愛知県美術館『歌川国芳展』前期(1)
今週末(5月24日)で、大半が入れ替わるので、前期展示の作品の感想を、ものすごく急いで書きます。見た時のメモと図録を引き合わせながら、図録の順番で書いていきます。
三井寺合戦 新田四天王勇力
大崩壊する寺の山門の中に、ザンバラ髪で顔が真っ赤な、荒々しい鎧武者が四人。それぞれ、巨大な柱や梁を抱えて振り回しているよう。下は青い石畳、黒々とした瓦が砕けてちらばり、柱は丹塗り……それで、この寺って格式が高く大規模な名刹なんだなあ、と一目で分かる。それで余計に「とんでもないことになってる!」って感じが伝わってくる。
何がスゴイって、右側では山門を守っていた仁王様がぶん投げられている……荒武者たちと同じように目をむき、筋骨隆々としているんだけど、木彫と一目で分かるのは、コレ表現力がものすごいですね。歳を経て黒光りする木肌の、筋肉や肋骨の盛り上がったところが白くなっている。勢いよく投げられているのにポーズが固まっている、という描写もスゴイ。元々の仁王像の動きのあるポーズ、投げられるという動きの表現、投げている武者の、大鎧越しに見える動作。これら全部を描き分け、自然に噛み合わせている……これは、デッサンの技量なのかな? どれだけ上手いんだ。
武田勝千代丸
奥に、妖怪みたいに目がギョロギョロして、口がガバッと裂けたケダモノがいる。そこに刀で切りかかって、かわされて、おっとっと、みたいなポーズ。空振りした刀にどれだけ勢いがあったか、バックで散っている木の葉がそれを伝えているみたい。
ケダモノはまるで、恨みのこもった幽霊みたいに不気味なんだけど、手前の千代丸の着物の柄が子犬……円山応挙が描くみたいな子犬がいっぱい、コロコロと寝転がったりじゃれあったりしている絵の描かれた着物で、シーンの緊迫感との落差が激しくって。昔の人も面白がったのかなあ。
頼豪阿闍梨 大江匡房卿
根来塗みたいな、下の墨色が擦れてむき出しになったような赤い衣、巻物を、両手と足でビラビラと伸ばしている。足の爪が鬼のように尖っているのが細かい。顔も、目玉は真っ赤になり、擦り切れたような白いヒゲで尖った顎まで覆われて、竜のような顔つき。ほとんど正気を失っているみたい。
尖らせた赤い唇から、プーッと中空に向けて、レーザー光線みたいな息を吹いている。これが頼豪阿闍梨か。
じゃあ、後ろでビックリしたように仰け反っていのが、大江匡房卿なのか。同じようなポーズになっているのが、反復感かあって面白い。
美盾八競 神州秋月 樋口次郎兼光
巨大な錨と、フンドシ姿の男どもの尻がやたら目に付く。腕よりも太い綱で、有象無象な男どもをなぎ倒しているのが兼光だろう。顔の化粧は、歌舞伎の隈取そのもの。
三枚つづりで、中央の紙は幅いっぱいに巨大な錨が描かれている。その半ばに、小さな亀みたいに、男がひとりしがみついている。兼光よりも、なぎ倒される男どもの滑稽さがこの絵の楽しいところ。色々な表情やポーズで、これひょっとして北斎漫画か何かを手本にしてるんじゃないかな?
この作品は1846年の作。北斎漫画は、1814年から1878年まで、15編が順次出版されています。1846年には第12編まで出ていました。十分ありうる話。
左の紙幅に描かれた女傑は、兼光の女房なのかな。男どもを、二人も一度にやっつけている。
奥から寄せる波は、おおらかな筆遣いでのったりと描かれていて、陸の上の大騒ぎも知らん顔。だけど、その上に、白いサンゴみたいに散った波しぶきが描かれていて、男どものわめき叫ぶ声に、岸に砕ける波の音が重なるみたい。
豊前国与次兵衛灘
三枚続きの、大波にもまれる舟の絵。あんまり波が高いので、船は舳先と帆と艫しか見えない。思いっきり海水が盛り上がって、画面いっぱいに白い鳥の群れが舞い上がったように、波しぶきが覆う。舟ごと吹き飛ばされるのを、しがみついてこらえるように、帆が万力のようにたわんで、空気をつかんでいる。
潮を含んで重たく濃い海上の空気と、筋肉のようにうねる濃密な海水が、お互いに押しつぶしたり突き上げたりする間に挟まれて、もみくちゃにされている。横長なのに、上下の動きがやたらズッシリと感じられる不思議な絵。
文覚上人那智の滝荒行
滝に打たれて修行する上人を、赤青の不動尊が見守っているのを、縦三枚続きに描いた絵……だけど真ん中がほぼ、滝の流れを描いた青いストライプだけ。これ青不動が描かれた一番上と、赤不動と上人の描かれた一番下だけ買えばいいのでは……しかし、この形で残っているという事は、当時の江戸庶民は空間演出を理解していたんだなあ。描いた国芳もスゴイけど、その意味が分かった江戸の人々もスゴイ。
義経功臣 四天王出世鑑之内 亀井六郎
横三枚続き。真ん中は、雪景色に黒い熊。右の紙幅には、刀を大きく振りかぶって、向かってくる熊に今にも振り下ろそうとしている亀井六郎。左の紙幅には、それを見守っているらしき三人の、ミノを来た侍。
白い雪景色の中、クッキリと黒い、真ん中の熊から目を離せない。よく見ると右の紙幅の奥には、亀井六郎を見に来たらしき侍の一団がいる。やたら小さいせいもあるんだろうけど、国芳の描き方とはちょっと違っているみたい……当時から、アシスタントみたいなのはいたのかな?
川中嶋合戦
上杉謙信と武田信玄の直接対決シーン。川中島と言えばコレ、というくらい、良く知られた場面……これはスゴイ。というのも、これは謙信が斬りかかって、信玄が軍配でそれを受けた、その瞬間です。
信玄は謙信の刀を受けるのに、軍配だけではなく、体をひねって鎧の右肩でも受けようとしている。振り下ろされた刀は、軍配ににあたって食い込んだ。謙信は、馬から身を乗り出して、刀に体重をかけて押し込もうとしている。そこに、信玄を守ろうと、信玄の部下が槍を突き出した。
そこまでの動きを、一瞬を抜き出す事で、全て説明している……国芳は、どんな演技をさせれば、何が見る者に伝わるのか。それを熟知していたようです。そのうえで、熟考して画面を構築していく。現在のアニメーターの思考に近い物を感じます。
四条縄手の戦い
三枚つづりが二組。そのすべてが真っ暗闇で、どこが地面なのかすら分からない……血だまりだけが、ぼんやり薄赤くなっている。その中に、血液を失って青くなりながら、未だに憤怒と呪詛の表情で向かって左をにらみつけている、六人の鎧武者。その睨む先からは、無数の矢が、画面全てを覆いつくすように飛来している。人間的な感情が全く感じられない、ただ殺意が風の形をとったような、矢の流れ。
その矢を無数に、胸や腹に受けながら立ち続ける鎧武者、よく見ると各人は一人ずつ死体を伴っている。まるで、彼らそれぞれの死が、そこにあるように。
神州小田井合戦図
槍が右に左に、三連の画面を横切る。遠くでは天守閣が黒煙を上げて燃えている。矢を何本も受けて、目を向いたまま死んでいる白い馬をはじめ、画面の中にはほとんど死体ばかり。何とかまだ生きていそうなのは画面中央の一人だけど、彼もまたそろそろ息を引き取りそう。突き出した槍は長々と、画面向かって左に伸びていき、立木に食い込む前に、三人の頭を一つに貫通している。だんご三兄弟かな?
激しい動きがあって、それが画面内の武者たちの絶命と共に、全て静止した、そんなシーンのように見える。
百人一首之内 大納言経信
小倉百人一首の歌仙を題材にした連作の一つ。朝廷での位をつけて大納言経信と呼ばれる、源経信……というより、彼が出会ったお化けがモチーフ。月をみながら軽信が紀貫之の和歌をつぶやいたら、それを受けて身の丈1丈5、6尺(4.5m~5)ほどの異形の者が、季節を合わせて漢詩を詠んだというシーン。
から衣 うつ声きけば 月きよみ まだねぬ人を 空にしるかな
(衣を打つ砧の音を聞くと、月が清らかに照っているので、まだ眠らずにいる人のあることを、それとはなしに知られることだ)
北斗星前横旅鴈 南楼月下擣寒衣
「北斗の星前 旅鴈横たわり 南楼の月下 寒衣を擣つ」
(北斗七星が輝く北の空に、雁の渡りが列をなしている 南楼を照らす月の光の下で、冬に向けての衣を打っている)
風雅な和歌と漢詩のやり取りなのに、この絵面……国芳はこの異形の者を、何のお化けだと思っていたのかな? 溶け消えそうな輪郭に、後ろの松の樹が透けている。髪の毛は逆立ち、アバラは浮いている。怖そうなんだけど、経信は全く怖がっていないみたい。セリフの表現も面白いけど、全部、国芳のアイデアなんだろうか?
百人一首之内 崇徳院
権力争いに破れ、讃岐の国に流刑となる。それを恨んで怨霊となった。そんな伝説の上皇。菅原道真、平将門と並ぶ、日本三大怨霊などと呼ばれている……香川県がそんなに嫌だったんだろうか? 一方で、四国の守護神のように扱われる事もあるそうで、何かにつけてキャラが立っているなあ。
瀬を早み岩にせかるる滝川の われても末にあはむとぞ思ふ
百人一首に採られた崇徳院のこの和歌は、落語の題材にもなっている。ヴィランっぽくて、人気があったんだろうか?
この絵は、讃岐に流された崇徳院が憎しみを込めて、都の方角をにらんでいるところ。髪は逆立ち、衣は暴れ、波は荒れているのに、全く音が聞こえないような雰囲気なのは、色のせいなのかな?
龍宮玉取姫之図
龍宮の姫といっても、浦島太郎の乙姫様ではない。玉取姫は人間で、藤原不比等が竜神に奪われた「面向不背の玉」を取り戻しに行く海女のお話。
三枚つづりの大画面の左に、取り返した玉を手に、短刀を頭上にかざして、追っ手を威嚇している。中央に、大きな竜神の姿。その、のたうつ胴の曲線を繰りかえすように、海ものたうっている。周りには、少し擬人化された龍宮の魚類や甲殻類が、手に手に刀を振り上げて海女を追っている。百鬼夜行図を思わせる、お化け大集合の雰囲気。しかしこっちの方が「海女を捕まえろ!」と、みな一丸となった強い意志を感じる。なので、よけいに恐ろしい。
和漢準源氏 玉かつら 武内宿祢得干珠満珠
ここでは、龍宮からやってきた擬人化された魚介類は、玉を奪うのではなく、与えてくれる存在。干珠・満珠というと、「海幸彦・山幸彦」の話なのかなと思ったけど、これは違って、神功皇后の三韓征伐の伝説に関するエピソードらしい。武内宿祢はそれに付き従った忠臣。
このお爺さん、相撲をとったり埴輪を作ったりするのかな、なんて思ってたけど、それは野見宿祢の方だった。
高祖御一代略図 佐州流刑角田波題目
海が荒れて船が遭難しそうになった時、日蓮上人が波の上に「南無妙法蓮華経」と題目を書いたら、波が収まったという伝説を絵にしたもの。
富岳三十六計の『神奈川沖浪裏』は、1830年から1834年ごろの出版。こちらは、1835年の作品。どこかで目にしていたりするのかなあ?
高祖御一代略図 佐州塚原雪中
こちらも、広重の『東海道五十三次内』とどこか雰囲気が似ている気がする。『蒲原 夜之雪』など、黒の地に白い点を残すとか、雪を被った笠の重さに背中を丸めて、トボトボと歩いていくところとか。
国芳は、北斎より37才歳下で、広重と同い歳。北斎からの影響はもちろんあっただろうし、広重とはライバルだったかもしれない。北斎から何を受け継ぎ、広重と自分をどう差別化していくか? 特徴的な描写や表現を模索し、挑戦していったのは、そういった意識は、当然あったかと思います。
しかし、自分はそれを作品から読み取る事ができるでしょうか?
