第4回:チーム戦略とエンジニアの頭脳戦 - F1はチームスポーツ
はじめに
F1を「ドライバー一人の戦い」だと思っていませんか?
実は、F1は究極のチームスポーツなんです。
ドライバー:コックピットで戦う
エンジニア:戦略を考え、マシンを調整する
ピットクルー:2秒台でタイヤ交換する
ファクトリー(工場)スタッフ:マシンを開発・製造する
1つのチームに数百人から千人以上のスタッフがいて、全員が勝利のために動いています。
今回は、チームワークが生んだ奇跡の勝利を見ていきましょう。
奇跡の勝利:2020年サクヒールGP(バーレーン)

レースの背景
特殊な状況:
通常のバーレーンGPとは違うコース(アウターサーキット)
非常に高速で、オーバーテイクが多い
その週、ロマン・グロージャンが大クラッシュ(奇跡的に無事)で緊張感が高まる
セルジオ・ペレス(レーシングポイント):
中堅チーム所属
当時30歳
翌年のシート(契約)が決まっておらず、F1キャリアの瀬戸際
スタート順位:
1位:バルテリ・ボッタス(メルセデス)
2位:ジョージ・ラッセル(ウィリアムズ → メルセデス代役)
ハミルトンがコロナ陽性で欠場、若手ラッセルが代役
...
5位:セルジオ・ペレス
レース展開
序盤(スタート):
大波乱!ペレスが1コーナーで接触、大きく順位を落とす
最後尾(20位)まで転落
ここで諦めるか...?いや、ペレスは諦めなかった
前半:
ペレスが1台ずつ追い抜いていく
しかし、先頭のメルセデス2台(ボッタス&ラッセル)は圧倒的に速い
普通なら勝てない状況
転機(中盤・約60周目):
セーフティカーが出動!
メルセデスがまさかのピットストップミス:
タイヤを間違える(ボッタスのタイヤをラッセルに、ラッセルのタイヤをボッタスに装着)
慌てて再度ピットイン
2人とも大きく順位を落とす
ペレスは冷静にピットストップを成功させ、3位に浮上!
後半(残り20周):
1位:エステバン・オコン(ルノー)
2位:ランス・ストロール(レーシングポイント、ペレスのチームメイト)
3位:ペレス
ペレスの無線:
「まだ勝てる。新しいタイヤで追いかける」
チームの戦略担当:
「その通りだ。Push, push, push!」
残り5周:
ペレスがストロールをオーバーテイク → 2位
さらにオコンに迫る
残り1周:
ペレスがオコンをオーバーテイク!
最後尾スタート → 優勝!
ペレスは無線で号泣。チームも大歓喜。これがペレスにとってF1初優勝でした。
翌年、この活躍が評価され、ペレスはレッドブルとの契約を獲得します。
F1チームの構成

1. ドライバー(2名)
各チームには2人のドライバーがいます。
役割:
マシンを運転する
マシンのフィードバックをエンジニアに伝える
チームの戦略を理解し、実行する
チームメイト関係:
協力することもある(例:チームオーダー)
ライバルでもある(同じマシンでの実力勝負)
2. レースエンジニア
各ドライバーに1人ずつつく専属エンジニア。
役割:
ドライバーとの無線交信
タイヤ、燃料、マシン設定の管理
レース中の戦略指示
有名なレースエンジニア:
GP(ジャンピエール):フェルスタッペンのエンジニア
ピーター・ボニントン(通称ボノ):ハミルトンのエンジニア
レース中によく聞く:
「Box, box, box」(ピットインしろ)
「Understeer or oversteer?」(アンダーステアかオーバーステアか?)
3. 戦略担当エンジニア
チーム全体の戦略を考える重要な役割。
役割:
ピットストップのタイミング
タイヤ選択
ライバルチームの動きを予測
リアルタイムでシミュレーション
使うデータ:
現在のタイヤの劣化状況
燃料残量
ライバルの位置とタイヤ
天候予測
過去のデータ
これを数秒で計算し、最適な判断を下します。
4. ピットクルー
タイヤ交換を行う約20人のメカニック。
役割分担:
4人:タイヤを外す(各タイヤに1人)
4人:新しいタイヤをつける(各タイヤに1人)
2人:フロントジャッキ(車体を持ち上げる)
1人:リアジャッキ
2人:タイヤを運ぶ(フロント)
2人:タイヤを運ぶ(リア)
数人:サポート、調整
ピットストップの速さ:
トップチーム:2.0〜2.5秒
ギネス記録:1.82秒(レッドブル、2019年ブラジルGP)
0.1秒の差が順位を左右するため、ピットクルーのチームワークが超重要。
5. テクニカルディレクター / チーム代表
チーム全体を統括するリーダー。
有名な人物:
クリスチャン・ホーナー:レッドブル代表
トト・ヴォルフ:メルセデス代表
フレッド・ヴァスール:フェラーリ代表
エイドリアン・ニューウェイ:レッドブルのチーフテクニカルオフィサー(伝説的な設計者)
レース中に無線で檄を飛ばしたり、FIA(国際自動車連盟)と交渉したりする姿も見られます。
6. ファクトリー(工場)スタッフ
レースに来ない、でも超重要な数百人のスタッフ。
役割:
マシンの設計・開発
空力(エアロ)部門
エンジン開発(パワーユニット)
シミュレーター運用
データ分析
レース中も工場でデータをリアルタイム分析し、サポートしています。
チーム戦略の種類

1. チームオーダー
チームの利益のために、ドライバーに順位を譲る指示を出すこと。
例:
「チャンピオン争いをしているドライバーを優先させる」
「燃料やタイヤに問題があるドライバーを守る」
有名な事例:
2002年オーストリアGP:フェラーリがルーベンス・バリチェロに指示を出し、ミハエル・シューマッハに勝たせる(大ブーイング)
2022年スペインGP:フェラーリがルクレールとサインツの順位を入れ替え
賛否両論ありますが、F1ではチームの判断として認められています。
2. アンダーカット / オーバーカット防衛
ライバルチームの戦略に対抗する動き。
例:
ライバルがアンダーカットを仕掛けてきた → 次の周に即座にピットイン(カバー)
ライバルがピットインしない → こちらもステイアウト(コース上に留まる)
3. ダブルスタック
両方のドライバーを続けてピットインさせること。
メリット:
セーフティカー中に両方のドライバーをピットインできる
戦略を揃えられる
デメリット:
2台目のドライバーは待機時間が発生(約2〜3秒のロス)
2020年サクヒールGPのメルセデス:
ダブルスタックを試みるも、タイヤを取り違えて大失敗...
4. スリップストリーム / トウ
チームメイト同士で協力して予選を戦うこと。
スリップストリームとは:
前の車の後ろを走ると、空気抵抗が減る
ストレートでトップスピードが上がる
予選での協力:
チームメイトが前を走り、スリップストリームを提供
交代で互いを助け合う
イタリア・モンツァなど高速サーキットで特に有効。
無線交信を楽しむ

F1の魅力の一つが、ドライバーとエンジニアの無線が聞けること!
よく聞くフレーズ
ピット指示:
「Box, box, box」(ピットインしろ)
「Stay out, stay out」(コースに留まれ)
「In this lap, in this lap」(この周でピットイン)
走行指示:
「Push now」(今攻めろ)
「Manage your tires」(タイヤを労われ)
「Save fuel」(燃料を節約しろ)
情報提供:
「Gap to [driver] is X seconds」(○○との差は X 秒)
「You are P3」(君は3位だ)
「DRS enabled」(DRS使用可能)
感情的な無線:
「Get in there, Lewis!」(ハミルトンのエンジニア・ボノの決まり文句)
「Simply lovely」(フェルスタッペンの決まり文句)
「Mamma mia!」(ルクレールがミスした時)
有名な無線のやり取り
2021年アブダビGP - フェルスタッペン:
最終周、逆転してゴール直前。
GP(エンジニア):
「Max, you are the world champion. The world champion!」
フェルスタッペン:
「YEEEEEES! Oh my god! Yes!」
2016年モナコGP - リカルド:
ピットストップのミスで優勝を逃す。
リカルド:
「What happened, guys? We had it...」
チーム:
「Sorry, Daniel. We let you down.」
リカルドは涙。しかし、チームを責めず、前を向いた姿が賞賛されました。
チームの個性
各チームには独自の文化や個性があります。
レッドブル・レーシング
特徴:攻撃的な戦略、リスクを取る
強み:空力設計(エイドリアン・ニューウェイ)
雰囲気:若々しい、エネルギッシュ
メルセデスAMG F1
特徴:完璧主義、データ重視
強み:パワーユニット、安定した開発
雰囲気:プロフェッショナル、組織的
スクーデリア・フェラーリ
特徴:伝統、情熱、プレッシャー
強み:ブランド力、イタリアの誇り
雰囲気:熱狂的、時に混乱
マクラーレン
特徴:イノベーション、テクノロジー
強み:若手育成、チームワーク
雰囲気:明るい、前向き
F1チームの予算
F1チームの運営には莫大な資金が必要です。
コストキャップ(予算上限)
2021年から導入された予算上限制度:
年間約1億3500万ドル(約200億円)が上限
目的:チーム間の格差を縮める
対象外のコスト:
ドライバーの給料
トップ3人の役員報酬
マーケティング費用
チームの収入源
スポンサー:最大の収入源
賞金:年間順位に応じて分配
親会社からの支援(レッドブル、メルセデスなど)
ピットストップの裏側
ピットクルーのトレーニング
毎レース:
何十回もピットストップの練習
0.01秒単位で改善を目指す
ミスをした場合、即座にフィードバック
体力:
タイヤ交換は重労働(タイヤは約10kg)
2秒台で完璧な作業をするには、強靭な体力と集中力が必要
ピットストップで何が起きている?
2.2秒のピットストップの内訳:
車が停止:0.0秒
ジャッキアップ:0.2秒
タイヤを外す:0.5秒
新しいタイヤをつける:0.5秒
ナットを締める:0.5秒
ジャッキダウン:0.2秒
車が発進:0.3秒
全員が完璧に同期しないと、2秒台は出せません。
チーム戦略の失敗例
2012年シンガポールGP - マクラーレン
ルイス・ハミルトンがポールポジション
圧倒的に速く、優勝確実
しかし、燃料の補給ミスでピットストップが遅れる
リタイア(途中棄権)
ハミルトンは激怒
この失敗もあり、ハミルトンは翌年メルセデスに移籍。
2020年サクヒールGP - メルセデス
上記で紹介したタイヤの取り違え。
完璧を誇るメルセデスでも、人為的ミスは起こる。それがF1の面白さでもあります。
次回予告(最終回)
第5回は「予測不能のドラマ」!
F1には、雨、セーフティカー、赤旗、クラッシュなど、予測できない要素がたくさんあります。それがレースを大きく変え、信じられないドラマを生み出します。
2021年ロシアGPでの雨による大波乱を例に、F1の「何が起きるかわからない」魅力をお伝えします!
用語集
チームオーダー:チームがドライバーに指示を出して順位を操作すること
ダブルスタック:両方のドライバーを連続でピットインさせること
アンダーカット / オーバーカット:ピットストップのタイミングで順位を逆転させる戦略
スリップストリーム / トウ:前の車の後ろを走り、空気抵抗を減らすこと
ボックス(Box):ピットインの指示
ステイアウト(Stay out):コースに留まれ(ピットインするな)
プッシュ(Push):攻めろ、全力で走れ
マネージ(Manage):タイヤや燃料を節約しろ
ギャップ(Gap):前後のドライバーとの時間差
いいなと思ったら応援しよう!
100日連続投稿に挑戦中。あえて言いますが、私は猛烈に「褒められて伸びるタイプ」です!もし記事が琴線に触れたら、応援いただけるとPCの前でガッツポーズします。その喜びを力に、明日も記事を届けます。