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愛知県美術館『歌川国芳展』後期(2)


 前回からの続き。

戯画は写実があってこそ

『魚づくし 金魚に目高』

 縦長の画面の下の方に描かれているのは、麩のカケラかな? 小魚が食らいつこうとしている。勢いよく放射状に集まったメダカ。二匹の大きな金魚が、頭を下に尾を振るっている。沈む餌を追いかけて、水面から泳いで来たらしい。小さな金魚とメダカが二匹ずつ、反対方向、上に向かって泳いでいる。大きな金魚や何匹ものメダカたちと取り合うのをあきらめ、次の餌を求めて水面に向かっているのだろう。

『魚づくし えびざこ』

 こちらの画面は濃い青で、深い底の方らしい。エビも小魚も黒一色。小魚なんてグラデーションがかかったシルエットだから、種類も分からない。だからタイトルも雑魚。上の方は白く明るくて、赤くにじんだ上端には、丸い浮きが見える。よく見ると、釣りの糸が垂らされていて、雑魚はそこに寄っていこうとしている。そしてエビは……ハサミを伸ばして釣り糸を切ろうとしている!

 前回『七浦大漁繁昌之図』で、そのリアリティとストーリー性から「実際に取材してきたみたい」と書いたけど、こんな風に、単純に魚を描くだけでも、物語を仕込まずにはいられない。国芳には「自分のアイデアを見せたい」という、捨てがたい欲求があるみたい。

『きん魚づくし ぼんぼん』

フォトスポットになっていました。

 確かな描写力と、アイデアを両方盛り込もうとなると、こういう戯画になるのかな? 『鳥獣戯画』から続く、遊び絵の定番ではあるんだろうけど。水草は柳、タモ網は団扇だというのはすぐ分かるけど、よく見ていると、後ろの三匹が艶めかしい若い女に見えてくる。花魁かもしれない。口を開けている子供の金魚は禿かな? 手前の三匹は、旦那と女房と息子だろう……描かれているのは金魚なのに、仕草だけでそこまで想像できる。あらゆる人々の所作を、徹底的に観察、研究しなければ不可能な話。

形態だけでなく、動作の写実も

『道外獣の雨やどり』

 獣の頭の物売りたちが、大きな木の下で雨宿りしている。この、いろんな種類の物売りの仕草も、それっぽくて、観察の細かさを感じます。
 職業を動物に見立てるというのは、現代ではポリコレ的にどうか、なんて言われそうだけど……竹の束の横に、虎が立っているのは、「牡丹に唐獅子、竹に虎」なんて慣用句からの洒落だろう。鹿が「鹿の子餅」を売っているし……だけど、狐が「白玉売り」なのはどうしてだろう? 江戸の流行語やことわざなど、知っていたらきっと面白いんだろうなあ……知っていても崩し字なので、ほとんど読めないんだけど。

『化物忠臣蔵』

 もちろん江戸時代の人々にとっては、忠臣蔵も基礎教養みたいなものだったので、この一枚一枚に仕込まれた小ネタも面白かったんだろうなあ。自分は、五段目の斧定九朗くらいしか分からない。忠臣蔵で一、二を争うイケメンが、オナラで吹き飛ばされてる……

『猫のおどり』

 目が小さい猫、細い猫、ギョロ目の猫が踊っている。これも役者の似顔絵を、猫にしたものなのかな? これも、当時の江戸っ子には、羽織の紋などから「ああ、アイツだ」と分かったんだろうなあ。せめて、扇に描かれた判じ物だけでも解読できないかなと、色々考えてたけどダメでした。

 ……当時、流行っていた踊りの名前らしい……わからんってばそんなん。

『てるてる坊主おひよりおどり』

 白い着物と被り物で、デッサン人形のように情報量を落とした姿。それが、クルクル踊っている。クロッキーのような、素早く単純な線。どれだけ少ない線で、立体と動きを表現できるか、挑戦しているみたい。

 単にアイデアが面白いだけではない。それを実際に作品にできるのもすごいこと。動物を写実的に描くことと、人間の動作を的確に表現すること。両方に並外れた力量があるということ。

『欠留人物更紗 十四人のからだにて三十五人にミゆる』

 人体描写の技量を見せつけるみたいな一枚。顔が若いの、中年、老人と描き分けられているのはもちろん、公家か神職か、町人か武士か農民か、なんていう描き分けまで。座頭もいるなあ……
 さらには、体も描き分けられている。腕や脚も、太いの細いの、筋張っている、筋肉質、ぶよぶよしているなんて描き分けがされている。しかも色々とおかしなポーズで、それが絡み合って、様々な角度から描かれている。
 これ、モデルやらされた人とかいるのかなあ。いてもおかしくないけど、気の毒になってくる……

猛獣は筋肉に描かれる?

『竹に虎』

 竹林に悠然と歩む虎の姿。日本にいない虎を描くのに、当時の人は皮や猫を参考にしたというけれど、国芳は本物を見たとしか思えない。それくらい迫力というか、存在感がある。でもよく見ると、虎の縞模様とか毛の流れとか、ちょっとイメージで描いているような気もする……奥の竹も、虎との縮尺でいえば太すぎるし……
 一番の謎なのは、薄墨で画面の上に、四本の弧が描かれていること。右上端から画面全体に、まるで波動でも浴びせられているように、長い弧が描かれている。解説には風の表現と書いてあるけど、自分にはそうは見えない。じゃあ何に見える? と聞かれても、何も思いつかないんだけど。
 だけどこの、竹林の空気がゆっくりと、大きな波のように押し寄せてくるような表現こそが、悠然と歩を進める虎の存在感を表していると思う。

『雲龍図』

 掛軸サイズの縦長画面に描かれた『雲龍図』は『竹に虎』と対になるような作で、雷雲の黒い奥から首と手足が、ニューッと出てきているところを描いている。明るい美術館の展示室だとピンとこないけど、江戸時代の、明かりは行灯か燭台しかない部屋の夜であれば、本当に壁から飛び出してきているように見えたかもしれない。

『双龍図』『龍図』『応龍』

 この辺りも、美術館の展示作品として見ると、何処か物足りない。何故だろう? そもそもコレって、単体で鑑賞するために描かれた作品ではないのでは?
 本当に何の根拠もないんだけど、これって背中に入れる刺青の下絵デザインなのでは? 根拠は、このデザインなら単体よりも、人の背中に描かれている方が、魅力的に見えそうだな、という予感だけ。

『禽獣図絵 獅子』

 これも「獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす」という説話を元にした絵なんだけど、谷が千尋に見えない……崖下の流れが、波の白い飛沫まで描き込まれていて、そんなに遠くなさそう。ダメ押しに、牡丹の花が満開である。
 獅子のたてがみや尾の表現も、画面端だから勢いさえ伝わればいい、みたいな、筆のタッチそのままのワイルドな描写。獅子の顔や子獅子の爪など、細かく描くところは、しっかり限定してある。
 やっぱり、背中に彫るための下絵なのでは……

怪力乱神

『周易八卦絵 震雷』『周易八卦絵 巽風』

 これも、刺青の図案を意識して描かれているように見える。でも、風神雷神はセットじゃなきゃ、と言う気もする。『周易八卦絵』なんて描いてあるから、縁起物として家の壁に貼られたりしたのかも。
 周易八卦では、「震」は自然現象としては雷、方角としては東を示す印とか。「巽」は風で南東。雷神は右を向き、風神は左を向いているので、向かい合うように貼るなら西か、北西の壁? 

 でも、日本で最も有名な『風神雷神図』だと、雷神は左を向き、風神は右を向いているんですよね……でも、東側に屏風を立てたら、部屋が真っ暗になっちゃう? 風神雷神そのものの位置じゃなくて、向いている方角に意味があるとすれば、国芳・宗達、どっちもオッケー? このあたりの理屈、時代や地域や流派によって、色々あるんだろうなあ……

『木曽街道六十九次之内 六十八 守山 達磨大師』

 こちらの作品の読み解きは、太田記念美術館の日野原氏の記事が素晴らしい。最後が疑問符ばかりの感想文ではなく、こういうスッキリした紹介記事が書きたいなあ……
 でもついつい、不思議に思ってしまう。この、追加のせいろを差し出している蕎麦屋、自分の左腕を差し出す慧可のバロディではないかしら?

 それにしてもこのでっかいお腹、ダルマというより布袋さんみたいですね。

『浅草奥山生人形』

 足長国の者は、脚が長いので水の深いところまで入っていける。手長国の者は、腕が長いので深いところにいる魚を捕まえられる。だからペアになって魚を取る。
 穿胸国の者は、胸に穴があいていて、そこに棒を通して駕籠のように担いで運ばれる。

 そんな風に、未知の世界の住人のおとぎ話は、洋の東西、時代の新旧を問わず流行っていて、アジアの場合は『山海経』とか『和漢三才図絵』とか。ヨーロッパでもルキアノスやらプリニウス『博物誌』やら、色々あって、お互いに影響し合ったりもしている……日本が「黄金の国ジパング」と描かれていたのもその一種。つまり何百年も前のヨーロッパ人には、日本人はこの手長足長と似たような者だったわけです。
 じゃあ今の自分達は、遠い異国の人々をどれくらい理解しているかというと……ひょっとして、あんまり変わらないのかもしれません。

『浅茅ヶ原一ツ家の図』

 明治以降では、月岡芳年のこの作品で有名な『奥州安達ケ原』……展示の国芳の作品では『浅茅ケ原』と、同音異字。旅人を殺して生き胆を集める、鬼婆の姿、芳年は吊るされた若い妊婦との対比で、非情なほどのリアリズムで描いていますが、国芳はだいぶデフォルメ気味。
 飛び出した目玉と歯のない口、骸骨が生皮を被っているような皮膚のたるみ。細いシワから皮膚の薄さが分かる……先の『浅草奥山生人形』もそうだけど、現実を描写する卓越した腕前が、非現実的な存在を生々しく見せています。

活劇の裏の悲劇

『蝦蟇仙人と相馬太郎良門』

 平将門の遺児、相馬太郎が蝦蟇仙人から妖術を授かる場面。蝦蟇仙人が、鬼の茨木童子を美女に変えるシーン。口からプーッと、画面の端から端まで届く勢いで吹いているのは、油かな? ガマだけに。まあ、妖力ビームか何かなんだろうけど。
 何がすごいって、背景の洞窟や岩に見えているものが、実は全部ガマガエル、という仕掛け。このシーンだけ見ると、相馬太郎が修行中のヒーローみたいだけど、その姉の滝夜叉姫は彼から妖術を受けついで、ガイコツの化物を使役する……キービジュアルの『相馬の古内裏』のシーンになります。

『相馬の古内裏』左端が滝夜叉姫

 題材になっている『善知安方忠義伝』は、世を乱そうと企む平将門の遺児の姉弟を、源頼信の忠臣が倒す話。だけど、決して単純な悪役とは描かない国芳の絵からは、姉弟の運命のドラマチックさを描く物語のように見えるのです。

『平知盛亡霊の図』

 謡曲『船弁慶』の、西国に逃れる義経一行を、平家の亡霊が襲う。『大物浦平家の亡霊』と同じシーン。こちらは、角を生やし鬼となった平知盛の亡霊が、今にも薙刀で船ごと義経一行を薙ぎ払おうとしている。付き従う平家の武者も、蒼白の顔に歯をむき出した怨嗟の表情で、船縁にとりつこうとしている。
 対する義経一行は、戦いの興奮に血がたぎっているのか、みんな顔が赤い。船も赤い。赤と青が、生者と死者を分けているみたい。だけど、海は亡霊たちと同じ青で、おどろおどろしい黒い渦は、亡霊たちの望みに答えて、義経一行を波の下に飲み込もうとしているようだ。
 物語では、それでも刀を振るって戦おうとする義経を弁慶が諫め、数珠を握って祈祷することで彼らを退けたという。この絵の弁慶は、短刀を握りしめた腕に数珠を巻いている。短刀を握る両手が、印を結んでいるみたい。その両手の後ろに顔をうずめて、歯を食いしばっているのは確かに祈っているようだ。思わず刀で戦おうとする自分を、必死で押さえているようにも見える。

『大日本六十余州之内 対馬 新中納言知盛』

 壇ノ浦で果敢に戦うが、破れて入水した知盛。その死を目前にした姿も、国芳は描いている。何本もの矢が突き立ち、薙刀の折れた柄は血にまみれている。既に血の気は失われているが、目はまだしっかりと開き、口はきりりと結ばれている。

『本朝武優鏡 平知盛』

 その知盛の、これから戦いに向かう凛々しい姿も描いている。鎧の上に着た直垂も、まだ細かな模様がハッキリしていて、糊すら効いていそうな張りがある。亡霊の姿に似ているのは、兜の上に細く長く伸びた角のような鍬形だけ。
 この立派な武者振りと、亡霊になってからのおぞましい姿、その落差が、平家の壮絶な戦いと悲劇の凄惨さをハッキリと示しています。

続き書きました。

 続きというより、今回の補足というか。素直にカッコイイ化物退治の話です。なのでちょっと短め。

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