幸せな生活【022】ーここが私の居場所ー
今日は卒業式だった。
朝から制服を整えた。 六年間着てきたものだけれど、最後の日だと思うと、胸の奥が少しだけ熱くなった。
鏡の前で髪をとかす。 入学式の日、母がしてくれたように。 あの日よりずっと上手にできるようになった。
学校へ向かう道は静かだった。 卒業式は子どもだけで参加する決まりだ。 六年間ずっとそうだったから、特別なことではない。 けれど、今日は少しだけ空気が違う気がした。
講堂へ案内される。 私は自分の席を見つけた。 一番前だった。 本国推薦候補生の欄に、私の名前があった。
胸が温かくなる。 六年間、ずっと頑張ってきたことを思い出した。
式が始まる。 国歌が流れる。 私たちは静かに立った。
校長先生が壇上へ上がる。 拍手が広がる。 その音が、少し震えて聞こえた。
「皆さん、卒業おめでとうございます」
講堂は静かだった。
「皆さんは今日まで、正しい市民になるための勉強を続けてきました」
私は前を向いたまま、静かに聞いた。
「六年間で、皆さんは多くのことを身につけました。 本国を大切にする心。 祖国を敬う気持ち。 家族を支える力。 友人を思いやる優しさ。 その順番を守る強さです」
私は自然にうなずいた。 入学式の日に聞いた言葉が、胸の奥で静かに重なった。
「順番を間違えなければ、人は迷いません。 人は正しく生きられます。 そして多くの方に必要とされる人になれます」
会場の空気が少し柔らかくなった。
「皆さんは今日から、本国の未来を支える側になります。 本国が与えてくださった平和の中で生きていくことを、誇りに思いなさい」
私は背筋を伸ばした。 胸が少し熱くなった。
「本国のために喜べる人になりなさい。 本国のために努力できる人になりなさい。 本国のために必要とされる人になりなさい」
拍手が起きた。 私は手を合わせた。 その音が、静かに広がっていった。
式が終わると、私たちは順番に呼ばれた。 名前を呼ばれ、前へ進む。 封筒を渡された。 中には、これから向かう場所の案内が入っていた。
本国の家庭の名前だった。
胸が温かくなる。 六年間の勉強が終わり、これから役に立てるのだと思うと、嬉しくなった。
講堂を出ると、友だちが何人か集まっていた。 みんな封筒を持っていた。 それぞれ違う名前が書かれている。 けれど、みんな同じ方向へ進んでいく。 それが誇らしかった。
学校を出ると、軍の車が並んでいた。 案内の方が優しく声をかけた。
「こちらへどうぞ。緊張しなくて大丈夫ですよ」
車は静かに走り出した。 窓の外の景色がゆっくり流れていく。 街はいつも通りだった。 けれど、今日は少しだけ違って見えた。
やがて車は大きな門の前で止まった。 軍の基地だった。 門の上には本国の旗が揺れていた。
基地の中は静かだった。 白い廊下を歩くと、足音が吸い込まれていくようだった。 何人かの子が別の方向へ案内されていく。 みんな封筒を持っていた。 それぞれ違う名前が書かれている。 けれど、みんな同じように前を向いていた。
私は案内の方に連れられて、広い格納庫の前で止まった。 中には大きな軍用機があった。 灰色の機体が静かに待っていた。
「こちらの便で本国へ向かいます。特殊積載区ですが、空調は効いていますから安心してくださいね」
私はうなずいた。 特殊積載区という言葉が、なんだか大切な荷物みたいで嬉しかった。
貨物室の中は広くて、少しひんやりしていた。 床に固定された簡易の座席に座ると、他の子たちも静かに座っていた。 誰も話さなかった。 けれど、みんな同じ方向へ進んでいることが嬉しかった。
扉が閉まり、機体がゆっくり動き出した。 振動が体に伝わる。 少しだけ怖かったけれど、すぐに落ち着いた。 これから本国へ行くのだと思うと、胸が温かくなった。
どれくらい時間が経ったのか分からない。 機体が降下を始めると、少し耳が痛くなった。 やがて扉が開き、眩しい光が差し込んだ。
本国だった。
外へ出ると、空気が違った。 柔らかくて、少し甘い匂いがした。 風が肌に触れる感じも、どこか優しかった。
目の前には広い草原が広がっていた。 緑が濃くて、風に揺れていた。 遠くには色とりどりの家々が並んでいて、屋根の色も壁の色も少しずつ違っていた。 街並みがゆっくりと光を受けて、きらきらしていた。
私は思わず息を呑んだ。
こんなに綺麗な場所があるなんて知らなかった。 胸の奥がじんわりと温かくなった。
「ようこそ、本国へ」
案内の方が優しく言った。 私はうなずいた。
車に乗せられて街へ向かう。 窓の外には、豊かな自然が続いていた。 木々の色も、花の色も、見たことのないほど鮮やかだった。 街に入ると、家々の窓から柔らかい光が漏れていた。 どの家も静かで、穏やかだった。
車はやがて一軒の家の前で止まった。 白い壁に淡い青の屋根。 庭には小さな花が咲いていた。
「こちらが、あなたのご家庭です」
私は深呼吸をして、扉を開けた。
家の中には三人の人がいた。
まず目に入ったのは、私の結婚相手になる方だった。 四十代くらいの、落ち着いた方だった。 その目が、私の頭から足の先までをゆっくりと見て、満足そうに柔らかく笑った。
「はじめまして。来てくれてありがとうね」
私は頭を下げた。
「よろしくお願いします」
その隣には、本国人妻の方が座っていた。 細くて、少し鋭い目つきをしていた。 けれど、表情は落ち着いていて、しっかりしている人だと思った。
「遠いところをよく来てくれたわね。家のことは心配しなくていいわ。あなたがやるべきお仕事は、私がゆっくり教えてあげるからね」
私は、しっかりしたお姉さんができたようで嬉しかった。
もう一人は子どもだった。 少し小太りで、ずっとニヤニヤしていた。 男の子は、新しいおもちゃを貰ったときのような、キラキラした目で私をずっと見つめていた。
「こんにちは」
その子が言った。 私は少し照れてうなずいた。
「こんにちは」
部屋の空気は静かで、穏やかだった。 私は封筒を膝の上に置いた。 これからこの人たちと暮らすのだと思うと、胸が温かくなった。
案内の方が扉のところで言った。
「では、今日からこちらのご家庭で過ごしていただきます。ゆっくり慣れていってくださいね」
私は立ち上がって、家族の方々に頭を下げた。 うつむき加減に、静かに。
「よろしくお願いします」
男性も、妻の方も、子どもも、優しくうなずいた。
上を向いて歩くことはしないけれど、 足元に広がる新しい家の床は、とても綺麗だった。
私は静かに息を吸った。
ここが、これから私の幸せな生活になるのだと思った。
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幸せな生活 —本国に必要とされる日—
