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揺れながら、子どもに合う場所を探して。T家ののりくら暮らし | 松本デュアルスクールインタビュー  

住まいや仕事、子どもが新しい環境になじめるか——。デュアルスクールに興味を持っても、実際の一歩には、さまざまな不安が伴います。

Tさんご家族の始まりも、「まず1か月だけ試してみる」という松本デュアルスクールの利用でした。

地元の学校が、子どもたちに合っていないのではないか」という悩みから、家族それぞれの思いと向き合い、乗鞍高原(大野川区)へと暮らしの拠点を移していったT家。その選択の過程を伺いました。


「ここではないかも」から始まった、学校探しの日々 

— 家族構成と、今の暮らしについて教えてください。

父:夫婦と子ども3人の5人家族です。長男は大学1年生、次男は大野川中学校の3年生、三男は大野川小学校の6年生です。 移住後、乗鞍で宿を開業し、そこに住み込みながら、月に一度ほど鎌倉に帰る二拠点生活を送っています。

— 松本デュアルスクールを利用する前は、どんな状況だったのですか?

母:当時小学生の子どもたちが通っていた学校に合わず、通いにくい状況が続いていました。より子どもたちに合う環境はないだろうかと、ずっと探していたんです。

— どうして松本デュアルスクールを知ったのですか?

母:鎌倉の教育に詳しい知人から「デュアルスクール」という制度があると聞いたのが始まりでした。当時、デュアルスクールといえば徳島県の事例があったのですが、鎌倉からはかなり遠くて。 半年後に松本デュアルスクールが始まったことを知り、「一度見学してみよう」という流れになりました。

— 大野川に来る前、不安だったことはありますか?

父:一つは住まいのことです。当時乗鞍には賃貸住宅がなく、選択肢はシェアハウスのみでした。知らない人たちとの共同生活への不安は大きかったのですが、校長先生から「シェアハウスには、地域コミュニティとつながりやすく、孤立を防げるといったメリットもある」と勧められ、少しずつ考え方が変わっていきました。それで、シェアハウス「すもも荘」での暮らしを始めることにしたんです。

すもも荘のリビングで過ごす子どもたち

母:もう一つは、子どもたちが新しい学校になじめるかどうかという不安です。ただ最初は「1か月だけのお試し」という期間限定の設定だったので、子どもたち自身も「合わなければ戻ればいい」という気持ちで参加できました。

背中を押されたのは、体験訪問の際、次男がすもも荘のリビングを見てこう言ったことです。
ここだったら住んでもいいかな
次男のこの一言が、私たち家族にとって大きな希望になりました。

— 大野川小中学校を見学して、決め手になったことはありましたか?

父:少人数ならではの教育と、一人ひとりに合わせて学び方を考える「個別最適な学び」が進められていることは、大きな決め手でした。全員に同じやり方を求めるのではなく、子どもの興味や得意なこと、その時々の状態を見ながら関わってくれる。ここなら、子どもたちも安心して学べるのではないかと感じたんです。


揺れながら、進んでいった毎日 

— 初めて登校した日は、どんな様子でしたか? 

母:11月末、雪が降る中での初登校でした。図書館でみんなと顔合わせをして、帰り際には小学生だけでなく中学生や先生も交えた雪合戦になり、自然と打ち解けていきました。三男は「ちょっと頑張っちゃったな」と言いながら帰ってきましたね。

翌日、次男はすんなり学校に向かいましたが、三男は朝から大泣きして「帰りたい」と訴えました。私も困ってしまったのですが、担任・教頭先生が「1か月しかないのだから、楽しい思い出にしてほしい。好きな時だけおいで」というように、柔軟に対応してくださって。それに安心した三男は、その後自分から「今日は行く」と登校するようになっていきました。

雪景色の中を、みんなと歩いて学校へ。毎朝の道にも、新しい発見があった。

— 通い始めてから、お子さんたちに変化はありましたか?

母:次男は、それまでなかなか取り組めなかった宿題や日記に、嬉しそうに取り組むようになりました。大野川小で行われていた探究学習——乗鞍の産物を使った工作を松本で販売する活動——にも楽しんで参加していました。少人数の環境で、自分の発言にみんなが笑ってくれる。そんな体験が嬉しくて、いきいきと過ごす日々が続いていましたね。

三男は最初こそ渋っていましたが、3か月が経つ頃にはすっかり学校が好きになっていました。
結局、子どもたち本人の希望で、当初1か月の予定だった滞在は、次男の小学校卒業となる3月末まで延長することになりました。

— ご両親自身にも、変化はありましたか?

母:子どもが楽しそうにしている姿を見ることの幸せを、日々実感していました。家を一歩出れば雄大な自然が広がっている乗鞍の環境で、毎朝気持ちよく過ごせて。シェアハウスでの薪ストーブの火入れも、自分にできるとは思っていなかったのに、意外と楽しくできたんです。「火を消さないようにするのは、子育てに似ているな」なんて、ふと気づく時間もありました。

冬のすもも荘では、薪ストーブの火を絶やさないことも、毎日の大切な仕事だった。

父:私は体験期間中、鎌倉で長男と過ごしていて乗鞍にほとんどいなかったので、当時は正直、変化を感じにくかったですね。


暮らして初めて見えたこと

— 実際に通い始めて、印象に残っていることはありますか? 

母:次男と三男の笑顔や、変化していく姿を見られることが純粋に嬉しかったです。生活そのものも新鮮で、すごく面白かった。でも、夫と長男はどうだったかな。

父:私にとっては、感情が揺れ動く日々でした。次男・三男にとっては本人たちに合った環境で過ごせるようになった一方で、鎌倉に残った長男にとっては、家族が離れて暮らすことを簡単には受け止めきれない時期もありました。その心の揺れは今も続いています。だから正直、一言で「来てよかった」とは、今はまだ言えないんです。

それでも、「少しでもいい方向へ向かっていこう」という思いを持ちながら、揺れ動きつつ日々を過ごしています。

母:そうそう、楽しみながら、慰めながら、寄り添いながら。

— そうした複雑な思いを抱えながら、新しい場所で暮らし始めたT家にとって、実際に大変だったことや現実的な課題はありましたか?

父:私たちは学生時代、1年の4分の1をスキー場で過ごしていたので、寒さや移動、生活の不便さについては、ある程度想定内でした。ただ、凍結による水道管の破裂など、想定外のこともありました。そういったことは、その都度対応してきた感じです。

— 新しい土地で暮らし始める中では、地域との関係にも戸惑いがあったそうですね。

 父:そうですね。移住者として、地域との距離感や関わり方に迷う場面はありました。ただ、一人ひとりと話してみると、皆さんとても良くしてくれます。だから、「移住者と住民」という大きな構図で捉えるのではなく、一人ひとりと細く長くつながりを築いていくことを大切にしたいと思っています。全員に理解してもらうことを目指すのではなく、自分たちがここでできることを、地道な行動で示していけたらと。

野球に付き合ってくれた友達と。新しい場所で、少しずつ関係が生まれていった。

家族が分かれてでも、選んだ場所 

— そんな戸惑いを感じながらも、乗鞍高原への移住を決めた経緯を教えてください。

母:3月末でデュアル期間は終了し、一旦は鎌倉に戻る予定でした。けれど、三男が「4月からも大野川小に行きたい」と希望したんです。
結果として、私と三男だけが乗鞍に残り、夫と長男、次男は鎌倉で暮らすことになりました。 両親が入れ替わりながら、鎌倉と乗鞍を行き来するチームプレイで乗り越えていきましたね。

父:その後、鎌倉の中学校に通い始めた次男が、1年生の途中から再び通いにくくなったことが、移住を決める大きな契機になりました。家族で話し合い、次男本人の意思を尊重した結果、乗鞍への移住を決断。住民票を移し、次男は中学2年生の4月から、正式に大野川中学校へ通学を始めました。

大変でも、その時はこれがベストだと思って始めた二拠点生活。道中、思いがけず美しい景色に出会えることが励みになった。

— 今、それぞれのお子さんはどんな状況ですか?

父:三男は、小学3年生から大野川小学校に通い始めて、3年かけてようやく安心して学校生活を送れるようになってきました。

母:「大野川小に来てよかった!」と、本人が自発的に口にするまでに成長したんです。担任の先生が三男の様子やペースをよく理解し、やりたいことを尊重しながら、難しいことは無理に強いない環境が、良い形で作用したのだと思います。 

父:次男は今、高校受験やその先の環境変化を前に、再び学校との距離や進路について揺れている時期にあります。

長男は現在、一人暮らしをしています。家族の暮らし方を認めたい気持ちと、まだ受け入れきれない気持ちの間で、今も揺れているように見えます。 

— T家が実際に制度を利用し、暮らす中で感じた課題としては、どんなことがありますか?

父:さらにあると助かるのは、安心して生活を始められる基盤です。例えば、補助金や家賃支援、家電レンタルなどの仕組みです。そして、賃貸物件の不足こそが、移住やデュアル利用における最大のボトルネックではないでしょうか。賃貸がなければ、体験・見学のチャンス自体が生まれにくいと思います。

我が家の三男のように、安心して学校生活を送れるようになるまでに3年かかるケースもあります。短期滞在だけでは、判断できないこともある。シェアハウスは入り口として有効ですが、その先の中長期の賃貸物件整備こそが急務だと、強く思います。

— 松本デュアルスクールや移住について、率直に伝えたいことはありますか?

父:私たちは、山暮らしやスキー三昧といった「キラキラ」としたイメージで、移住や松本デュアルスクールを選んだわけではありません。出発点にあったのは、子どもが地元の学校に合っていないのではないかという、切実な悩みでした。

移住して、「良かったですか? 笑顔が増えましたか?」という分かりやすい成果を求められることが度々あります。でも大切なのは、分かりやすい成果だけではなく、子ども自身が、その時々にできる形で学びや学校とのつながりを持てることではないかなと。週に1回でも、自分の意思で学校へ向かえることが、私たちにとっては大きな前進だと思っています。

雪の季節だけでなく、眩しい緑に包まれる季節も。乗鞍の自然は、いつも気持ちをスーッとさせてくれる。

「悩む前に進む」——検討している方へ 

— 最後に、検討している方へメッセージをお願いします。

母:デュアルスクール制度は「いきなり移住」ではなく、一歩踏み出すためのハードルを大きく下げてくれる制度だと思います。「帰れる場所を残してある」という安心感の中で、まずは移住を決める前に、体験という形で一歩を踏み出してみてほしいです。同じ日本の中でも、これほど違う環境や制度があることを、実際に来て感じてほしいと思います。

父:子どもの小中学校時代は、たった9年間しかありません。悩んでいるなら、まず体験・見学してみることが大切だと思います。「悩む前に進む」——深く考えすぎず、目の前のことをひとつずつ進めることが大事なのではないでしょうか。子どもが「ここに住んでみてもいい」と感じるサインがあれば、まず一歩を踏み出してみるきっかけになると思います。 


取材日:2026年5月29日
取材・文:楓 紋子
写真提供:T家
編集:のりくら暮らし編集部
企画制作:大野川区 育成会 のりくら暮らし支援プロジェクト

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