見出し画像

行かない選択

もう30年以上前になる。

15歳の春に「浪人」となった。

40代50代の浪人といえば18歳からの「大学受験浪人」だが、それよりも3年早い。

当時の私は「高等学校への進学をしなかった

いまだに、一度も入学も卒業もしていないので、高校生活がない。
高校生活がなくても、大学に行きたいと15歳の自分は思ってしまった。

高校にいかなかった時間に、大学受験するための資格を取得する勉強をした。
当時は「大検」(現在は高等学校卒業程度認定試験)といって、
13科目を4日間で受ける試験だった。年に1回の試験だった。

本来のルートではない。
もともと、戦後に高校に行けなかった、途中でやめざるを得なかった人達への救済措置だ。

救済ルートを最初から選択するのは、かなり危険だ。
どの世界でも

「道は広いほうが、安心する」

狭い危険なルートは、できることなら避けたい。

そんな、ルートを15歳で選択した。
若さゆえ、知らないことを「いい言い訳」にして

30年経ったいま、自分の子世代が15歳を迎えたとき「救済ルート」の選択を歓迎するだろうか

「多様性」を認め合う世の中を作っていこうと
大人たちは言いながら、それを認めることができるだろうか

さいわい、私の両親は
「そういう選択をする子供がいても不思議ではない。  
 たまたま、自分の子供だった」と
30年前、最後は納得して送り出してくれた。

その選択を、自分はできるだろうか。

多様な道のりを、認めることができるだろうか。

失敗を恐れず、挑戦しよう
失敗しても、また復活すればいい
と、いえるおとなになっただろうか。

失策やあやまちは、誰でもある。
罰せられることもあれば、
外されることもある。

それでも、寛容なおとなになれただろうか。

自分が「行かない選択」をしたこと
そして、行かなかったその道は狭かったけど
今自分は生きている。

人生、何とかなるもんだ


いいなと思ったら応援しよう!