【小説】8月某日の夢 第12話
「…………すごく辛くてどうしようもなくて、紬貴くんとは友達じゃないって言い返したり、紬貴くんと関わるのやめようかなって、思っちゃった」
紬貴くんに3年前のことを話した。
もちろん、今の時代に合うように少し話を変えたけど、ほとんど事実だ。「紬貴くんと関わるのやめようかなって、思っちゃった」どころか、一度本当に関係を断ってしまっている。
「そんな…………」
紬貴くんが首を横に振った。
「こんなに辛い思いをしていたのに、何も気づかなくて、何もできなくて……本当にすみませんでした」
違う、紬貴くんは何も悪くない。悪いのは、私の方だ。
「でも…………!」
紬貴くんが、俯けていた顔を上げる。
「関わるのをやめる、なんて悲しいこと言わないでください。俺は、夏芽さんと出会えて本当に良かったです」
「え……?」
思いがけない紬貴くんの言葉に、私は思わず動きを止めてしまった。
「俺も友達できなったし、同じ趣味の人が見つからなくて理解されないこともあって…………絵を描けない日が続いたこともありました」
紬貴くんが、真っ直ぐに私を見つめる。
「あんなに俺の絵を褒めてくれたのは、夏芽さんが本当に初めてだったんです。夏芽さんが一緒に絵を描こうって言ってくれたから、俺は今まで絵を描き続けることができたんです」
また、涙が溢れた。
「ありがとう、そう言ってくれて……」
でも、紬貴くんは私が絵を描くのをやめた後も”1人”で描き続けた。
”1人”…………そうか、紬貴くん。もしかして3年前も、私が絵を描かなくなったことをずっと……………………
「だから、ずっと友達でいてください。それは夏芽さんだけじゃなくて、俺も同じなんです」
涙がとめどなく溢れていく。声が出せない代わりに、うん、うん、と頷いた。
紬貴くんはいつだって私の隣にいてくれた。『そばにいてくれて嬉しいです』と言ってくれたのも、紬貴くんが初めてだった。
紬貴くんも、ずっと友達でいてほしいって思っていた。自分のことを大切に思ってくれる人のそばにいれば良かったんだ。何も、怖がる必要は無かったんだ。
涙を拭って、私は紬貴くんにずっと言いたかったことを、言った。
「本当にごめんなさい、紬貴くん。ずっと、ずっと、親友として大好きです」
紬貴くんはどんなことがあったって乗り越えていく。
自分の個性を活かして、周りの個性を受け入れて、上手に生きていく。
きっとこれからも絵を描き続けて、自分の好きなことを描いて、紬貴くんらしく真っ直ぐに生きていくんだろう。
私は、紬貴くんの隣には、もう立てない。
私にとって、紬貴くんは”憧れ”になってしまった。高嶺の花のような、昔よりも遠い存在に。
だから、せめて私は紬貴くんのことを応援したいと思った。直接伝えることはできないかもしれないけど、ずっと紬貴くんの絵を楽しみ続けたい。
いつか、またもう一度、一緒に絵を描けることをどこかで夢に見ながら。
紬貴くんは笑っていた。その時、涙をこぼしたのは見逃さなかった。
最後に紬貴くんは私の手をとって、もう一度笑いかけてくれた。
中学校の美術室だ。
いくつもの絵がイーゼルに立てかけられて展示されている。
誰もいない静かな部屋で、高校の制服を着た私は1人で立っていた。
紬貴くんの絵が置いてある。私の作った折り紙が飾られている。
「そっか、花火の絵は見れないんだね……」
紬貴くんの描いた花火の絵が無かった。未完成だったからかな。
一方で、私の花火の絵は飾られていた。
花火の中に夕暮れの景色がある。
花火が打ち上がって、咲いて、消えていく。
そうして、絵の中の夕暮れが溶け出して。私の目の前に現れた。
「そろそろ帰らなきゃ、だね」
元の世界に帰らなければならないことを意味している。
土日が無くて、家に帰ってもすぐ翌日になる。学校生活でも、時間が飛んでしまう時がある。日付の感覚が薄れてしまいそうな、この”夢”の世界。
そう。これは、ただのタイムスリップじゃない。私が見ている”夢”。
理想の世界で、自分の後悔と向き合って、もう一度前に進もうとしている。
もう進む準備はできた。夢から醒めよう。
「紬貴くんに会いにいってくるよ」
私は、夕暮れの中へと飛び込んでいった。
美術室に置かれて絵が、手を振ってくれているような気がした。
「次は、……駅〜」
ハッとして、顔をあげた。
電車は次の駅に着こうとしている。……良かった、ちょうど私が降りる駅だ。
駅に着くまで、しばらく夕暮れを見ていた。
また涙が溢れそうになる。……泣いてばかりは良くないね。
8月1日に、私は、紬貴くんの絵を見にいくことにした。
