静岡市芹沢銈介美術館。
建築家・白井晟一の作品。
「芹沢銈介って誰?」という方には、先日の豊田市民芸館の記事を参照していただくことにして。小学校でみんな習う、あの有名な『登呂遺跡』は、静岡駅からバスと徒歩で二十分もかからない。静岡市立芹沢銈介美術館は、その隣にあります。

入口から既にカッコイイ。後で知ったのですが、この建物は『石水館』という名前で、渋谷区立松濤美術館などと同じく、建築家白井晟一の作品なのだそうです。
今どきの美術館は、作品の鑑賞に影響を与えないように壁も天井も真っ白な「ホワイト・キューブ」が主流ですが、そんなの知った事かとばかりに、壁は土壁だし、柱は石だし、天井はそれほど高くない木組みだし。ロマネスク様式の修道院みたい。だけど石の間仕切りに、印を結んだ仏手のレリーフがあったりする。明り取りの天窓の下には噴水があり、部屋から部屋への移動には、石造りのアーチをくぐります。そうしてたどり着いた展示室のひとつは、八角形で、天井は高く、まるっきり礼拝堂にしか思えませんでした。

展示室内は撮影不可。撮って良いのはこの休憩室くらい。こらんの通り、石造りとはいえ、土や木に近い色合いで、風化した日干し煉瓦のような柔らかな凹凸のある表面。暖かく感じます。木組みの天井も、低いのに圧迫感はなし。この一室のためだけに、坪庭がしつらえられています。なんて贅沢な!

壺庭は石壁に囲まれているのに、不思議と陽射しがいっぱいに満たされていて、もう梅が咲きかけていました。
ホワイト・キューブではなく、ただ歩き回るだけでも楽しい、こんな建築が可能だったのは、もちろん芹沢銈介の専門の美術館だから。豊田市民芸館や、各地の民藝館でもそうなのですが、手仕事の展示にやはりそれ相応に、人間の存在を感じさせるものが良い。無機質なホワイト・キューブでは、その魅力を損なってしまうのでしょう。
展示方式も、それを生かしたもので、例えばのれんであれば、端を擬宝珠のように仕立てた竿を使っていたり、展示ケース内の壁紙や床も、生成りの色合いであったり。
芹沢銈介の作品。
『知恩院大殿内陣荘厳布柱巻型紙』
入場してすぐのところに展示されていました。これは、型染めのための型。染めたい形に、渋紙を切り抜いてあるもの。松や紅葉、雁や鶴の姿が、シンプルに、だけど生き生きと切り出されている。
この公式サイトのページに掲載された、『知恩院御影堂内陣荘厳布柱巻の下染』がこの型紙で染められたもの。美術館の収蔵品が下染なのは、本物は知恩院に納められているからでしょう。
縦長のその型紙に合わせたパネルを作り、二連の屏風様に、折り曲げて立てる、という展示方法。型紙は、目の粗い布に保持されている……シルクスクリーンの版みたい。なので、作品や展示によっては、キャプションに「印刷」と書かれていることも。
『文字入四季文四曲屏風』

屏風・図案・配色など、全てほぼ同じ。
なので、豊田市民芸館にあったのとほぼ同じ品があったりします。最初はビックリしたけど、要するに版画なので、同じ版を使って摺ったものが複数あるのは当然ですね……むしろ、型染は生活の具のための技術ですから、オートクチュールであってはいけない。
とはいえ、改めて豊田市民芸館の写真と見比べると、こちらの方が染も地も、色がスッキリしています。生活の具として過ごしてきた年月が、それぞれの品の面に表れている。絹の紬に……藍と紅花かな? 生きた素材が、そこで暮らす人と共に呼吸をした標。
『喜の字のれん』
同じページにある『寿の字のれん』と同じ方向性の文字デザイン。こちらは単色で、全体のシルエットが壺みたい。芹沢銈介フォントとでもいうか、立体的で面白いこの文字はクセになります。例えるなら、棟方志功の板画に刻まれた文字が、板を削る力や音や感触まで伝えてくるように、渋紙を切る感覚が、クルリと巻いたり、スウッと弧を描いたりするその輪郭から伝わってくるのでした。
文字自体の魅力を生かして『天の字』『花の字』『初の字』『如の字』『福の字』など、漢字一文字を図案化して染め抜き、額にした作品も数多くありました。

『布文部屋着』
そのデザイン文字を生かした作。布が丸まって「布」という漢字になっている、八寸角ほどの大きな紋が、前後の身ごろや袖に並んでいる。同じ型紙を場所をずらして、繰り返し染めたもの……というか、反物の時点でそのように作っているのだろう。同じ型紙、同じ紺だけど、手染めなのでやはり微妙に違う……ような気がする。よく分からない……実際に人が着て、使い込んだらまた色々と変わってくるのかな?
このページに載っている『鯛泳ぐ文着物』が、紋の配置は同じです。同じ手法で作られた『沖縄笠団扇文部屋着』『樹木文着物』『雪持笹に松梅文着物』『縄文着尺』なども、大ぶりな図案の紋が繰り返される面白さが、その着姿を想像させるのでした。どれも、あまり着物では見ないデザイン。中でも『太陽文着物』は、大きな丸の周りに、細く小さな「の」の字のような光がビッシリ出ていて、まるで日本の神道系か、メソアメリカの遺物かのようなデザインで、ちょっとビックリ。
『モザイク文帯地』
抽象的なパターンのデザインなのに、古典のような印象が出るのは、やはり芹沢銈介の手に染み付いたものなのでしょうか? 『亀甲文帯地』『縄目小花文帯地』など、クッキリしたパターンが力強くて、大ぶりの紋にも負けない、似合いそうな帯などもありました。ただ、ここまで来ると、あまり着たところが想像できない……和服の知識も欲しいところ。
『小川紙漉村文着物』
そんな単純化というか、様式化された紋様ばかりではなく、緻密に、写実的に描写された着物も、もちろんあって。
この公式サイトのページに掲載された、『小川紙漉村文着物』など、特にすごかった。『苗代川着物』なども、村の風景をびっしり描いてあって、豊田市民芸館で見た『型染着物』を思わせるものでした。

豊田市民芸館では分からかなったのですが、こういう細かい絵柄でも、同じ型をつかいまわしているようでした……といっても、どこが継ぎ目なのか、どんな型紙をどう組み合わせているのか、まるで見当もつかなかったのですが。
『東北窯場二曲屏風』
『出雲岩板村紙漉風景』『沖縄風物』『かまくら名所』など、風景画の染絵や水彩スケッチなども展示されていました。写実的というか、風景や事物など、目に入るものを把握する能力がものすごい。
この、東北の窯場を描いた屏風では、二つの登り窯が描かれています。片方は炎を内に含んでいる真っ最中か、それとも夜なのか。バチバチと火花のように、尖った輪郭に覆われている。もう一方は昼なのか、窯の石組がハッキリ見えていて、頂からモウモウと煙が上がっている。それぞれに二人の窯師が向き合っていて、一人は窯入れをしているのか、指板にいくつもの器を乗せて窯に向かって歩いている。もう一人は、窯出しをしているのか、膝まづいて両手で壺を持ち上げたところ。それらの情景が、まっすぐ伝わってくる。
『窯出し文間仕切』

その二人の職人がクローズアップされた間仕切り。先日、豊田市民芸館で見た暖簾がパワーアップしている。民藝運動の中心人物でもあったから、こういった工芸系の題材は特に多いみたい。さっきの風景モチーフも、紙漉きの村だった。和紙の作品もたくさん展示されていたし、染物は瓶が必需品だから、陶磁器関係も縁が深い。『東北窯場二曲屏風』という作品もあった。東北の窯場が、団扇形の中に描かれたもの。四季の移り変わりまで感じられる描写で、単なる絵のモチーフ以上の思い入れがあるのが分かりました。
『棚の上の静物四曲図屏風』
赤茶と紺と、麻の地色だけなのに、白地に青の染付の磁器、螺鈿細工の施された漆器の、質感まで見て取れる。型染めなので、陰影とかグラデーションなんて、もちろんない。それなのになぜ分かるのか、分からない……線一本だって、筆みたいに自由自在というわけじゃないだろうに。
恐ろしいのは『身辺二曲屏風』という作品で、持ち手のついた水差しが、注ぎ口を奥に向けて置かれていたりする……つまり、持ち手がまっすぐこっちに向いている。だから、画面には、壺の上に陰影もない細長い楕円があるだけ。それなのに立体だと分かる。それどころか、これが水差しで、長い楕円は持ち手を縦にまっすぐ見た形だと、一目で分かってしまった……なぜ分かったんだろう? そして、芹沢銈介は、この描写で見た者に伝わると、なぜ思えたんだろう?
『蓑図二曲屏風』

事前にこのケラを見ていたので、屏風に描かれた蓑のリアルさには本当に驚きました。豊田市民芸館の『ばんどり屏風』と同じ技量で描かれた蓑。左隻は濃い紺色の背景に下端が白、その上に黒いケラがぶら下がっている。雪国の夜の、静まり返った暗い空の深さ。右隻は白がほとんどになって、上端に太い枝が横切るような黒があり、そこから藁か毛皮のような茶色い蓑が下がっている。黒々とした太い枝のシルエットが、雪深い山奥を思わせる。厳しい環境を感じさせるそんな背景の中に、堂々と立つかのように大きく描かれた蓑とケラが、東北の自然の中で、たくましく生きる人々の姿に見えてくるのでした。
一方『ばんどり文のれん』は、豊田市民芸館のあの緻密な描写を思い切り簡略化して、様式化したけれど、存在感は全く劣る事がありませんでした。この細密な描写と様式化の対比も、実に見応えがあった。
『絞染飾布』
白井晟一によるこの個性的な建築で、展示室の明り取りの天窓の下に、小さな噴水があったりします。そこに展示されれていたのが、赤紫に染められた絹のこの飾り布。畳よりやや幅が狭いくらいの大きさで、縦にぶら下げられて、室内の微風に揺れているような、揺れていないような……そんな布。上下端は横に、手のひらほどの幅で白地が残され、小梅のような絞柄が端から半分に散りばめられていました。半ばは、赤紫色というか、紫檀か紫蘇のような色合いに染められていたのですが、縦には縞模様に染めムラが作られ、横には布に縮れが作られていて、染めと布のそれぞれの表情が、天窓から差し込む光で浮き上がる様子が、展示室の空気そのものに溶けるようで、とても心地よかった。色々と作品を見て、少し情報量に疲れていたので、その、雰囲気に立ち返る感じは、本当に心休まるものでした。
『紙雛図』
他にも『丸紋いろは六曲屏風』『いろは紋四曲屏風』も、一つ一つ読んで行くのが楽しかったし、『李朝の函紋帯』の金具の質感とか、蝶々みたいな『松紋間仕切』の大胆さ、『子犬文のれん』の犬のフニャフニャな感じ、型染めのマッチ箱やグリーティングカードが本当に欲しくなった事など、語りたい作品ばかりでした。
最期に一つだけ語るとするなら、このページに掲載されている、お雛様を描いた作品が心に残った事。モチーフは、鹿児島の素朴な、伝統的な糸雛。そして並んだ雛道具の、華やかながら愛らしいこと……これが描かれたのは、まだ戦争が終わって間もない、痛みも悲しみも癒えていない頃でした。芹沢銈介は、どんな思いでこの作品を描いたのでしょうか。
芹沢銈介の収集品

今回の企画は『語り合う布たち』というテーマで、芹沢銈介の作品と、収集した世界各地の布が展示されていました。この収集品もまた面白くて、こだわって見始めたら、もう一日追加しなければならないレベルでした。どれも、その布が生まれ、使われていた世界各地の、土の匂いや風の温度がしみこんでいるみたい。芹沢銈介が、彼らから何を学んでいたのか、時々それが想像できるのも面白かった。
何と言っても、布を展示するための建築に、世界中の布が集まっている。その時点で、その空間にいるだけで、お腹いっぱいになってしまったのでした。
