「統合と解釈」が書けないのは、頭が悪いからじゃない——点を結べば、原因は見えてくる
実習中、指導者に問われる。
「この患者さんの問題点、原因は何だと思う?」
——また、この質問だ。
頭の中では、いろいろな評価結果が浮かんでいる。膝が伸びにくい。左右差がある。筋緊張が高い。でも、それを「どうつなげて、何が原因か」を、言葉にできない。
言おうとすると、不安がよぎる。
「もし、間違ったことを言ったら」 「見当違いなことを言って、頭が悪いと思われたら」
そう思うと、口が動かなくなる。
結局、「……すみません、まだ考えがまとまっていなくて」と、濁してしまう。
その夜、実習先から帰って、レポートの「統合と解釈」の欄を開く。カーソルが、点滅している。何も書けない。評価はできた。数値も出した。なのに、そこから「自分の考え」が、一文字も出てこない。
「やっぱり、自分は臨床推論の才能がないんだ」
そう思って、また落ち込む。
この気持ち、覚えがあるだろうか。
「統合と解釈」。実習で、多くの学生が最もつまずくのが、ここだ。
教員として15年、実習に送り出す学生を見てきて、断言できる。統合と解釈で手が止まる学生は、頭が悪いわけではない。むしろ、真面目で、慎重で、間違えたくないと強く思っている学生ほど、ここで黙ってしまう。
今日は、なぜ統合と解釈で手が止まるのか、そして、その手を動かすための「たった一つの考え方」について書きたい。読み終えたとき、「なんだ、そういうことか」と、少し肩の力が抜けているはずだ。
なぜ、統合と解釈だけができないのか
不思議なことに、多くの学生は、評価や情報収集はできる。
関節可動域を測る。筋力を測る。カルテから既往歴を拾う。これらは、ちゃんとできる。
なのに、「統合と解釈」になると、途端に手が止まる。
なぜか。
理由は、はっきりしている。
評価や情報収集には「答え」があるが、統合と解釈には「答え」がないからだ。
関節可動域の測り方には、正しい方法がある。教科書に載っている。その通りに測れば、正しい数値が出る。情報収集も、カルテを見れば、既往歴も検査値も、そこに書いてある。つまり、これらは「正解が用意されている」作業だ。
だが、統合と解釈は違う。
「この評価結果から、何が原因と考えられるか」——これには、教科書に載っている唯一の正解がない。自分で、考えなければならない。
ここで、真面目な学生ほど、こう思ってしまう。
「正しい答えがあるはずなのに、それを見つけられない自分は、頭が悪い」
だが、これは大きな勘違いだ。
統合と解釈に、最初から用意された正解はない。だから、「正解を見つけられない」のは当たり前なのだ。あなたの頭が悪いのではない。答えのない問いに、答えを探そうとしているから、手が止まる。それだけのことだ。
統合と解釈とは、「点を結んで線にする」作業
では、統合と解釈とは、そもそも何をする作業なのか。
私は、学生にこう説明している。
統合と解釈とは、各評価で見つかった問題点に焦点を当てて、その原因を推測する作業だ。
これには、2つの段階がある。順に見ていこう。
段階1:一つの検査から、原因の候補をいくつか出す
まず、一つの問題点について、「原因の候補」をいくつか挙げる。
例えば、膝関節の伸展に制限がある患者さんがいたとする。「膝が伸びにくい」という問題点だ。
ここで、「なぜ、伸びないのか」を推測する。何度まで伸びるのか、エンドフィール(動かしたときの、最終域での抵抗感)はどうか、といった評価結果から、原因の候補を絞り出す。「関節そのものが原因かもしれない」「筋肉が原因かもしれない」——このように、当てはまりそうな原因を、いくつか挙げる。
ここで大事なのは、一つに絞り切らなくていいということだ。一つの検査でやるべきことは、「原因の候補を、いくつか出す」こと。これが、一つの検査における統合と解釈だ。
同じように、他の検査でも、それぞれ原因の候補を出していく。筋緊張の検査からは、当てはまりそうな原因をいくつか。筋力検査からも、いくつか。疼痛検査からも、いくつか。
こうして、行った検査それぞれから、原因の候補のリストができあがる。
段階2:検査を横断して、共通する原因を結ぶ
ここからが、「点を結んで線にする」の本当の意味だ。
各検査から絞り出した原因の候補を、見比べる。そして、複数の検査に共通して出てくる原因を探す。
例えば、膝の可動域の検査からも出て、筋緊張の検査からも出て、疼痛検査からも出てくる——そういう「どの検査にも共通して当てはまる原因」があれば、それが最も疑わしい原因として、浮かび上がってくる。
この「各検査から出た原因の候補」が、バラバラの「点」だ。そして、それらを検査横断で見比べて、共通する原因を結んでいく。共通する原因が見つかると、点と点がつながって、「線」になる。
線になると、原因追求の範囲が狭まっていく。狭まっていくと、「ここが原因ではないか」と、特定に近づいていける。
これが、統合と解釈だ。
一つの検査の中だけで完結する作業ではない。複数の検査から出た原因の候補を突き合わせて、共通するものを見つけ出す作業なのだ。
「一発で当てる」のではなく「共通点を探す」
ここが、統合と解釈の、一番大事なところだ。
手が止まる学生は、「この問題点の原因は、これだ!」と、一つの検査だけで、一発で正解を当てようとする。だが、経験の浅い学生に、それは難しい。だから、当てられなくて、黙ってしまう。
でも、そもそも、一つの検査で当てる必要はない。
やることは、2段階だ。まず、それぞれの検査から、原因の候補をいくつか出す。そして、複数の検査を見比べて、共通して出てくる原因を探す。
「膝の可動域の検査からは、関節と筋肉の両方が候補に挙がった。筋緊張の検査からは、筋肉が候補に挙がった。疼痛検査からも、筋肉が候補に挙がった。三つの検査すべてに『筋肉』が共通しているから、筋肉に原因がありそうだ」
こうやって、検査を横断して、共通点を探していく。
最初から一つの検査で「筋肉が原因です」と言い切れなくていい。「複数の検査で共通して筋肉が挙がったので、筋肉に原因がありそうだと考えました」と、共通点を見つけたプロセスを見せればいい。
指導者が知りたいのは、あなたが出した「最終的な正解」ではない。あなたが、どう各検査から候補を出して、どう共通点を見つけたか、その「思考のプロセス」だ。
だから、間違いを恐れなくていい。候補を出して、共通点を探す過程を、言葉にできれば、それで十分なのだ。
手を動かすための、最初の一歩
「検査を横断して共通点を探す」と言われても、最初は難しく感じるかもしれない。
だから、明日の実習で試せる、小さな一歩を伝えておく。
2つか3つの検査を選んで、それぞれから原因の候補を書き出し、共通するものを探す。
例えば、膝の可動域の検査、筋緊張の検査、疼痛検査を選ぶ。そして、それぞれの検査から、当てはまりそうな原因を、いくつか書き出してみる。
可動域の検査からは、「関節」「筋肉」。筋緊張の検査からは、「筋肉」。疼痛検査からは、「筋肉」「炎症」。
書き出したら、眺めてみる。どの原因が、複数の検査に共通して出てきているか。この例なら、「筋肉」が3つすべてに出てきている。
「複数の検査に共通して出てくる原因が、疑わしい」——これが、点を結んで線にする、ということだ。
当たっていなくてもいい。各検査から候補を出して、共通点を探そうとすること自体が、統合と解釈の第一歩だ。
この「検査ごとに候補を出して、共通点を探す」を繰り返すうちに、だんだん、点を結ぶ感覚が身についてくる。
いきなり完璧な統合と解釈を書こうとしなくていい。まずは、2つか3つの検査から、原因の候補を書き出すことから始めてほしい。
おわりに
実習中、指導者に問われる。
「この患者さんの問題点、原因は何だと思う?」
——今のあなたは、もう黙らない。
「正解かは分かりませんが」と前置きして、話し始める。「膝の可動域、筋緊張、疼痛、それぞれの検査を見ていくと、どれにも『筋肉』が原因の候補として共通して出てきました。だから、筋肉に原因がありそうだと考えました」
一発で正解を当てたわけではない。でも、複数の検査を見比べて、共通する原因を見つけた。その思考のプロセスが、指導者に伝わる。
指導者は頷いて、「いい着眼点だね。じゃあ、その筋肉のどこか、もう少し考えてみようか」と、あなたの推論を、さらに育ててくれる。
統合と解釈が書けないのは、あなたの頭が悪いからではない。答えのない問いに、一つの検査だけで、一発で答えを出そうとしていただけだ。
各検査から候補を出して、検査を横断して共通点を探す。そう考え方を変えるだけで、止まっていた手が、動き始める。
明日の実習で、一つの問題点について、関係しそうな評価結果を3つ書き出してみてほしい。
そこから、あなたの統合と解釈が、動き出す。
▼ もっと深く知りたい方へ
「じゃあ、具体的にどう考えを組み立てればいいのか」——統合と解釈の土台になる"臨床推論の育て方"を、5つのステップと実習で使えるテンプレートにまとめました。
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