自動記述と自分。II|随筆

以前、自動記述と自分の位置付けについての記事を書きました。また自己開示を行いたい周期が来てしまったので、続きのような、そうでもないようなことを書いてゆきます。前回の物と重なる部分もあります。例によって、恥ずかしくなったら削除します。


自動記述について、どんなふうに書いているの? と色々な場所で問われることがあります。本当に大したことはしておらず、とても無計画で無頓着なものです。
為になる情報は何らありませんが、少しだけ深掘りしてゆきます。

浅学なわたくしの我流の手法に措き、前回の記事でも申しましたが起爆点となるワードが有ればスムーズに記述を進められます。橋を渡すのは必ずしも連想や続きとは限らず、ねずみ花火が何処へ行くかが殆ど予測不可能である様子によく似ています。
スマホで打ち込む際に発生するタイムラグのあいだに次の語句やセンテンスが高速で発芽し、そいつが要も不要も・整合性を有するも否も無関係に、どんどん手を引いて連れてきてくれます。矢張り、手品で万国旗が次々と出てくるかの如く。

起爆点と題名のいずれも、頭の中にあったものを其の儘お出ししております。とはいえ、有るようで無いと云う表現が適していそうであり、焦点を合わせる迄は全く中身を知る事が出来ません。
とても分厚い磨り硝子ケースの中に手を突っ込み、一ツぐるりと掻き回して取り出して初めての対面、或いは一瞥未満で始めたり違う語句を使うと云う具合ですので、〝在った〟とはいっても〝手には持っていなかった〟語句どもです。
もじり・・・の題名が多くあるのは、元の性格や経験としてそのような調律を好むので潜在意識下で接続されている所為なのでしょう。
言葉遊び、などというには烏滸がましく、言葉に遊ばれている・遊んでもらっている立場であります。

『閃いた・思いついた』と表せば然し、少々平た過ぎていて、不正確となります。どうにも『受信した』と呼べばぐっと近くなるのです。何処が発信源なのかは、自分でも判りません。〝不思議ちゃん〟めいており恥ずかしいのですが、此れを証左としてわたくしは〝不思議ちゃん〟に類するものに他ならないのかもしれません。

タイムラグの中で受信した語句を打ち込み、その最中にまた発生したラグで語句を拾い――この連続で進めてまいります。全てのプロセスは不可逆であり、また、再現性がありません。ねずみ花火は燃え尽きるまで暴れ続けるのみ。
燃え尽きるとは呼べど肉体の疲労でも飽きでもなく、ふっと打ち込む手指と熱をもった思考が鎮まる迄の十数分間を己の〝文章を書くための体力〟の標としております。小説擬きを書くときも同じくした考えでおり、思考の筋持久力、とも表せます。毎度、およそ五百字前後地点に尽きかかります。此処で素直に止めているのが、継続のタネになっていたのだと思います。

基本的に内容は無意味な虚構です。『わたくし』などの一人称を用いた場合は筆者である人間の生活や思想とは無関係であり、〝なりきり遊び〟或いは何ものかの〝憑依〟で自分の代わりに有ること無いことが混在した日記を広げております。(益々不思議ちゃんである証拠が揃ってゆきますね。)

けれども、一切経験をしていない事柄を扱うのはたいへんに難しい。例えばハイ・ファンタジー小説を創作するにあたっても、作者は人が抱える喜びだとか怒り、食べ物の苦さや甘さを知っており、そのベースの上で想像を働かせて描写する筈。
同様に〝憑依〟とはいえども別人となるには限界があります。ですから、意図せず宿主である己の見た事・聞いた事・感じた事がときおり少々混入されてしまうのです。何処となくばつが悪くもありつつ、伏せるのも書くのを途中で止めるのも自分としては好ましくありませんので、なんでもないですよと云う態度を気取って投稿しています。

以上になります。
『粗雑』と『快い按配にする』の両面の意味を抱かせた〝適当〟によって、当noteの記事群は出来ております。
自動記述を行うことにご興味のあります方は是非、楽しむのが第一という姿勢と内容をもって試していただければ読み手として嬉しく思います。
当方には今後、止める予定も、続ける予定も、特にはございません。あなたも、わたくしも、飽きてしまうその時まで、〝適当〟に運びましょう。

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