副業で失敗する人は、ギャンブルと同じことをしている
賭け事は未来がわからないから、楽しい。
だから人は夢見て負ける。
そして、もう一つ。
不確かな未来を確かな未来に変えようとすればするほど、楽しさは確実に落ちていく。
賭け事をする理由を聞かれたら、たいていの人は
「勝つため」
「お金を増やすため」と答える。
僕もそう思っていました。
事実、お金がない時ほど賭け事に熱中した。
「この1発で大きく勝てば、お金が手に入る」
「1か月分の給料を1日で稼いだことがあるんだからできる」
でも、違いました。
本当にお金が欲しいだけなら、ギャンブルなんてやらない。
働いた方が確実に増える。
そんなことは、頭ではわかっている。
それでもやめられない。
なぜか?
「増えるかもしれない未来」が、楽しいからだ。
一瞬でお金が増える。
その可能性に触れている時間が、何よりも刺激的だった。
一度でも勝ったことがある人なら、わかると思う。
あの瞬間の感覚。
現実が書き換わるような、あの感じ。
そして、また行く。
勝つためじゃない。
あの一瞬をもう一度味わいたくて。
プロの「顔」が、教えてくれた
賭け事にはプロとして生計を立てる人がいる。
パチプロ、ポーカープロ、麻雀プロ。
僕にも何人か知り合いがいます。
ある時気が付きました。
同じゲームをやっているのに、彼らは まったく楽しそうじゃない。
どちらかといえば、苦しそうだ。
好きだからプロになったであろうになぜだろう?と思っていた。
答えはシンプルです。
彼らは「不確かな未来」を楽しんでいないから。
データを取り、確率を計算し、期待値を積み上げる。
不確かなものを、できる限り排除していく。
つまり、未来を「わからないもの」から「読めるもの」に変えている。
その瞬間、ワクワクが消えていく。
不確かな未来 → 楽しい。
でも勝てない。
確かな未来に近づける → つまらなくなる。
でも勝てる。
成果を追うと行動自体へのワクワクは減っていく。
これは副業も、同じだと思う。
この話、ギャンブルだけに限らない。
たとえばnote。
好きなことを書いている時は、純粋に楽しい。
でも収益化を意識した瞬間、何かが変わってくる。
買う理由を文中にちりばめる。
無料部分で買う必要性を意識した文にする。
有料に誘導する無料記事の内容はどうする。
そういうことを考え始めた瞬間、それは遊びじゃなく、仕事になる。
そしてワクワクは、静かに薄れていく。
続けていける人は、見ている場所が違う。

ギャンブルは「今この瞬間の快楽」を見ている。
だから、楽しいし、中毒になる。
一方で積み上げていく人は、
「その先にある未来」を見ている。
収益化の先にある生活。
お金に縛られない日常。
自分が本当に望む生き方。
目の前は地味でつまらない。
でも、その先を明確しているから続けられる。
「お金が欲しい」を目的にすると、迷子になる
でも「その先の自分」を目的にすると、
不思議とブレなくなる。
個人で稼げるかもしれない。
うまくいくかもしれない。
この「かもしれない」に期待している時点で、不確かな未来に依存している。
だから必要なのは、「稼いだ先に、自分はどうなりたいのか?」を深く追求する。
稼ぎたいたけなら、正業で昇進する。
正業で成果をあげる。
正業での収入を上げることに集中した方が確実かもしれない。
あなたは今、どこを見ていますか?
目の前のワクワクを見ているか。
それとも、その先にある現実を見ているか。
もし今、「楽しいかどうか」だけで判断しているなら、少し立ち止まってほしい。
それはギャンブルと同じ構造にいる、
というサインかもしれない。
見る場所を変えてみてほしい。
その行動の先に、どんな自分がいるのか。
そこまで見えて初めて、行動は「遊び」から「戦略」に変わると、僕は思っている。
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