『日の出を知らない街』が描く、もうひとつの東京
ショートショート フィルムフェスティバル & アジア(SSFF & ASIA)と東京都による「サステナブル・リカバリー プロジェクト」の一環として制作されたショートフィルム『日の出を知らない街』。東京の都心で仕事に追われる日々を送る青年が、大学時代の先輩に誘われて奥多摩を訪れたことをきっかけに、新たな風景や人々と出会い、少しずつ価値観を変化させていく物語です。
ショートショート実行委員会のエグゼクティブ・ディレクターの東野正剛さんに、本作に込めた思いや音声ガイドの可能性、さらに映画祭が目指すアクセシビリティの未来についてお話を伺いました。
▼こちらの記事の続編となります。あわせてお読みください:)
東京は、ビルだけじゃない。『日の出を知らない街』が描いた街の魅力
――2025年に公開されたショートフィルム『日の出を知らない街』の企画はどのようにスタートしたのでしょうか?
海外の方に「東京のイメージは?」と聞くと、新宿の高層ビル群や渋谷のスクランブル交差点など、「人が多くて都市的な街」を思い浮かべる方が多いと思います。もちろんそれも東京の魅力の一部ですが、一方で東京には、奥多摩のように自然豊かな場所もあります。島も海も、山もある。そうした多彩な表情を持っているのが東京なんですよね。
SSFF & ASIA 2025では、「サステナブル・リカバリー」をテーマに掲げていたこともあり、「実は東京には豊かな自然もあるんだ」という新しい発見を届けたいという思いから、この企画がスタートしました。
――細田佳央太さん演じる直哉が、B.T.さん演じるジャクソンと川を眺めながら、「ここも東京だよ」「えっ、そうなの? 東京ってすてきだね」と会話するシーンにグッときました。スタッフ&キャストはどのように決まったのでしょうか?
監督は、2024年のSSFF & ASIAに出品された『カフネの祈り』で観客賞を受賞された増田彩来(さら)さんにお願いしました。増田監督は、高校時代からInstagramなどで作品を発信し、写真家として活動されていたそうです。2001年生まれの若手ですが、映像作家としても活躍されていて、ミュージックビデオの監督なども手掛けられています。
主演の細田佳央太さんには、2024年秋頃にお声がけしました。もともと増田監督と写真のお仕事でご一緒されたことがあったそうで、「増田さんがショートフィルムを撮るなら、ぜひ参加したい」と快諾してくださいました。また、井浦新さんも以前から増田監督と親交があり、「もし映画を作るなら絶対に声をかけてほしい」と話されていたようです。
本作に限らずですが、著名な方であっても、企画の意義や作品のテーマに共感して、快く参加してくださることは多いですね。井之脇海さんも、いま注目を集めている俳優のお一人ですし、本当に素晴らしいキャストが集まった作品になったと思います。
「こんな仕草をしていたんだ」音声ガイドで初めて気づいたこと
――撮影中の出来事で、特に印象に残っていることはありますか?
キャストもスタッフも、みんな口を揃えて「奥多摩って、こんなに自然豊かな場所なんだ」と話していました。私自身、東京に住んでいても、なかなか奥多摩まで足を運ぶ機会ってないんですよね。撮影期間中は数日間ずっと現地に滞在していたのですが、本当に“東京ではない場所”に来たような感覚がありました。
でも実際には、都心から1時間ほどで行ける。そう考えると、東京という街の奥深さや、多様性が見えてくる気がします。
YouTubeで公開しているメイキング映像のキャストインタビューでも、皆さんが奥多摩の自然について同じような感想を話されています。ぜひそちらもご覧いただけたらうれしいです。
――『日の出を知らない街』の音声ガイドを制作したディスクライバーは、私も知っている方ですが、セリフや自然の音にそっと溶け込むような描写が素晴らしいと感じました。東野さんは、音声ガイドを聴いてみていかがでしたか?
すごく印象に残っているのが、主人公・直哉が焚き火の前ではにかみながら、手をこめかみにやるシーンです。音声ガイドなしで見ていたときは、実はその仕草をそこまで意識していなかったんですよね。「照れたように笑い、こめかみをかく」という音声ガイドを聴いた瞬間に「あ、彼はこんな仕草をしていたんだ」って、初めて気づいたんです。
映像を見ているつもりでも、実は気づけていないことってたくさんあるんですよね。音声ガイドを通して、俳優さんの表情や仕草、そのシーンの空気感がよりクリアになるというか。毎回、本当に驚かされますし、映像体験そのものがより豊かになると感じます。
――東野さんは、音声ガイド制作の現場にも立ち会っているのでしょうか?
2024年に公開した、木村文乃さん主演の『紋の光』で、初めて音声ガイドの収録現場に立ち会いました。日本映像翻訳アカデミー(JVTA)バリアフリー事業部の小笠原尚軌さんにお声がけいただいたんです。小笠原さん自身、音声ガイドや日本語字幕をもっと広めていきたいという強い思いを持っている方で、現場でも非常に熱心に取り組まれていました。
世界の映画祭が向き合う「アクセシビリティ」という課題
――東野さんは、世界各国の映画祭や映画業界の動向にも触れられていると思います。アクセシビリティに関して、現在の世界的な潮流をどのように感じていますか?
「ショートフィルム・カンファレンス」という、世界数十カ国の国際短編映画祭が加盟する業界団体のような組織があるんです。毎年2月に開催される、フランスのクレルモンフェラン国際短編映画祭では、その総会が行われます。私たちも毎年参加して、世界中の映画祭関係者と情報交換をしています。
2024年の主要なアジェンダ(議題)のひとつが、「あなたたちの映画祭は、どのようにバリアフリー化を進めているか」でした。各国の映画祭ディレクターが、それぞれの取り組みや課題について発表し、意見を交わしたんです。
もちろん、予算や運営体制は映画祭ごとに異なります。しかし、「より多くの人に映画を届けるために、アクセシビリティを向上させる必要がある」という認識は共通していました。私自身も、2023年に初めてバリアフリー上映会を実施したばかりだったので、こうした取り組みをさらに進めていかなければならない、という思いを強くしましたね。
――まさに世界的な流れになっているんですね。
そうですね。映画祭を通じて「誰もが映画を楽しめる環境をつくることが大事なんだ」と感じてもらうことが重要なのかなと思っています。
ただ、一気に大きく変えられるかというと、現実はそう簡単ではありません。それぞれが地道に取り組みを積み重ねていきながら、将来的には、どの映画にも音声ガイドや日本語字幕が付いている……そんな環境を目指していきたいと思っています。
現状、私たちも音声ガイド版を制作できているのは、東京都との共同プロジェクトに限られているんです。だからこそ、今後は海外作品や、私たちが買い付けているショートフィルムにも音声ガイドを付けられるような未来を目指していきたいですね。
