愛知県美術館『歌川国芳展』後期(1)
前回はこちら。前期展示のレポートです。今週末(6月21日)で終了なので、後期展示の作品の感想を、ものすごく急いで書きます。前期と同じ。見たのはだいぶ前なので、図録と首っ引きで振り返りながら。
橋の風景
『東都三ツ股の図』
目立たないけど遠景の橋に、巧みな透視図法が使われている。画面右端の始まるあたりの橋は、画面に平行だ。でも画面中央の終わるあたりになると、橋は奥に向かう。この遠近法によって、橋のあたりの水平線が河口だと分かる。
色々と不思議な絵で、画面左手には高い塔がある。見た感じだとスカイツリー並みに高そうだけど、どうやら井戸を掘るための櫓だそうだ。手前に浮かんでいる屋根付きの舟は、二隻くっついたような形。この時代に双胴船があったとか、あまり聞いた事が無いんだけど……あったのかなあ。
空の、グラデーションのかかった薄い紙を切り貼りしたような、まるでマチスみたいな表現も面白い。
『本朝名橋之内 江都日本橋略図』
同じ橋を描くのも、日本橋は江戸っ子の生活に密着しているので、橋の上にもこちらにも向こうにも、人がビッシリ! それどころか、川面も半分、荷物満載にした舟で埋まっている。太鼓橋のてっぺんにはでっかい荷物が、ユッサユッサ揺れている。商売道具を担いだ人、被り物をした人など、みんなそれぞれに、江戸に暮らしているんだなあ、という描き分けがされている。庶民の暮らしを支える力強さは、まるで対岸をつかんで引き寄せる、たくましい腕のよう。遠くにはお城の天守が小さく、それを見守るように描かれている。
『忠臣蔵十一段目 両国橋勢揃図』
両国橋の方は、忠臣蔵の一場面なので、物語の演出のための橋だ。実際の二、三倍……いやもっと、長いんじゃないかしら? ビューッと勢いよく、槍の刃の光跡のように伸びている。まっ白に輝いているからそう見えるのかな? 橋は雪に覆われ、足跡ひとつない。橋の上も無人、川も凍ったように薄い色で、舟一隻浮いていない。向こう岸も静まり返っている。
その手前に、ビッシリ赤穂浪士がひしめいている。黒い中に白い三角が差し込む火事装束は、まるでビリビリと張り詰めた殺気を形にしたみたい。
同じ橋の絵を、ここまで正反対に描き分けるのは、やはり「この絵を見る者に、どんな感情を持たせたいか?」というのを第一に考えているからかな?
賑わいの描写
『春けしき王子詣 三枚続』
細かく描かれた一人一人が、役者の似顔絵になっているそうだ。こんな爪みたいな大きさで分かるのかな? とりあえず、右端にいるのが相撲取りなのは分かった。
後ろの店の中にいる客などは、遠近法というには小さすぎる豆粒大で、このモブ扱いからしてみれば、顔がちゃんと描き分けられている前列の人々は、間違いなく名前のあるキャラクターだろう。
『芝神明宮境内にて六波羅観世音開帳参詣群衆の図』
こっちの場合、人物の大きさは同じくらいだけど、舞台の上でこっち向きが役者、下でウロウロしているのがモブだ。ちゃんと役者には名札もついている。役者かそうでないかの描き分けの方法も、色々工夫しているんだなあ。
下のモブは、顔はみんな同じだけど、着物の柄はやたら凝っている。役者の着物の方が地味なくらい。だけど、そのせいで役者は顔に目が行く。逆にモブは顔が目立たなくなる。この辺も、意図的な演出なのだろう。
『おぼろ月猫の盛』
こちらは遊郭の賑わい。前期には、雀で遊郭の賑わいを描いた、『里すゞめねぐらの仮宿』なんて作品もありました。あちらは、雀だからか笹の意匠が多かった。こちらは猫だから、着物の柄が鈴だったりする。
参拝の団体
『相模州大住郡雨降大山全図』
こちらは思いっきりロングショット。前期に展示されていた、『相州江之嶋之図』と同じくらいの縮尺かな? あちらは、よく見ないとでっかい石みたいで、その割れ目に砂粒が詰まっている、と思ったら人の列だった。
こちらは普通に山に見える。広葉樹と針葉樹の描き分けさえされていて、白いモヤが巻いている。水平線が赤いから、夜明けで森が気を吐いているのかな? 所々に小さな屋根があって、その間に道がある。その細く曲がりくねった所を、豆粒みたいな参拝者がひしめきあっている。
『相模国大山寺石尊宮朝山図』
それをアップにするとこんな感じ。男だらけ。肌脱ぎした赤ら顔の駕籠屋とか、大きな木札を担いだ兄貴とか、眉間にシワをよせたオッサンとか。ほとんどが扇をかざしていて、まるでお祭りみたい。何人か、キメポーズでキリッとした顔をしている二枚目がいるんだけど、コレも役者の似顔絵なのかな?
『高輪大木戸の大山講と富士講』
海際で、大山に参拝する団体と、富士山に参拝する団体が集まっている。まだ満月が沈んでいない、星の見える夜なのに、とんでもなく人が多い。よく見ると、着物が同じだったり、被り物が同じだったり、提灯の周りに集まったりしていて、目的地は二か所だけど、団体はいくつもあるみたい。
真ん中の茶店にズラリと並んだ短冊、メニューでも書いてあるのかとよく見たら、全部、ツアー団体の名前。提灯にも書かれている「〇〇講中」……これ、実在する団体の名前なんだろうか?
ストリートスナップ
『八町づゝみ夜のけい』
岸辺に夕涼みに来ている様子なのかな。遠景には小さな人々のシルエット。手前には、風になびく夏草に、団扇を手にした女性。前期の、『四季遊観 納涼のほたる』とほぼ同じで、季節だけが変わっている。コレクターにはたまらない趣向だ。ファンサまで意識していたとは……
『当盛今戸の夜ざしき』
右端には三味線を弾く女性と、青絵の大鉢に盛られた酒肴。左端には二人の女性が体を寄せてくつろいでいる。三人の視線が集まる中央には、扇を手に踊る女性。足を踏み鳴らすようなポーズで、翻した扇の風が、右の三味線の女性の燭台のロウソクをなびかせる。あまり優雅とは言えない、はしゃいだ様子。男の目がない女子会で羽目を外す……当時もあったんですねそういうの。
『三ツの猿夜の賑ひ』
屋根の上に、恵比寿様とかサンゴとか、羽子板とかオカメとか、色々なディスプレイがされている。木下直之『銅像時代』で書かれていた「つくりもの」という飾りだろう。
お祭りなどの時に、通りに面した屋根に、様々に趣向をこらした装飾をする。今でいうと、クリスマスのイルミネーションみたいな感覚かな。この絵でも、右端の女性は小さな子供をつれて、一緒に見上げている。ポカンと口をあけて、鼻の穴が見えるほど上を向いて指をさす子供が可愛い。
中央と左の女性は、目当ての飾り物でもあるのか、お互い目線を交わしながらも、反対方向に小走りに向かおうとしている。どっちの推し「つくりもの」がカッコイイか、張りあっているのかな? どちらにも犬がくっついていて、今にも咬みつき合いそうな様子で、歯をむき出して唸りあっている……
美人画いろいろ
見立五行 土 とこなつ
三面画だけど、真ん中が少し色味が違うのは、そこだけ夜なんだろうか? 異時同図というやつ? 左端、真ん中はンつの庭先の様子。涼し気な染付の植木鉢に、様々な夏の花が植えられている。左端の女性は、髪も着物も華やかで、口元を手で隠す仕草も初々しい、若い娘。真ん中の女性は全体的に地味で、表情や仕草も少しキツそう。左の娘の母親かな? 右端は室内から、その二人の様子を見ている若い男? なんだかチャラそう。真ん中の女性からにらまれている。何かの挿絵みたいな、物語性を感じる作品。
何が気になるといって、右端の室内にある衝立の絵。どう見ても、羽根飾りのついた帽子とドレスを着た、西洋夫人を描いたもの。ホント、どんなストーリーなんだろう?
『美人子供十二ヵ月 文月の七夕』
絞の着物が風になびく描写が、とんでもないです。ちょっと太り気味の子供が、いかにも生意気そうだったり、色々と生々しい。七夕の頃の、少し生暖かい風を感じる。
『美人子供十二ヵ月 清月の月』
月の光の眩しさが、海面が輝いていたり、ソテツの影が障子にクッキリ映っていたり、子供と女性の肌が妙に白かったりと、色々とさりげない描写でささやかれる。そんな雰囲気の一枚。
『五行之内 針の金性』『五行之内 西瓜の水性』
同じシリーズ内の二枚の絵なんだけど、色々とペアになっているのが面白い。『針の金性』の方は、着物の柄は青、背景の植木鉢は赤茶色の鉄絵、植わっているのは赤い百合。『西瓜の水性』の方は、着物の柄は白黒、植木鉢は青い染付で、白いアジサイが植わっている。
一方、『針の金性』では赤い糸、『西瓜の水性』では赤い西瓜と、どちらも白い指をクッキリと見せるのは赤。
『風俗女水滸伝 土器投げ』
かわらけ投げというと、落語「愛宕山」のアレしか知らない。願い事がかなうんだっけ? それにしてもこの女性、必死の形相、って感じがする。そんなに思い詰めてかわらけ投げをするなんて、いったいどんな願い事があるんだろう? それがどうにも気がかりなのは、この絵、妙に顔がデカいんだ……国芳のデッサン力は間違いのないところ、これは摺物といって特注の作品。技術や不注意の問題ではない。故意に顔をデカくしたとしか、考えられないんだけど……
『火用心』
乾燥する冬の季節、火の元には十分にご注意ください。こちらは歌川国芳が描いた「火用心」という珍しい浮世絵です。火の用心に関するたくさんの心得と、夜中に火が消えているかを確認している女性の姿が描かれています。※太田記念美術館は4/2まで改修工事のため休館中 pic.twitter.com/LjxE74aZnf
— 太田記念美術館 Ota Memorial Museum of Art (@ukiyoeota) January 10, 2024
「火」の字が日月だったり「心」の字が宝珠になっていたりしてかっこいい。「火の……見まわりて……用心」というキャッチコピー、ほとんど読めないけど。
美人画というわけではない、町内会のチラシみたいな物なんだろうけど、寝乱れた雰囲気、膝の裏が見えそうなチラリズムとか、隠しきれないパッションが零れ落ちてますね。
金太郎・宮本武蔵・弁慶
『金太郎鬼ヶ嶋遊』
赤い体に桃色の隈取をしたような金太郎。前掛じゃなくて、卍崩しの胴丸を着ているけど、後は腰布くらいしか身に着けていないみたい。裸足の足、手首や肘でキュッと絞った以外はプクプクした腕とか、そもそも頭がデカくて髪ボサボサで、見た目が子供のまんま。桃太郎はちゃんと若武者の恰好してたのに。
そんな子供が、鬼たちに担がれた輿に乗っている。まさに戯画そのもの。金太郎の、いかにも大人ぶっている子供、といった表情も、鬼たちの情けない顔もたまりません。
『列猛伝 足柄金太郎』
ツキノワグマが、まるっきりぬいぐるみ。ピンク色の鼻とか、クリッとした目とか、丸い顔とか、完全に子犬。
髪や眉毛が熊よりも固そうで、全身が真っ赤で、盛り上がったところがテカテカ光っている金太郎の方が、よっぽど油断ならなさそう……姿は子供なのに、雰囲気がオッサン臭くて、チョット異様な感じがするんだよなあ……なぜだろう?
『六様性国芳自慢 大安 怪童丸』
この金太郎はさらに怖い。体の赤みがますます増して、もう赤黒いところまで来ている。その上、ギョロリとした目が、グルグル渦巻になっている。真っ黒な眉毛は眼よりもデカい。髪は針のよう。もう人間に見えない……
それが、地面に押し倒した熊の頭を踏みつけて、マサカリを振り下ろそうとしている。もう恐怖しかない……
傍らでは猿が、天を仰いで手を伸ばし、絶叫している。何だこの地獄絵図……確かにまあ、コイツを見たら鬼も逃げ出す、という点では説得力しかないけど……
『美家本武蔵』
詞書によれば、丹波山中でコウモリの化物を退治した時のシーンだとか。そんなエピソードもあったんだ?
武蔵を抱え込もうとするコウモリの羽が黒光りしていて、まさに闇の中に飲み込もうとするかのよう。対する武蔵は、炎のように真っ赤な衣装で、その闇を焼きつくそうとするかのよう。
コウモリを押さえつける武蔵に、背後の崖が大波のように押しかぶさる。着物と同じ色なので、武蔵の身体にみなぎる力と呼応していると感じる。
そうやって反時計回りに誘導された視線は、コウモリの表情にたどり着き……もう、その目に光がないのを見る。
『列猛伝 宮本武三四』
『列猛伝 足柄金太郎』と同じ、縦長の絵。でも肝心の宮本武蔵は、足柄金太郎のツキノワグマくらいの大きさで描かれている。焚火にあたっているんだけど、その煙が真っ黒で、大蛇みたいにのたくって立ち上るので、武蔵は煙そうに顔を背けて、炎をにらみつけています。何か逸話のワンシーンなんだろうなあ……よく分からない自分には、煙たがっているだけのシーンでした。それなのに、キリリとして強そうなんだから、さすが武蔵というか、さすが国芳というか。
『西塔鬼若丸』
鬼若丸というのは、武蔵坊弁慶の幼い頃の名前。金太郎と同じ、力持ちの子供というジャンル。でも体の色が金太郎みたいに真っ赤じゃないので、怖くないです。眉毛は太いけど、髪も柔らかそうで、普通にイケメンな子供の範疇に収まっています。
でもやっぱり鯉とは戦うらしい。彼の身の丈よりも、よっぽどデカい鯉が、画面に無理やり全身をいれるように身をよじっています。筋肉に力がみなぎって、鎧のようなウロコが、はじけ飛びそう。
その胴に、片腕を後ろに回してしがみつき、グイと締めると、力が均衡して一瞬、止まった……そんな感じ。
包丁を手に、魚を前に
「さて、どう捌こうか」
と思案しているような気がするのは、短刀を握る拳が、アゴに添えられてるように見えるせいでしょうか。
ジャンプしたようなポーズのせいか、巨大な鯉の、広げられた胸ビレが、鬼若丸の肩から生えた翼のようにも見えるのです。
水と大画面
『鬼若丸の鯉退治』
エピソードとしては、先の『西塔鬼若丸』と同じモチーフ。こちらは鯉が主役っぽい。構図は、チケット売り場の上にもあった『宮本武蔵の鯨退治』と同じかな? こちらはまだ、戦いが始まっていませんが。
鯉そのものが大きく描かれているだけでなく、水面のこの歪みが恐ろしい。ゆっくりと体を漂よわせているだけなのに、こんなに黒々とするほど深い、太い波が起こる。大きな水の歪みで、鯉のウロコが白く光って見えたり、黒く沈んだりする。存在するだけで、大量の水をまるごと揺さぶる、この巨大さ。
他の人間は、今にも画面から逃げ出したいほど、岸の奥に引っ込んで、鬼若丸を心配する乳母の飛鳥さえ、身を乗り出すのがやっとなのに、鬼若丸は物おじせず、水際に立ってその姿をのぞき込んでいる。
この水面の、太く黒い波の表現、どうやって思いついたんでしょう? あえて彫刻刀の跡を残した粗っぽさが、さらに効果を上げています。
『讃岐院眷属をして為朝をすくふ図』
これも構図は『宮本武蔵の鯨退治』と同じだけど、このワニザメは味方。背中に乗っている喜平治と昇天丸が、海に落ちたので助けたシーン……あんまり、そう見えないけど……
舟の上の為朝も、烏天狗に襲われているように見えますが、海に飛び込もうとしているのを引き留められているだけです。そうは見えないけど。
助かったシーンにしては、やっぱり迫力がありすぎるんですよね。国芳が、怪獣を好きすぎるせいです。よく見れば、ワニザメのウロコがグルグル模様で可愛かったりするんですけど……
『大物浦平家の亡霊』
頼朝から逃げようとしたら平家の亡霊に襲われた。義経はもう八方ふさがり。亡霊よりもその運命が恐ろしい。
亡霊は、輪郭の無い幻です。義経の行く手に、間違いなく立ちふさがっているのは、大きく盛り上がった巨大な海水の固まり。船の下に打ち付けている、実際の波とはまるで様子が違う。この波は何でしょうか?
亡霊の幻も、巨大なうねりも、弓矢や刀では戦えない相手。船には義経をはじめ、勇猛無双の武者たちが鈴なりに乗っていますが、誰一人刀も抜かず、ただ歯を食いしばる事しかできない。
『玉取り』
前期の『龍宮玉取姫』と同じモチーフ。シーンとしても同じ。あちらの6年前の作品です。龍が小さくて、タコがでかい。北斎『蛸と海女』は、これの20年も前の作品なので、いまさらリスペクトでもないでしょうが……
『七浦大漁繁昌之図』
当時の捕鯨の風景を描いた作品。巨大なクジラに、色とりどりの勢子舟が迫り、赤い着物の勢子がうねる波の上に立ち上がる。それを女性と子供が見つめている。家族なのかな? それにしては裕福そうな身なりだけど。
鯨舟、特に銛打ちの勢子を乗せた勢子舟は、南方や北方の民族デザインを連想させるような、鮮やかなデザインですが、なかなか目にすることがありません。もっと浮世絵とかに描かれていてもおかしくないのになあ……
この絵では勢子舟は、小さいけれどちゃんとカラフルに描かれています。さらに「一ノ鉾」「二ノ鉾」「三ノ鉾」……と、実際の鯨漁を説明するような書き込みもあります。描く時に、関係者と話したりしたのかな?
おそらくは、実際に鯨を描いた『宮本武蔵の鯨退治』ばかりではなく、『讃岐院眷属をして為朝をすくふ図』などの巨大生物の素晴らしい描写は、実際に綿密な取材があったからこそ、可能だったのかもしれません。
続き書きました。
国芳といえば戯画と化物? ようやくそのあたりに触れます。でもなんだか最後は切なくなっちゃった……国芳がその絵に託す物語は、ただド迫力なだけではありませんでした。
