豊田市民芸館『芹沢銈介の仕事』
豊田市民芸館では現在、収蔵品による二つの企画展が行われています。一つが前回の『筆と言葉 杉本健吉を本多静雄の交流』で、もう一つが『芹沢銈介の仕事』です。
芹沢銈介とは。
渋紙を切り抜いた型紙を使い、布を染める、型染の工芸家です。1956年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されています。1895年生まれで、1984年に亡くなっているので、林家木久扇の師匠、林家彦六と同世代。陶芸家だと濱田庄司や荒川豊藏、画家なら北川民次や村山槐多、作家だと宮沢賢治も同じころに生まれていたりする、そんな世代。三十代はじめに、柳宗悦と沖縄の紅型染に出会って、民藝協会の主要メンバーとして活動しました。

民藝運動は、日本古来の手仕事の美を希求する活動で、今もこの豊田市民芸館をはじめとする、全国の民藝館の運営などの活動を続けています。初期の機関紙『工芸』は、雑誌そのものを作品として、手漉きの和紙など職人や工芸家が制作に参加していました。芹沢銈介の型染めによる、表紙の装丁もその一つ。
静岡市出身ということで、登呂遺跡のお向かいに、芹沢銈介美術館があります。近々、静岡県美術館に行こうと思っているので、立ち寄る予定。実は、今回はその予習。
『紅型着物』『鶴舞草文紅型着物』


まるで木版画の丸刀の彫り跡か、網をかけたように、着物の全面を隙間なく覆った紋様。それも単なる紋様ではなく、ちゃんと地面の起伏として描いている。同じような網目のはずなのに、棚田、石垣、畑、森、柵や段など、全て描き分けられている……いや、型紙を切り抜いて染めている。筆で描くのも大変そうなのに。色もそれぞれ、色別に型紙を作って染めたのかな? 何種類あるの? もう、何をどうやって作っているのか、想像もつかない……
『寿松富貴菊桜文着物』


これも、細かい紋様と大ぶりな紋様が重なり合って、生地そのものに奥行きがあるみたい。松竹梅はもちろん、桜に紅葉は雲錦文、椿や牡丹といった大ぶりな花、七宝に綿の束とか、縁起物の紋様を並べて華やかさを出している。さらにとんでもないのは、生地そのもの、織でも紋様を入れてあるところ。拡大で見ると、うっすら、色はないけれど白い筋が、キラキラと光っている。この紋様は、織で入れられている。織で細かく紋様を入れた上に、染めで大ぶりな紋様……どれだけ手を入れてあるのか、サッパリ分からない。
手がかかっているのが、まるで当然のよう。作られた紋様も色彩も、それだけのものを要求するにふさわしい出来……
『ねじり文暖簾』『古洋書』

布に対する染め以外にも、ガラス絵やイラスト、デザインなど、さまざまな作品がある。暖簾は紙子かな? 和紙を撚った、こよりを織ったもの。布にしか見えないけれど。

先の着物と違って、ジワリとにじんだ感じがある。色合いや面が、版画作品みたい。輪郭は、ズレたように色が重なっているけれど、葉脈にはピッタリと色違いの筋が沿わせてある。色が途中で変わるのも、別の型紙になっているのかな? ゴワゴワと、大きな織りの目が固そうに浮いている、独特の質感もたまらない……
『ばんどり屏風』とばんどり。


「ばんどり」というのは、東北庄内地方で使われていた、荷物を背負う時に背中に当てるわら細工。実物もコレクションされていた。きつく藁で編まれている他、色布も混ざっていて、独特の紋様になっている。今回の展示では、屏風が壁に掛けられ、実物のばんどりが並べられて、そのリアルさがありありと分かる。まるで、本当に軒に提げられているみたい。陰影などは特に写実的というわけでもないのだけど。


部分を見ると、非常にデザインっぽくて、抽象的ですらあるのに、引いて見ると空間が現れて、グッと立体的になるのは、いったいどういう事だろう? 柱も梁も黒、その向こうの空間も黄土色に、ほぼ一色に塗りつぶされていて、平面的に感じるはずなのに。締め上げ、編むように、力がこもっているから、それが存在感になっているのかなあ?
『菖蒲』『華』『帆立船』

『菖蒲』『帆立船』は、布に型染めで絵をつけたもの。『華』は、紙へのデザイン。わざとシワシワにした和紙を染めている。『帆立船』はよく見ると、海から突き出す岩と、そこから生えた松二本、船の本体は描かれておらず、風をはらんで反った帆が、妖怪「一反木綿」みたいに飛んでいる。水平線の上に見える沖の帆がこんな感じなのかな。
『宿の裏』『車箪笥に布』『みちのくのだてげら』

『宿の裏』『車箪笥に布』は、先の『古洋書』と同じガラス絵。ガラスの裏から色を付けていき、表から見ると絵になっている……つまり、昔のアニメのセル画みたいに、細かいところから背景へ描いていく、普通の絵とは逆の順番に描くもの。北川民次も描いていたなあ……あの世代では流行っていたのかしら? 『みちのくのだてげら』は、紙に普通に描いた絵。「けら」とはつまり蓑。こちらにも、実物がとなりに展示してあった。サラリと描いてるけど、そのクネクネした筆の使い方が、垂れ下がった藁のクネクネ感そっくりで面白かった。

『文字入四季文四曲屏風』

縦が一メートル少しの、やや小ぶりの屏風。芹沢銈介の得意とする、文字とイラストの組み合わせ。春は山に桜と藤、波に帆立船。夏は燕と大きなシュロの葉。秋は柿と、機織り機に紅葉。冬は雁に笹雪……花は何だろう? 読み解くのについつい夢中になってしまうけれど、色そのものの美しさや、その組み合わせの絶妙な感じも、しっかり味わわないともったいない。この紺は、四面ともほぼ同じ色なのに、色々思いめぐらしているうちに、それぞれの季節の空の色に思われてくるところとか。冬の字が、白い部分が特に多いとか。
『いろは文字絵六曲屏風』


「いろはにほへと」に対応して、楽しいイラストがついている。「アンパンマンひらがなマグネット」と同じ発想だけど、たぶん子供向けではない。「に」がニワトリ、「れ」がレンコン、「た」がタケノコ、「め」が眼鏡あたりは分かりやすいけど、「を」が扇とか「ゑ」が絵本で「そ」が鎧の袖、「ゐ」が囲炉裏なんて、分かりづらい……「い」とか「の」とか、自分も全然わかんない。「ろ」が轆轤、「ぬ」が塗り物、「け」がさっき出て来たケラ、「ひ」が屏風……工芸がらみのネタが多いかな? 生成りの地は、麻だろうか? 緑がかった染め抜きも、もっと鮮やかだったのかなあ……1958年制作だから、もう七十年近く経っている。だけど、古びてますます良い色合いになった、そういうタイプの作品だと思います。
『ようこそ文字暖簾』『窯出し文暖簾』

なんとなく箆書きの梵字を連想させるような、ちょっと変わった字体。この暖簾の向こうは、あんまり見た事ないようなお店って気がする。そもそも「いらっしゃいませ」と書いてる暖簾は多いけど「ようこそ」はあんまりない。暖簾に描くには、ちょっとお上品? 裏側は「ありがとうございました」じゃなくて「ごきげんよう」とか書いてありそう。見えなかったけど。
登り窯か穴窯か、大きな窯から、焼きあがった鉢を持って出てくる職人の絵を描いた暖簾。まるで暖簾から出て来たような、だまし絵になっている。少し透ける生地なのも、向こう側の空間を見せる効果を出している。職人の服が、まるで仏像の衣のように巻いてるのも面白い。鉢は鉄赤釉かなあ? 梅干しとか入ってる、よくあるタイプのやつ。食を提供するお店なら、高級な陶磁器じゃなくて、普段使いの器の方が食欲をそそるでしょう。
『親鸞聖人御影』

たぶんだけど、重要文化財の『熊皮御影』を模した作。模したとはいえ、元の絵ではこんな風に、衣の波打ち様や、顔の輪郭やシワさえ、クッキリとはしていない……そもそも、版画のように明瞭な線と、グラデーションなしの二色での表現は、元絵と全然違う。それでも元絵の目指すところを外さずに、むしろ親鸞らしさが増している気さえする……
『どんきほうて』シリーズ。

「みんなが読んだ気になってるけど、実は読んでない西洋古典」トップスリーに入る、ミゲル・デ・セルバンテス『ドン・キホーテ』を、日本を舞台に翻案した連作。ちなみにあと二つは『ガリバー旅行記』と『三銃士』(『ほら吹き男爵の冒険』という説も)。


ドゥルネシア姫が大原女だったり、風車じゃなくて水車だったり、焼き払われるのが騎士道物語の本じゃなくて武勇伝だったり。「らまんちゃの里のどんきほうて」の大冒険、本当に面白そうなんだけど、板絵や、型染めの一枚絵による絵本は作っているのに、絵巻物にはしていないんですよね……日本に翻案するなら、ここは物語絵巻に仕立てるところかと思うのだけど、なぜだろう?
書籍の装丁・挿画。

先に、雑誌『工藝』の装丁は挙げましたが、他にも多くの書籍で仕事をしています。それが絵巻物ではなく、冊子の形にこだわった理由なのかな? 着物があまり着られなくなって、型染を多くの人々の手元に届ける手段となると、やはり出版物だったのかもしれません。

日本の伝統紋様、家紋のようなものはもちろん、アール・デコなどの影響を感じるものもあったりして、小品も一つ一つが可愛らしくて飽きません。圧倒されるような着物も良かったけど、こういうのが生活の中にあってもいいですね。

ケルトの古写本みたいな作品すらある……でもこれ、お亡くなりになる直前だなあ……八十代も後半に入って、なお新境地を開拓しようとしていたのか。
柳宗悦の書斎にて。
豊田市民芸館には、かつての日本民藝館館長室、柳宗悦の書斎が移築されています。その壁には、いつもは柳宗悦の『今日空晴レヌ』の書が掛けられていましたが、今回は芹沢銈介の紙型染の絵が掛けられていました。

型染で描かれた吉祥の図。パネルの横縞は型染ではなく、何か別の技法が使われている気がするけど、よく分からない。古裂の紋様のように見せる事で、パネルなのに掛け軸のように仕立てられている。吉祥図の下に、うっすら縞が透けて、立体的に図が浮き上がってくるみたい。

書棚には、愛らしい小品が飾られている。まるで家族の写真か、記念の絵ハガキみたいな無造作ぐあい。だけど、作品そのものが持つさりげなさが、この扱いに素晴らしく似合っている。芹沢銈介と柳宗悦の親しさを、飾り方ひとつで表現しているみたい。

この茶箪笥は、ずっと置かれているのだけれど、地袋の小襖には、壺と皿と蕎麦猪口の図がついている。型染っぽい。これも芹沢銈介の作なのかな? あってもおかしくないけれど、それっぽいキャプションは見た事がない……だけど、人の生活になじむような作品を作り続けていた芹沢銈介なんだから、むしろ名も知られぬまま、こんな風に、ただそこにある事の方が似合っているのかもしれない……
