなんで君を追いかけてきたの?」
「私がルビーの指輪を盗んだから。彼が彼女にプレゼントしたの。彼女は私に見せるため、幼稚園にこっそり持ってきたの」
「なんで盗んだ?」
「ルビーの七月は私の誕生石なの。彼女は五月生まれだからエメラルド」
「男は誕生石なんて」
「彼とベッドにいる時、話したの。七月生まれでルビーって言ったら、今度プレゼントしようかって。私に」
「なのになんで彼女に?」
「どっちと話したか間違えたんだと思う」
ふざけた男だな、と俺は思った。
つまり二人とも遊びってことだ。
遊びなのに高価なプレゼントしたこと自体、遊びなのかもしれない。
二人の女の間に火種を投入して、面白がっているのだろう。
火種がこんな最悪な事態を巻き起こすとは、想定外だっただろうが。
「彼は写真嫌いで写真を撮らせなかったし、ラインや電話もしないで、会うときは私や彼女の一人暮らしのアパートにふらっと来てたから、付き合っていたことはバレない可能性が高いと思う。もし彼との線が浮上しても、私にまで捜査は及ばないと思う」
「…」
「あなた名前は? 名刺をください。万が一の時は正当防衛だと証言してください」
俺は迷っていた。
見知らぬ街で出会った見知らぬ女。
証言するとなると、なぜここにいたのか言う必要が出てくる。
妻に不倫がバレて傷つけることになる。
警察が押しかけてきて医院の評判にも影響が出るかもしれない。
娘の幼稚園の保護者も近所に住んでいる。
梨々花にも確認のため警察が行くだろう。
梨々花と「か」の街で……二度と会えなくなる。
「あ!」
アゲハ蝶が声をあげた。
「シュシュがない!」
「シュシュ? 髪を結ぶ、くしゅくしゅしたやつか?」
妻が家事をするときにつけている。
「腕にはめてたんだけど、彼女とつかみ合った時、外れそうになって」
「何色?」
「赤」
「探そう」
俺はアゲハ蝶と赤いルビーの女のそばへ戻った。
こんな探し物をするということは、もうじゅうぶんに巻き込まれているし、アゲハ蝶が言う通りに逃げると決めているのかもしれない。
二三体、死体が転がっていそうな嫌な気配と匂いのする階段下の草むらに、赤いものが見えた。
アゲハ蝶が駆け寄り、「見つけた」とかすれた声で呟いた。
アゲハ蝶は拾った赤いシュシュで、長い髪を一つに結んだ。
割と論理的な思考の儚げな容姿の女という印象が、髪を赤の輪っかで結ぶことで、何かの意思と心を持つように見えた。
「彼のプレゼントなの。これ」
かたや赤いルビーの指輪、かたや赤いシュシュとは、哀しいくらい差をつけられているなと思った。
かたや生きている、かたや死んでいる、逆にそこにも哀しいくらい差があるのだが。
「ラーメンを食べようってことになって、通り道に百均があったのね。彼がさっと入って、このシュシュを買ってきてくれたの」
「ラーメンが食べやすいように?」
「そう」
それはプレゼントとは言わないだろう。
連れの女が長い髪でラーメンを食べるのはウザいから、合理的に動いただけ。
しかも百円だ。
そんなものを大切にしているのか。
アゲハ蝶は死んでいる女に駆け寄り、彼女の指からルビーの指輪を外そうとした。
「何してる!?」
指輪が外れなくて苦戦している。
「指輪から足がつくと思ってるのか?」
百円のシュシュをくれた彼を守ろうとしているのか?
アゲハ蝶は指輪を抜き取り、赤みをおびた大きな満月に赤いルビーをかざした。
そして指輪を自分の指につけて、再び煌めきをまとった手を満月にかざし、恍惚とした表情になった。
狂気的な愛を見た気がした。
それは、ぐずぐずしていた過去の俺を嘲笑うような、愚かだが疾走感があった。
そんなにルビーの指輪が欲しかったのか。自分に送られた物でもないのに。
俺は決意した。
いざとなったら証言してやろう。
関わればあらぬ疑いをかけられるかもしれず、面倒でリスクしかない。しかし。
俺はアゲハ蝶の狂気的な愛のため、役に立ちたい。
名刺を取り出し、アゲハ蝶に渡そうとした。
「幾らになるかしら?」
「え?」
「どこか遠い街で指輪を売ったら」
「……は?」
つまんねえ理由だな。軽蔑。
正当防衛とは言え自分が死なせた女が最後に身につけていた煌めきを奪う理由がそれか。
俺は嫌悪し、名刺を引っ込めた。
「金が目当てか」
「愛が目当てだったのよ。私は生きてるから死んだ女より愛があるの。だから盗んでもいい」
「愛なら俺にもある」
なら俺が盗ってもいいはずだ。
俺はルビーの指輪をアゲハ蝶の指から奪い、しがみつくアゲハ蝶を振り切り、全速力で階段を駆け上がった。
追いかけてくる声や気配があったが関知しない。
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闇が濃くなった見知らぬ「あ」の街を逃げるように走ると、川があった。
橋の欄干から川を見下ろし、俺はルビーの指輪を水辺に放り投げた。
そして死んだ女のために手を合わせた。
駅はどっちだ?
途方に暮れているとタクシーが通りかかり、俺は飛び乗った。
「あ」は全て忘れた。
俺の記憶に「あ」はない。
頭の中は、
「か」
その後、アゲハ蝶がどうなったか俺は知らない。
(了)
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黒沢映画の「羅生門」は芥川龍之介「藪の中」と「羅生門」が原作です。
「藪の中」から発想した小説です。↓
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