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愛知県美術館『歌川国芳展』後期(3)


 戯画には現実に対する徹底的な観察がある。ドラマチックな亡霊との対峙には、裏には切ない人間ドラマがある。そんな話になったのだけど、もちろん、もっと素直に、ド迫力の化物との勝負を「すげー!」「怖えぇー!」「かっこいいー!」と興奮して楽しむ、という事も重要だという事で。

怪異VS英雄

『日本駄右エ門猫之古事』

 日本駄右エ門は伝説的な盗賊の頭領。「盗みはすれども非道はせず」を体現した存在として、『白浪五人男』など数々のフィクションが書かれている。その若い頃のエピソードとして、東海道岡崎宿の化け猫をモチーフにした物語。
 クライマックスには、巨大な猫がドカーンと出現する……だったら、この絵ってネタバレだよね? 『猿の惑星』のDVDパッケージ並ですよ。

 そのクライマックスだけじゃなくて、猫が集まって踊り出したり、行灯に猫のシルエットが浮かんだり、お話の時系列を無視して、色々な見せ場が盛り込まれた贅沢な三枚。
 デカい猫の迫力も大したものだけど、そのせいで手前で踊る猫又たちの愛嬌がさらに増している。ただ可愛いだけじゃなくて、化け猫の化身の老婆と一緒にいる猫又は、老婆と一緒に日本駄右エ門をにらんでいるし、日本駄右エ門のそばにいる猫は、彼のマネでもしているみたいに、身構えて見せている。

『昔ばなしの戯 猫又年をへて古寺に怪をなす図』

 こちらも化け猫モノのお話の絵なんだけど、『日本駄右エ門猫之古事』は、若い頃の日本駄右エ門の冒険談の一幕なのに対し、こちらはガチの怪談。背後の巨大猫の描き方からして全く違う。薄い灰色の姿は、生き物ではありえない。本当に、亡霊にしか見えない。右端の幽霊は、白い痩せさばらえた姿の下に、うっすらと骸骨のシルエットが浮かんでいる。
 『日本駄右エ門猫之古事』では行灯や、お歯黒桶など、小物も丁寧に描き込まれていたんだけど、こちらには人間と亡霊だけ。亡霊の世界に引き込まれているのだ。

『清盛入道布引滝遊覧 悪源太義平霊討難波次郎』

 中央で火の玉に乗っている、見るからに悪霊な武者は、平治の乱で負けた源義平。その下でのけぞっているのは、難波経房。平治の乱に負けて処刑された義平が、自分を斬首した経房を雷で撃ち殺したところ。源義平は『平治物語』では、平清盛の息子、重盛と一騎打ちをして、御所の中を追いかけまわしたと、その勇猛無双が語られる。画面左でビックリしているハゲでヒゲのオッサンが平清盛。
 なんといっても、この雷の表現! みんな、こういうのを見たくて国芳展に来てますよね。三枚続きの大画面を縦横無尽に駆け巡る、赤い雷火。雷火に照らされて白く輝く雨は、どれほど大粒なのか、太い槍のようだ。大木を割き、若木を押し曲げる突風。長柄傘も、清盛の頭上でひしゃげている。傘を下げる暇もなかった。いかに突然のことだったか!
 雷鬼となった義平の真下の地面が、まっ黄色になっているのは、ここに雷が落ちたんだろう。爆風らしき放射状の線が、そこから画面左右端まで伸びている。のけぞる経房は、そこで雷に打たれて、今の場所まで吹き飛ばされたようだ。胸元から火柱が立っている。まるで血と内臓が噴き出したように見える。
 左右の画面は、雷火は走り回るわ、清盛や部下たちが大騒ぎしているわ、突風や豪雨は耳をつんざくわで、ものすごくうるさいんだけど、真ん中の画面は義平と経房だけで、雷火や衝撃波などの効果も最低限で、バックは黒一色。ここだけ時間が停止したように静か。雷が閃く一瞬、何も聞こえなくなるあの感じを、見事に紙面に再現している。

『本朝水滸伝剛勇八百人一個 渡辺源二綱』

 源頼光四天王の一人、渡辺綱が羅生門の鬼の片腕を切り落とした、という伝説のシーン。門の下にまで潜り込んできそうな、黒雲の渦。雷の表現が、閃く光だけではなく、鬼と渡辺綱の間に走る、殺気の交錯を表しているようにも見えます。

『源頼光』

 病に臥せっていたところを、土蜘蛛に襲われた源頼光が、名刀「膝丸」を振るい、土蜘蛛の片足を切り落として追い払ったシーン。土蜘蛛が頼光をからめとろうとしていた糸を、飛びのく土蜘蛛や、勢いよく振り下ろされた名刀「膝丸」の軌跡のように見せています。

『源頼光』

 退治された大江山の酒呑童子の生首が、源頼光の首にくらいついたシーン。太い筆を大胆に振るっただけの背景。他に何もない。この構成が、酒呑童子と頼光、一対一で、他の何者も入り込めない世界を作っています。新しい解釈を提案し、単なる鬼退治に終わらせない。単なる物語の挿画では終わらせない、国芳の独創性は、こういった小品で、よりはっきりと感じ取る事ができると感じました。

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