見出し画像

本音が言えない人は、嫌われないよう頑張りすぎている

本音が、言えない。

そう感じるたびに、自分のことを少し責めてしまうことがあります。

本当は嫌だった。
本当は断りたかった。
本当は傷ついていた。
本当は寂しかった。
本当は、もう少しわかってほしかった。

でも、言えない。

言葉にしようとした瞬間、胸のあたりがきゅっとなる。
喉の奥で言葉が止まる。
相手の表情が変わるところを想像してしまう。
空気が重くなる気がする。
嫌われるかもしれないと思う。
面倒な人だと思われるかもしれないと思う。

だから、飲み込む。

「大丈夫」
「全然いいよ」
「気にしてないよ」
「合わせるよ」
「なんでもいいよ」

そんな言葉で、その場をやり過ごす。

相手は安心する。
会話はそのまま流れる。
空気も悪くならない。
関係も、表面上は何も変わらない。

でも、自分の中には何かが残る。

家に帰ってから、ふと苦しくなる。

あれ、本当は嫌だったな。
本当は、少し傷ついていたな。
また言えなかったな。
自分の気持ち、どこに置けばよかったんだろう。

そうやって、一人になってから自分の本音に気づくことがあります。

その場では、うまくできたように見える。
相手にも何も言わなかった。
笑って流せた。
大丈夫なふりもできた。

でも本当は、心の中で小さく引っかかっていた。

たとえば、相手の何気ない一言が少し痛かった。
誘われたとき、本当は休みたかった。
予定を決めるとき、本当は自分の希望もあった。
話を聞いているとき、本当はもう余裕がなかった。
冗談みたいに流したけれど、本当は嫌だった。

そういう小さな本音が、言葉にならないまま積もっていく。

本音が言えない人は、意見がない人ではありません。

感情が薄い人でもありません。
何も考えていない人でもありません。
冷めている人でも、どうでもいいと思っている人でもありません。

むしろ、たくさん感じている人なのだと思います。

相手がどう思うかを考えている。
言ったあとに空気がどう変わるかを想像している。
相手を傷つけない言い方を探している。
嫌われないように、言葉を選びすぎている。
自分の本音より先に、相手の反応が頭に浮かんでしまう。

だから、言えない。

本音を言うことが、ただの会話ではなく、関係が変わるかもしれない出来事のように感じてしまう。

「嫌だった」と言ったら、わがままだと思われるかもしれない。
「今日は無理」と言ったら、冷たいと思われるかもしれない。
「傷ついた」と言ったら、重いと思われるかもしれない。
「本当はこうしたかった」と言ったら、面倒な人だと思われるかもしれない。

そう考えると、言葉が出なくなる。

そして、いつもの言葉を選んでしまう。

大丈夫。
平気。
なんでもいい。
合わせる。
気にしてない。

その場を守るための言葉。

でも、その言葉を使うたびに、自分の本音は少しずつ奥へ下がっていきます。

最初は、「言えない」だけだったのかもしれません。

でも、それが何度も続くと、だんだん「何を言いたかったのか」までわからなくなっていくことがあります。

本当は嫌だったのか。
本当は寂しかったのか。
本当は疲れていたのか。
本当は怒っていたのか。
本当は距離を置きたかったのか。

自分でも、すぐには答えられなくなる。

なぜなら、感じた瞬間に飲み込む癖がついているからです。

相手がどう思うか。
空気が悪くならないか。
嫌われないか。
自分が悪者にならないか。
関係が壊れないか。

そこを先に考えてしまうから、自分の感情を見る順番がいつも後ろになってしまう。

本音が言えない苦しさは、ただ「言葉にできない」だけではないのだと思います。

自分の気持ちを、何度も後回しにしてしまう苦しさ。
自分の中では確かに何かを感じているのに、その感情を置く場所がない苦しさ。
相手との関係は続いているのに、自分だけがその関係の中にいないような苦しさ。

そこが、少しずつ心を疲れさせていきます。

でも、本音が言えない自分を、すぐに責めなくていいです。

言えなかったのには、理由があるのだと思います。

相手を傷つけたくなかった。
空気を壊したくなかった。
嫌われたくなかった。
面倒な人だと思われたくなかった。
関係を失うのが怖かった。
自分の気持ちを出して、受け止めてもらえなかったときの痛みが怖かった。

だから、飲み込んできた。

それは弱さというより、これまで人間関係の中で自分を守るために身につけた反応だったのかもしれません。

本音を出すことが安全だと思えなかった。
だから、言わないことで関係を守ろうとしてきた。
言わないことで、傷つく可能性を減らそうとしてきた。
言わないことで、その場をなんとか保ってきた。

そう考えると、本音が言えなかった自分への見方が、少しだけ変わるかもしれません。

あなたは、何も感じていなかったわけではない。
言いたいことがなかったわけでもない。
ただ、言うのが怖いほど、ずっと気を遣ってきたのだと思います。

そして、ここで大切なのは、いきなり強く自己主張できる人になることではありません。

急に何でも言える人にならなくていい。
思ったことを全部そのまま伝えなくてもいい。
相手にぶつけるように本音を出さなくてもいい。

まずは、自分の中で気づくことからでいいのだと思います。

「本当は嫌だったんだな」
「本当は断りたかったんだな」
「本当は寂しかったんだな」
「本当は大丈夫じゃなかったんだな」
「本当は、もう少しわかってほしかったんだな」

誰かに言う前に、自分が自分の本音を聞いてあげる。

それだけでも、本音は少しずつ戻ってきます。

本音は、無理やり出すものではありません。

安心できると、少しずつ出てくるものです。

否定されない。
急かされない。
重いと言われない。
言葉が詰まっても、自分を責めなくていい。
うまく説明できなくても、「そう感じていたんだ」と受け止めてもらえる。

そういう感覚が少しずつ増えていくと、自分の気持ちを見つけやすくなっていきます。

この記事では、本音が言えない苦しさを、少しずつ言葉にしていきます。

なぜ、言いたいことがあるのに口にすると怖くなるのか。
なぜ、「嫌われたらどうしよう」が先に出てくるのか。
なぜ、本当は嫌なのに「大丈夫」と言ってしまうのか。
なぜ、本音を我慢し続けると、自分の感情がわからなくなってしまうのか。
なぜ、いざ話そうとすると涙が出そうになるのか。

それを見ていくことで、
「自分は意見がない人間なんだ」ではなく、
「言えないほど、ずっと嫌われないように頑張ってきたんだ」
と思えるかもしれません。

無理に自己主張できる人にならなくて大丈夫です。
急に強くならなくても大丈夫です。
今すぐ誰かに全部の本音を伝えなくても大丈夫です。

まずは、
「言えなかった自分には、そうするしかない理由があった」
と、少しだけ見方を変えてみるところから始めてみてください。

本音を取り戻すのは、誰かと戦うためではありません。

自分の中に置き去りにしてきた気持ちを、少しずつ迎えに行くためなのだと思います。



言いたいことがあるのに、口にすると怖くなる

本音が言えない人は、何も感じていないわけではありません。
むしろ、言いたいことはあるのに、口に出そうとした瞬間に怖くなってしまうことがあります。
嫌われたらどうしよう、空気が悪くなったらどうしよう、相手を困らせたらどうしよう。そんな不安が先に出てくるから、本当の気持ちを飲み込んでしまうのかもしれません。

「嫌われたらどうしよう」が先に出てくる

本音を言おうとした瞬間、最初に浮かぶのが自分の気持ちではなく、相手の反応になってしまうことがあります。

これを言ったら嫌われるかな。
面倒な人だと思われるかな。
わがままだと思われるかな。
距離を置かれるかな。
もう前みたいに接してもらえなくなるかな。

そう考えた途端、言葉が止まる。

本当は、ただ少し嫌だったと言いたかっただけ。
本当は、今日は疲れているから休みたいと言いたかっただけ。
本当は、その言い方は傷ついたと伝えたかっただけ。

でも、それを言うことで関係が変わってしまう気がする。

だから、言えない。

本音が言えない人にとって、本音を出すことは単なる会話ではないのだと思います。

関係を失うかもしれないこと。
相手に嫌われるかもしれないこと。
今まで保ってきた空気が崩れるかもしれないこと。

そういう怖さと一緒にある。

だから、本音を言う前に、心が先にブレーキをかける。

「言わないほうが安全」
「ここは我慢したほうがいい」
「自分が飲み込めば済む」

そうやって、自分を守ろうとする。

でも、その守り方をずっと続けていると、自分の気持ちだけが内側に溜まっていきます。

嫌われないために本音を隠す。
でも、本音を隠すほど自分が苦しくなる。

その間で、ずっと揺れているのだと思います。

空気を壊したくなくて黙ってしまう

本音を言えない理由のひとつに、空気を壊したくないという気持ちがあります。

みんなが普通に話している。
相手も悪気がなさそうにしている。
その場は一応、穏やかに流れている。

そこで自分が、
「それは嫌だった」
「本当は傷ついた」
「今の言い方は少し苦しい」
と言ったら、空気が変わってしまう気がする。

相手が黙るかもしれない。
気まずくなるかもしれない。
自分だけ重いことを言ったみたいになるかもしれない。

そう考えると、黙ってしまう。

本当は言いたいことがある。
でも、その場の空気を守るほうを選ぶ。

それが何度も続くと、自分の中に小さな違和感が残ります。

あのとき、本当は言いたかった。
でも言えなかった。
また自分の気持ちを後回しにした。

空気を読めることは、悪いことではありません。

でも、毎回自分だけが空気を守る側になると、心は疲れていきます。

相手の気持ち。
場の雰囲気。
関係が壊れないこと。

それを優先し続ける一方で、自分の気持ちを置く場所がなくなってしまう。

本音が言えない人は、空気を壊すことが怖いのではなく、空気が壊れたあとに自分が責められることや、関係が変わることが怖いのかもしれません。

だから黙る。

でも、黙るたびに、自分の中の声は少しずつ小さくなっていきます。

本当は嫌なのに「大丈夫」と言ってしまう

本当は嫌なのに、
「大丈夫」
と言ってしまう。

本当は疲れているのに、
「平気」
と言ってしまう。

本当は断りたいのに、
「いいよ」
と言ってしまう。

その言葉は、相手を安心させるためのものだったのかもしれません。

相手を困らせたくない。
嫌な顔をされたくない。
自分の気持ちで空気を重くしたくない。
相手に悪いと思わせたくない。

だから、大丈夫と言う。

でも、大丈夫と言った瞬間、自分の本音は置き去りになります。

相手は、あなたが本当に大丈夫だと思う。
あなたが笑っていれば、平気なのだと思う。
あなたが何も言わなければ、問題ないのだと思う。

でも、自分の中では苦しさが残る。

「本当は嫌だった」
「なんでまた大丈夫って言ったんだろう」
「でも、嫌だなんて言えなかった」

この繰り返しが、本音をさらに言いづらくしていきます。

本音が言えない人って、
意見がないわけでも、
冷めているわけでもなく、
“嫌われないように頑張ってきた人”
がかなり多いです。

だから、
自分の気持ちより、
・相手を不快にさせない
・空気を悪くしない
・嫌われない
を優先してしまう。


本音を我慢し続けると、自分の感情がわからなくなる

本音を言わないことが続くと、だんだん自分の気持ちが見えにくくなっていきます。
最初は「言えない」だけだったものが、いつの間にか「何を言いたいのかわからない」に変わっていく。
相手に合わせることが当たり前になるほど、自分の感情は後回しになり、気づけば自分だけが置き去りになっていることがあります。

「本当はどうしたい?」に答えられなくなる

「本当はどうしたい?」

そう聞かれても、すぐに答えられないことがあります。

どこに行きたいか。
何を食べたいか。
会いたいのか、会いたくないのか。
続けたいのか、距離を置きたいのか。
嫌だったのか、ただ疲れているだけなのか。

自分でもわからない。

これは、意思がないからではありません。

ずっと自分の気持ちより、相手の気持ちを優先してきたからかもしれません。

相手はどう思うかな。
相手は困らないかな。
相手は嫌な気持ちにならないかな。
相手にどう見られるかな。

その基準で選ぶことが続くと、自分の基準が見えなくなります。

本当はどうしたいかより、
「どう答えたら相手が困らないか」
を考えるようになる。

本当は何が嫌かより、
「嫌だと言ったらどう思われるか」
を考えるようになる。

本音を出せない状態が長く続くと、自分の気持ちを感じる前に、相手の反応を想像してしまうのです。

すると、自分の本音にたどり着く前に、無難な答えを選んでしまう。

「なんでもいいよ」
「合わせるよ」
「大丈夫だよ」

そう言ったあとで、少しだけ苦しくなる。

自分が何を望んでいたのか、またわからないまま終わってしまうからです。

相手に合わせるのが当たり前になっている

相手に合わせることが当たり前になると、自分ではそれが我慢だと気づきにくくなります。

相手が行きたいところに行く。
相手が話したいことを聞く。
相手の予定に合わせる。
相手の機嫌を見て言葉を選ぶ。
相手が困らないように、自分が折れる。

それが普通になっている。

最初は、優しさだったのだと思います。

相手を大切にしたい。
嫌われたくない。
空気を悪くしたくない。
わがままだと思われたくない。

そう思って合わせてきた。

でも、合わせ続けるほど、自分の本音は奥に入っていきます。

本当は少し嫌だった。
本当は疲れていた。
本当は違うと思っていた。
本当は断りたかった。
本当はわかってほしかった。

そういう気持ちが、言葉にならないまま残っていく。

相手に合わせること自体が悪いわけではありません。

でも、いつも自分だけが合わせる側になると、心の中に寂しさが溜まります。

「自分の気持ちは、いつ出せばいいんだろう」

そう感じるようになる。

本音が言えない人は、相手に合わせることが上手な人でもあります。

でも、その上手さの裏で、自分の感情を見失ってしまうことがあります。

気づくと、自分だけ置き去りになっている

人に合わせ続けていると、気づいたときに自分だけ置き去りになっていることがあります。

相手は満足している。
場は丸く収まっている。
関係も表面上は続いている。
誰も怒っていない。
誰も傷ついていないように見える。

でも、自分の中だけが苦しい。

本当は言いたかったことがある。
本当は嫌だったことがある。
本当は我慢していたことがある。

でも、それは誰にも知られていない。

自分でも、ちゃんと言葉にしていない。

だから、どこにも置き場がない。

こういう状態が続くと、だんだん人間関係そのものが苦しくなります。

相手が悪いわけではない。
でも、自分が消えていく感じがする。
関係は続いているのに、自分の本音だけがいつも外側にいる。

本音を抑え続けている人ほど、
「自分が何を感じているのか」
わからなくなっていくことがあります。

ずっと人を優先していると、
・嫌かどうか
・好きかどうか
・本当はどうしたいか
より、
“相手がどう思うか”
が基準になってしまうからです。

もし今、
「自分の本音がよくわからない」
感覚があるなら、

も、かなり近い状態かもしれません。


本音を話そうとすると、なぜか涙が出そうになる

本音を言おうとすると涙が出そうになるのは、弱いからではありません。
長い間、感情を飲み込み続けてきた人ほど、言葉にしようとした瞬間に、押し込めていた気持ちが一気に動き出すことがあります。
「わかってほしい」気持ちが怖くなり、うまく話せないほど苦しくなるのは、それだけ我慢してきた感情が溜まっていたからかもしれません。

言葉にしようとすると苦しくなる

本音を言葉にしようとした瞬間、急に苦しくなることがあります。

胸が詰まる。
喉の奥が固くなる。
声が震えそうになる。
涙が出そうになる。
何から話せばいいかわからなくなる。

頭の中では、言いたいことがあるはずなのに。

嫌だった。
悲しかった。
本当はつらかった。
わかってほしかった。
大丈夫じゃなかった。

でも、それを口にしようとすると、言葉が出てこない。

それは、あなたが弱いからではないと思います。

今まで、ずっと言葉にしないで耐えてきたからかもしれません。

感情を出すことに慣れていない。
本音を言うことが怖い。
自分の気持ちを見せることが危険に感じる。

そういう状態で本音を話そうとすれば、心が大きく揺れます。

本音を言うことは、少し無防備になることでもあります。

だから怖い。
だから苦しい。
だから涙が出そうになる。

それは、とても自然な反応なのだと思います。

「わかってほしい」が怖くなっている

本音を言うとき、心の奥には「わかってほしい」があります。

でも、その気持ちが怖いことがあります。

もし、わかってもらえなかったら。
もし、重いと言われたら。
もし、否定されたら。
もし、そんなことで?と言われたら。
もし、面倒な人だと思われたら。

そう考えると、本音を出すことがとても怖くなる。

わかってほしい。
でも、わかってもらえなかったときに傷つくのが怖い。

だから、最初から言わない。

言わなければ、否定されない。
言わなければ、重いと思われない。
言わなければ、相手の反応に傷つかなくて済む。

でも、言わないままでいると、わかってほしい気持ちは消えません。

心の奥で、ずっと残り続ける。

「本当は気づいてほしかった」
「本当は聞いてほしかった」
「本当は、大丈夫じゃないって言いたかった」

そういう感情が溜まっていく。

本音を話そうとして涙が出そうになるのは、わかってほしかった気持ちが、それだけ長い間しまわれていたからかもしれません。

ずっと我慢してきた感情が溜まっている

本音が言えない人は、たくさんの感情を飲み込んできたのだと思います。

嫌だったのに言わなかった。
傷ついたのに笑った。
疲れていたのに大丈夫と言った。
寂しかったのに平気なふりをした。
断りたかったのに引き受けた。

一つひとつは、小さいことだったかもしれません。

でも、小さい感情でも、何度も飲み込めば心に溜まります。

そして、本音を言おうとした瞬間、その感情が一緒に動き出す。

だから涙が出そうになる。

泣きたいわけじゃない。
責めたいわけでもない。
ただ、ちゃんと話したいだけ。

それなのに涙が出そうになるのは、感情が弱いからではなく、ずっと押し込められてきたからです。

本音が言えない人の中には、
「ちゃんと話そう」
と思った瞬間に、
涙が出そうになる人もいます。

それは弱いからではなく、
“ずっと押し込めてきた感情”
が、
やっと外に出ようとしている状態に近いです。

もし、
「本音を言うと涙が出る」
感覚があるなら、
記事15「本音を言うと涙が出る人は、ずっと我慢してきた」
も、かなり深く共感できると思います。


「いい人」でい続けるほど、本音は苦しくなる

いい人でいようとするほど、本音は言いづらくなります。
相手を優先し、嫌われないように振る舞い、空気を壊さないように我慢する。
その結果、嫌われない代わりに自分が苦しくなり、「本当の自分」をどう出せばいいのかわからなくなることがあります。

優しい人ほど、自分を後回しにしてしまう

優しい人は、相手の気持ちに気づきます。

今これを言ったら、相手が傷つくかもしれない。
断ったら困るかもしれない。
自分の本音を出したら、空気が悪くなるかもしれない。
相手が寂しそうだから、今は自分が我慢したほうがいいかもしれない。

そうやって、相手のことを先に考える。

その優しさは、たしかに人を助けることがあります。

でも、自分を後回しにし続ける優しさは、少しずつ自分を苦しくします。

自分の気持ちはあとでいい。
自分の疲れは今は言わなくていい。
自分の本音は、相手が落ち着いてからでいい。

そう思っているうちに、その「あとで」はなかなか来ません。

気づけば、自分の気持ちはいつも後回しになっている。

優しい人ほど、自分の痛みには鈍くなりやすいです。

相手の小さな変化には気づけるのに、自分の限界には気づけない。
相手を傷つけないようにできるのに、自分が傷ついていることは見ないふりをしてしまう。

だから、本音が苦しくなっていく。

嫌われない代わりに、自分が苦しくなる

本音を言わないことで、嫌われずに済むことがあります。

空気が悪くならない。
相手が不機嫌にならない。
関係が一応続く。
面倒な話し合いにならない。

その場は、平和に見えます。

でも、その代わりに自分が苦しくなる。

本音を言わない関係は、表面上は穏やかでも、内側には我慢が溜まります。

自分ばかり合わせている気がする。
相手は何も気づいていない。
でも言えない。
言えないから、また苦しくなる。

嫌われないために自分を隠し続けると、関係は続いても、自分がその関係の中にいなくなってしまいます。

相手に好かれているのは、本当の自分なのか。
それとも、都合よく合わせている自分なのか。

そんな感覚になることもあります。

本音が言えない苦しさは、ただ言葉を出せないことではありません。

自分を出せないまま関係だけが続いていくことの苦しさです。

「本当の自分」を出す感覚がわからなくなる

長く本音を隠していると、「本当の自分」を出す感覚がわからなくなることがあります。

人といるときは、感じよくする。
相手に合わせる。
空気を読む。
嫌われないようにする。
期待されている自分でいようとする。

それが当たり前になる。

でも、一人になったときに、ふと思う。

自分は本当は何を思っていたんだろう。
本当は何が嫌だったんだろう。
本当は何を言いたかったんだろう。
どこまでが自分で、どこからが相手に合わせた自分なんだろう。

わからなくなる。

本音を言えない人って、
わがままになれない人でもあります。

だから、
・我慢する
・合わせる
・飲み込む
を、
無意識に続けてしまう。

でも本当は、
全部を我慢し続けなくても、
人間関係は壊れません。


必要だったのは、「もっと頑張る」ではなく安心すること

本音が言えない人に必要なのは、いきなり強く自己主張することではありません。
本音は、安心できる場所で少しずつ出てくるものです。
全部正直に話さなくてもいい。まずは、自分の中で「嫌だった」「苦しかった」「本当は疲れていた」と気づくことから始めてもいいのです。

本音は、安心できる場所で少しずつ出てくる

本音は、無理やり出すものではありません。

安心できると、少しずつ出てくるものです。

否定されない。
急かされない。
重いと言われない。
ちゃんと聞いてもらえる。
言葉が詰まっても待ってもらえる。

そういう場所で、人は少しずつ本音を出せるようになります。

だから、本音が言えない自分を責めなくていいです。

言えないのは、まだ安心できていないだけかもしれません。
過去に本音を出して傷ついた経験があるのかもしれません。
本音を出すことが危険だと、心が覚えているのかもしれません。

いきなり誰にでも本音を言えるようにならなくていい。

まずは、自分の中でだけ本音を認めるところからでいいのだと思います。

「本当は嫌だった」
「本当は断りたかった」
「本当は寂しかった」
「本当は疲れていた」

それを、誰かに言う前に、自分がわかってあげる。

そこから本音は少しずつ戻ってきます。

全部正直に話さなくてもいい

本音を言うというと、全部正直に話さなければいけない気がするかもしれません。

思っていることを全部言う。
隠さず伝える。
我慢せず主張する。
強く言えるようになる。

でも、本音を出すことは、全部をそのままぶつけることではありません。

言わない本音があってもいい。
今はまだ言葉にできないことがあってもいい。
相手を選んで話してもいい。
少しだけ伝えるところからでもいい。

本音には段階があります。

まず、自分の中で気づく。
次に、紙やメモに書いてみる。
信頼できる人に少しだけ話す。
相手に伝える必要があることだけ、短く伝える。

全部を一気に変えなくていい。

本音が言えない人ほど、
「言うならちゃんと言わなきゃ」
と思ってしまうことがあります。

でも、ちゃんと言えなくてもいいのです。

少しずつでいい。

まずは「嫌だった」に気づくだけでもいい

本音を取り戻す最初の一歩は、
「嫌だった」
に気づくことかもしれません。

嫌だった。
苦しかった。
寂しかった。
疲れていた。
本当は無理だった。

その感情を、自分の中で認める。

それだけでも大きなことです。

本音って、
無理やり出すものではなく、
“安心できると、少しずつ出てくるもの”
だったりします。

だから、
いきなり全部変えなくていい。

まずは、
・嫌だった
・苦しかった
・本当は疲れていた
を、
自分で認めるところからでも十分です。

もし、
「本音と建前を使い分けすぎて疲れる」
感覚があるなら、

も、かなり整理につながると思います。


まとめ|本音が言えないのは、弱さではなく「傷つかないため」だった

本音が言えないのは、あなたが弱いからではないのかもしれません。
嫌われないように頑張ってきたこと、優しいから自分を抑え込みやすかったこと、傷つかないために本音を隠してきたこと。
まず必要なのは、自分の感情を否定せず、「そう感じていたんだ」と認めることです。

嫌われないよう頑張ってきた結果だった

本音が言えない自分を責めてしまうことがあります。

もっとはっきり言えたらいいのに。
もっと自分を出せたらいいのに。
どうしていつも黙ってしまうんだろう。

でも、本音が言えないのは、嫌われないように頑張ってきた結果かもしれません。

関係を壊さないように。
相手を傷つけないように。
自分が嫌われないように。
空気を悪くしないように。

ずっと気を遣ってきた。

その頑張りが、本音を言いづらくしていたのだと思います。

だからまず、自分を責めなくていいです。

優しい人ほど、自分を抑え込みやすい

優しい人ほど、本音を抑え込みやすいです。

相手の反応を想像できるから。
空気の変化に気づけるから。
傷つけたくないと思うから。
自分が我慢すれば済むと思ってしまうから。

でも、自分を抑え込み続けると、いつか心が疲れてしまいます。

優しさは大切です。

でも、自分の感情をずっと消す優しさは、少し苦しいです。

相手を大切にするように、自分の本音も少しずつ大切にしていいのだと思います。

まず必要なのは、自分の感情を否定しないことだった

本音が言えない人にまず必要なのは、強くなることではありません。

自分の感情を否定しないことです。

嫌だったなら、嫌だったんだと認める。
傷ついたなら、傷ついたんだと認める。
疲れていたなら、疲れていたんだと認める。
言えなかったなら、言えないほど怖かったんだと認める。

そこからでいいのだと思います。

今すぐ全部言えなくてもいい。
今すぐ自己主張できる人にならなくてもいい。
今すぐ本音をさらけ出さなくてもいい。

まずは、自分の中でだけでも、
「本当はこう感じていた」
と気づいてあげる。

本音は、あなたを困らせるものではありません。

ずっと後回しにされてきた自分が、
「少しだけ見てほしい」
と出している声なのだと思います。

その声を、すぐに誰かへ伝えなくてもいい。

まずは自分が、そっと聞いてあげるところからでいいのだと思います。


ここまで読んで、
「なんで自分は本音が言えないんだろう」
と思っていた気持ちが少し整理されたなら、
それだけ、
今までかなり無理して人に合わせてきたんだと思います。

有料noteでは、
・本音を抑え込んでしまう人の心理パターン
・嫌われる怖さが強くなる理由
・少しずつ「自分の気持ち」を取り戻す方法
を、感情整理ベースでまとめています。

「無理して自己主張する方法」ではなく、
安心して自分を出せる感覚
を取り戻したい人へ向けた内容です。

「少し嫌」を言えずに、気づいたら限界まで我慢してしまうなら、もしかすると人間関係の問題だけではなく、本音を出せない癖が関係しているのかもしれません。以前まとめた「本音 言えない」では、その苦しさの正体を言語化しています。


いいなと思ったら応援しよう!