偽りの数字と私の「幸せの位置」第三弾【新生・家族の絆編】第1話:私たちは自分たちの時間を磨いた
失ったお金は戻らない。けれど私たちは、残された日々の中で「自分たちの時間」を美しく磨き直すことに決めた。
私は一冊の手帳を買った。
ページを開き、まずは息子が東京で過ごす4年間の学費と生活費を徹底的に洗い出す。もう二度と、お金に振り回されたくない。
始めたのは、「先取り貯金」と「封筒貯金」だった。固定資産税、車検、車の税金と保険、ふるさと納税、旅行費、そしてささやかな美容代……。それぞれの名目を書いた封筒に、大切にお金を振り分けていく。
生活の解像度が上がっていく。
コンビニにはふらっと立ち寄らないと心に決めた。手元にたくさんあったQUOカードを使う時だけ、自分への小さなご褒美として利用する。日々の買い物は現金を使わず、すべてクレジットカードに一元化し、毎月の目標使用額をきっちりと守る。
さらに、資産運用の勉強も始めて、毎月5000円の積立NISAを設定した。ほんの小さな一歩だけど、自分の力で未来を整えている実感が嬉しかった。
いつしか、私の趣味は「手帳」そのものになっていた。
お気に入りの可愛い文房具を集め、日々の出来事や感情をノートにぎっしりと書き込んでいく。
そして、一番大切なページには、夫と息子への溢れるほどの感謝の言葉を綴った。
《キヨ君のことが、本当に大好き。毎日が、とても幸せ》
文字にすることで、日々のささやかな喜びが自然と心に染み渡っていく。
お気に入りの文房具に囲まれて嬉しそうに手帳を触っている私を見て、夫は「またやってるよ」と呆れたように笑いながらも、いつもそっとしておいてくれた。
体への投資も始めた。毎日のストレッチと読書。仕事で理不尽なことがあって心が折れそうな時も、夫に少し話を聞いてもらうだけで、私の精神はすっと安定した。
そんな夫も、ランニングを本格的に始めた。
私たちの食卓からは、油物が一切消えた。高タンパク・低脂肪、そして良質な脂質だけを摂る暮らし。夫はいつも、私の体調を気遣って声をかけてくれる。
「お前もちゃんとタンパク質取れよ。プロテインは飲んだか?」
「ビタミンとったか? ちゃんと食べなきゃダメだぞ」
「最近、早く寝られてるな」
ぶっきらぼうだけど、そこには確かな愛が詰まっていた。
二人の共通の趣味は「登山」になった。
週末、お互いの休みが合えば、迷わず山へと向かう。
「登山、最高!」
頂上を目指して歩きながら私がはしゃぐと、夫は笑いながら言い返す。
「お前の顔、めちゃくちゃしんどそうだけどな」
足はパンパンで、息は苦しい。だけど、心は信じられないくらい幸せだった。無事に登頂を果たすと、必ず夫のスマートフォンで、二人の顔が並んだ自撮り写真を撮った。画面の中の私たちは、最高の笑顔をしていた。
時には、あのオープンカーでドライブにも出かけた。
「風が気持ちいい! お空が私のものみたい。緑、最高ーー!」
助手席で私が叫ぶと、夫も嬉しそうにハンドルを握っている。
「今回の旅行、なんと8万円で行けたよ!」と私が家計の成果を報告すれば、「今度は広島に行こうよ」と次のプランが膨らむ。「近場をのんびりドライブする旅もいいよな」と、夫が優しく返してくれる。
自宅での日々の会話は、以前より少なくなったかもしれない。けれど、それは冷たい沈黙ではなく、お互いが自然体でいられる、穏やかで心地よい静けさだった。
夏休みになり、東京から息子が帰省してきた。
久しぶりに見る息子の顔は、眩しいほどに輝いていた。
「女子の友達に渋谷を案内してもらったんだ」
「テスト勉強を教えてもらったり、アニメの聖地に行ったりさ」
「バイトの仲間と食べるご飯が本当に楽しくて」
東京での暮らしを、本当に楽しそうに、生き生きと話してくれた。
息子は自分で奨学金を借り、アルバイトをしながら学生生活をやりくりしている。そこに派手さは一切ない。
「お酒もタバコも要らない。体に悪いものをわざわざ入れる必要なんてないでしょ? なくて平気なら、やらない方がいい」
そう語る息子を見て、私は自分が大学生だった頃、当たり前のようにお酒を飲んでいたことを思い出して苦笑した。
息子は、父親の「シンプルで合理的な美学」を、しっかりと受け継いでいた。
「友達と過ごす時間が、今一番楽しいんだ」
お酒やタバコという刺激がなくても、ただ仲間と笑い合える健全な大学生活。
「今が一番充実している」と物語る息子の笑顔を見て、私は心の底から安心し、救われるような気持ちになった。
すべてを失ったあの夜から、私たちは確実に、新しい幸せの形を築き始めていた。
(続く)
※プライバシー保護のため、一部の設定や数字を変更(フィクション化)して記述しています。
どん底の闇の中にいた時は、まさかこんなに穏やかな光に満ちた日々が戻ってくるなんて、想像すらできませんでした。
お金は失ったけれど、私たちは「自分たちの時間」を、そして「家族の絆」をもう一度新しく磨き直すことができたのだと、今なら胸を張って言えます。
いつも私の不器用な歩みを温かく見守り、このnoteを読み進めてくださる大切なあなたへ、心からの感謝を込めて。
次回、第2話。
この穏やかな日々のなか、私の心にある「ある変化」が訪れます。
映画化への夢に向かって、物語はさらに力強く動き出します。どうぞお楽しみに!
サキ
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▶︎▶︎つづく第三弾第2話はこちら
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