リーダーは自分の問いで生きる人──コピーライターのショートショート
神保町の古びた喫茶店で、たかしは湯気の立つコーヒーを前に、ノートを広げていた。
「言葉は、短いほど遠くまで届く」
師匠から教わったその一節を、鉛筆でそっとなぞる。
この日、たかしを訪ねてきたのは、地方の中小企業で働く女性リーダー、浜田さんだった。部署をまとめる立場になったが、部下との距離が縮まらず、悩んでいるという。
「技術も知識も、努力して身につけてきました。でも、チームがついてこないんです」
彼女はハンカチで汗をぬぐいながら言った。
たかしは、静かに聞いていた。
目を見て、言葉を挟まず、うなずくだけ。
沈黙に耐えられず、浜田さんは続けた。
「部下に信頼されてないのかな…でも、どうやって信頼って得るんでしょう」
たかしは、鉛筆を置き、言った。
「あなたは、最近、誰かに“教わった”ことがありますか?」
「え?」
「教える人は、学びをやめちゃダメなんです」
彼女はしばらく黙り込んだ。
「新しい本を読んだり、外に出て誰かと話したり。自分の外側に触れることを、最近してますか?」
思い出そうとするように、彼女は視線を落とした。
「それって…リーダーに必要なんですか?」
「仕事のスキルは、トレーニングで磨ける。でも、人を惹きつける力――人間力は、自分の“外”と“内”に向き合わないと育たない」
「外と、内?」
「外は、人と出会うこと。内は、自分に問いを立てること」
たかしは、短いコピーを書いたメモを差し出した。
『学びを止めるな、信頼は歩いてくる』
浜田さんは目を細めた。
「…“走ってくる”じゃないんですね」
「うん。走ってきた信頼は、すぐに転ぶ。ゆっくり歩いてくるものだけが、根を張る」
たかしは、そう言ってコーヒーをひとくちすすった。
浜田さんは黙って、何度もその言葉を読み返していた。
たかしは、リーダーシップの話をよく受ける。
でも、自分を「リーダー」と呼ばれる人間だとは思っていない。
ただ、自分より他人の話を優先するようにしているだけだ。
そのほうが、いい言葉が見つかる。
人間力――それは、何かを「持っている」ことじゃなく、「問う」ことなのかもしれない。
自分に、相手に、世界に。
夜、自宅の机でたかしは、今日のやりとりを振り返る。
「今日、自分は、何を知った?」
「誰と、ちゃんと話した?」
「心が動いた瞬間は、いつだった?」
ペンで静かに、それらを書き記す。
答えよりも、問いのほうが多い日が、たかしは好きだった。
〈コピーライターたかしのメモ〉
• 「知識は力。でも、熱意が火を灯す」
• 「リーダーは、誰かの正解じゃなく、自分の問いで生きる人」
• 「仕事力は技術。人間力は温度」
最後に、たかしは一言だけ、ノートに書き加える。
「信頼は、声よりも、沈黙に宿る」
電気スタンドの灯りの下、静かな夜が流れていく。
たかしは今日も、短い言葉で、本質を射抜く。
