【第十二話】怪異マニアの仲條先輩は今日もお気楽 第二章:のろわれた定期の怪【連作短編】
第一章:傘と女の怪 第一話(初回)
あらすじ:先輩と後輩の日常と、サークル活動の始まりです。
第二章:のろわれた定期の怪 第一話(第二章 初回)
あらすじ:後輩がサークル管理の掲示板の噂を知ります。
第二章:のろわれた定期の怪 第十一話(前回)
あらすじ:再び例の男の幽霊に遭いました。
第二章:のろわれた定期の怪 第十三話(次回)
最後まで付き合うと決めた峰城の意志に頷くと、椅子に置いていた免許証を手に取る。そして、「金橋 和夫」と書かれた名前の上にある住所を確認すると経路を検索し始めた。その手慣れた手つきに、峰城がサークルに入る前は今のように一人で場所を検索して調査していた様子が伺えた。
一人で考え、行動してきたのであれば彼が誰かに状況を説明する癖がないのも頷ける。とはいえ報連相は必要なので、癖を直すまで文句を言い続けるつもりだ。
「この間、高木さんと通った経路で行けそうだ」
仲條が操っていたスマホを峰城の方に向けると、地図アプリの中で経路を示す線が引かれていた。電車の乗換案内を元に来た道を折り返し、駅を出て十数分で閑静な住宅街に入る。地図が示す場所まで進むと、写真に写っていた家は変わらずそこにあった。
写真と見比べて植木鉢が増えているが、この家で間違いないだろう。黒い屋根に白くてなめらかな壁、屋根と同系色の玄関扉。家を囲むように石垣の塀があり、その前を大中様々な植木鉢が並んでいた。丁寧に世話されているのか雑草もなく草木がのびのびと成長しており、中でも表札のすぐ下にある紫陽花が、小ぶりながら綺麗に花を咲かせていた。
「あの、うちに何かご用ですか?」
金橋の名が彫られた表札を確認して、仲條が玄関に程近い塀の近くにあるインターホンを鳴らそうとしたとき、背後から静かな女性の声が聞こえた。
振り返ると、三、四十代前後の女性が買い物袋を片手に首を傾げている。スーパーで買い物をするだけにしては、小綺麗な服装をしていたから美容院にでも行ってきたのだろうか。
「ああ、いきなりすみません」
愛想よく仲條が会釈をし、事情を説明すると定期入れを差し出した。さすがに和夫の幽霊が現れることは言わず、ただ定期入れを拾ったことだけを伝える。普通なら交番にでも届けるのでは、と警戒されるかと思ったが、女性は臆することなく定期入れを受け取った。
「何度も落ちているのを見かけたものですから、失礼とは思いつつ中を拝見して、入っていたご自宅の写真と免許証の住所からこちらに――」
「遺品整理をしていたときに、どうしても見つからなくて探してたんです。ご親切に、どうもありがとうございます」
「なんと、既にお亡くなりに……心よりお悔やみを」
彼の幽霊と会いました、とは言わず、仲條は初めて聞いた体で目礼した。峰城からしたら白々しい演技だが、女性はそのぎこちなさを初対面の社交辞令ととったらしく同じく目礼で返した。
一方峰城は、寂しそうに目を伏せる女性がこの家とどんな関係があるのだろう、と二人のやりとりを眺めがら考えていた。和夫の妻というには些か若い気がする。
「ちなみに和夫さんとは、どのようなご関係で」
「……再婚、なんです」
仲條の質問に、峰城は自分の口が勝手に質問したのかと唇を口の内側に巻いた。「妻の真純です」と名乗った女性が苦笑して答え、峰城が非礼を詫びると慣れた反応なのか「いつものことですから」と真純は手を左右に振る。そして、定期入れの中から写真を取り出し、赤子を抱いた女性を指さした。
「写真に写っている女性が前妻で、一緒に写っているのは前妻の娘、茉優です」
彼女が言うには、体の弱かった前妻は茉優が小学生の頃に亡くなり、育児や家事に手間取っていた和夫がご近所を頼るうち、独身だった真純と仲良くなって籍を入れたとのことだった。
「籍入れ当時は随分と周囲から色々言われたけど、もう慣れっこですよ」
結婚当時の真純は二十四歳。一方、夫の和夫は四十八歳。二回りも違う子持ちの男性との結婚は方々から反対され、それを押し切る形でこの家に越してきたという。
「若いって恐ろしいものね」
クスリと笑う姿は、自虐的な言葉に反して白い百合のようだ。結婚当時から同じ所作をしていたなら、和夫が惚れるのも無理はない。同性の峰城すら少しドキドキしていた。
「まさか、この年で夫を失うなんて……娘も大学進学と同時に家を出て滅多に帰ってこないし、先月ようやく顔を見せかと思えば、一晩も経たずに一人暮らしのアパートに戻っちゃうし。ほら」
ため息交じりに真純が足元の紫陽花を手で示す。先月、実家に帰省したときに持ってきたお土産だという。受け取ったときは多かっただろう蕾も、見頃を迎えて満開の花になっている。
「昨日、急に連絡を寄こしたと思えば、事故に遭いかけて怪我したっていうし……そうだわ、買ったものを冷蔵庫にしまわないと」
娘を心配する母の顔で、買い物袋を覗く真純。そう長くは話していないが、日が陰ってきたとはいえまだ暑い。二人が引き留めたことを謝ると、彼女は首を振って笑みを返した。
「最近じゃ一人寂しく過ごしてたから、お喋りに付き合ってくれてありがとう。娘もあなた方と同じ年頃だし、良かったらまた遊びに来てね」
想像以上に穏やかなムードで会話を終わらせられたのは、真純の性格もあって幸運だった。普通は初対面の人間が、いきなり自宅前にうろついていたら怪しむし、仲條が「旦那さんの幽霊を見たのですが」などと話始めなかったのも意外だ。もしかして、思ったより常識はあるのだろうか。
「……っ」
和夫の幽霊に遭ったことは頭から抜け、ただ届け物をして良い気分のまま振り返って真純に会釈をしたとき。峰城は足がもつれそうになった。
第二章:のろわれた定期の怪 第十三話(次回)
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