成瀬は天才なんかじゃない
まさかこの本で、自分が号泣することになるとは思いもしなかった。
この本、『成瀬は天下を取りにいく』である。
京都在住でありながら滋賀LOVERである僕は、もちろん滋賀愛あふれるこの小説の存在を、早い段階で認識していた。でも、西武百貨店より旧大津パルコ派だった僕はうっかり手を出しそびれてしまい、そうこうするうちにあれよあれよと話題になり、本屋大賞を受賞したあたりからつい天邪鬼が出てしまい、結局手を出しそびれたままになってしまっていた。
ふーん売れてるらしいね。まあ、どうせすぐ下火になるでしょ、みたいな。
それが一転、購入してみようという気になったのは、文庫版への特別色のスピン採用の話を知ったからだ。
新潮文庫LOVERでもある立場としては、購入しない理由はない。
そんなわけで、非常に失礼な動機で購入したこの本なのだが、スピン目当てで買って本は読まないという某握手券付きCDみたいな扱いも居心地が悪いので、まあ売れてるみたいだし読んでやろうかくらいの超絶上から目線で読み始めたわけだが、いざ読み始めるとほんの数ページで目が離せなくなった。
え、普通におもしろいんだけど。
実はこれまでときどき目にするレビューなどで、成瀬が天才過ぎてつまらないとか、突飛なキャラ付けだけの薄い話だとか、否定的な意見の印象があったので正直少々警戒していたのだけれど、いやいやぜんぜん違うじゃないか。
オマエらほんとに読んで言ってるのかと問い詰めたくなった。
成瀬は天才なんかじゃない。
ちょっと勘がよくて、だいぶ変わっている、ただの真面目な子なのだ。
ズレてるけれど自分に正直な、ただの一生懸命な女の子だ。
実際に物語の中でも、実はそれほど天才的な結果を残しているわけではない。滋賀で表彰されたり地方紙に載ったりして話題になるだけで、全国一位とかの唯一無二ではない。もっとスマートにもっと大きな結果を残す学生も、普通にいるだろう。
でも、大切なのは結果ではない。
成瀬あかりが、自分のやりたいことにとことん正直であること、なのだ。
だからこそ愛おしいし、応援したくなるし、目が離せなくなる。
おそらく多くの読者が成瀬の数々の奇行を見て、いやいやそれはないわと言葉では言いつつも、でもそんな風に正直に生きられたらどんなにか楽しいだろうって思うのではないだろうか。
一歩間違えばただのあり得ない変人キャラを、スレスレのところで地に足をつけさせる作者宮島未奈さんの筆力もすばらしい。情に流されず、でも静かにエモーショナルなさじ加減は、たまたまそうなったような安い文章ではない。
成瀬の面白さと真摯さを一番よくわかっている、相方島崎の視線がまたやさしい。一つ目のエピソード「ありがとう西武大津店」を読んだとき、これは成瀬の話に見せかけて島崎の話だなと感じたのだが、だからこそ最後のエピソードはとても温かかった。ネタバレになるので内容は伏せるが、真面目さ故に空まわる成瀬をしっかり受け止める島崎は、陰の主人公と言ってもいい。というより、島崎なくして成瀬なし。こんなに静かで熱い友情を見せてもらえるなんて、思ってもみなかった。
みんなが成瀬を肯定しているわけではないという冷静な描写もいい。
「ありがとう西武大津店」でのテレビ局のスタッフは明確に成瀬を迷惑がっている(カメラマンという立場的にはそれも理解できる)し、「線がつながる」の語り手の大貫かえでという、あからさまに成瀬を煙たがるキャラクターから語るエピソードの存在も秀逸で、この、成瀬をただの超人として扱わない視点があるからこそ、最終話「ときめき江州音頭」で、成瀬がやっと一歩成長する姿にカタルシスがある。
この物語は、成瀬あかりという、前しか見ずに走り出す一直線過ぎる主人公が、実は周りの友人、そして赤の他人にまで支えられ見守られていたことに気付いてほんの少し成長する、ゆるくも熱い青春小説だ。
キャラクターの突飛さや、平易な文章、日常過ぎる小さなエピソードなどに気を取られてこの物語を過小評価してしまうのは、あまりにももったいない。
一見暴走にも見える成瀬の姿は、じつは我々の中にもある「こうありたい」自分に重なるものがあるかもしれない。平易な文章は子供から大人まで誰でも読めて、いたずらに読者の感情をあおらずに成瀬たちと併走させてくれる。どこにでもいそうな登場人物たちと共に、誰にでも起こる可能性のあるほんの小さなエピソードを追体験することによってしか、得られない感情というものがある。
そうして僕は夢中になって彼女たちの姿を追いかけながら、気がついたらボロボロ涙を流していた。
最後はもはや嗚咽といってもいい状態で、それが自分でもおかしくて、泣き笑いしながらこの本を読み終えた。
外で読んでいなくて本当に良かったと思う。
いろんなことに慣れてしまった僕ら大人は、こんなに正直に生きることが出来ているだろうか。もちろん出来ていない自覚のある僕は、彼女たちの姿に、あこがれやら尊さやら羨望やら嫉妬やら共感やらなにやら、もうなんだかよくわからない気持ちにさせられてしまった。
ああこのなんだかよくわからない、どう処理していいのかわからない気持ちで思わず走り出してしまいそうな、この感じこそが、青春時代のあの感じだったんだよなと思う。
あの頃、自分は確かに生きていたんだ。
そうはっきりと気付かせてくれた、とても気持ちのいい読書体験だった。
ありがとう成瀬あかり。
この文章は、先日書いた『新潮文庫とかスピンとか成瀬とかの話』を受けて書いたものです。新潮文庫への偏愛を語りました。
よろしければ併せてどうぞ。
