偽りの数字と私の「幸せの位置」第三弾【新生・家族の絆編】第2話:小さな仕掛けと、老後の作戦
あの日から、あっという間に1年が過ぎようとしていた。
東京の息子からは、日々頼もしい便りが届く。先日は大学の友人たちとスキー旅行に行ったらしい。
「どのスキー場にするか」「予算はいくらか」「初心者の友達でも滑りやすいゲレンデはどこか」──すべて息子が中心となって計画し、予約を済ませ、友人たちからの集金もきっちりとこなしたという。旅行用のバッグを自分で選び、熱心にパッキングをしていた息子の姿が目に浮かぶ。
「すっごく楽しかった! 初心者の友達からも、来年もまた行こうって言われたよ」
弾んだ声を聞きながら、私は息子のなかに育っている堅実さと頼もしさを噛み締めていた。
そんな中、大学が主催する保護者向けのオンライン説明会があった。画面から流れる「海外留学制度」の解説を聞きながら、私の胸には懐かしい記憶が蘇る。私の姉の子どもたちも、二人ともこの制度を利用して海を渡っていた。
実は私も、20代の頃に3ヶ月の海外留学を経験している。
景色も文化も全く異なる環境に身を置いて、外から日本を眺める時間。当時の私はまだ幼く、全く話せない英語に直面して、悔し涙を流しながら激しいホームシックにかかった。だけど、あの頃の私には「何にでも挑戦してやる」という野生のような気力があった。
環境に慣れてくると、夢中で外国の友人たちに話しかけた。日本のマンガの話、富士山の話、トヨタの車の話……。なかでも一番驚かれたのは「地震」の話だった。
「普通に地面が揺れても、『ああ、またか』って感じるくらい日常だよ」
そう言うと、海外の友人たちは「信じられない!」と目を丸くした。20代の私が見た日本は、デジタルも車も、世界のどこよりも進んでいる輝かしい先進国だった。私のデジタルカメラを見て、外国人が驚きの声を上げたのを今でも覚えている。
あちこちを旅した、20代のあの貴重な体験は、今でも私の人生の確かな血肉になっている。
翻って、我が息子は本当に堅実だ。
最近は料理にハマっているらしく、春休みに実家に帰省したときには、キッチンに立つ私をじっと見ていた。
「この味付け、何を使ってるの?」
「へえ、キッチンバサミって便利なんだね」
料理のコツを一つひとつ盗んで、東京へ持って帰ろうとする姿が愛おしかった。
家族がそれぞれ前を向く中、私が実践していた「封筒貯金」は、1年を通じていっさい手を付けることなく守り抜くことができた。
固定資産税や、車の税金の通知書が届いたとき、すべて「前年度の貯金」から一括でパッと支払えた瞬間の嬉しさは忘れられない。
自分で作った小さな仕掛けが、家族を守る大きな安心へと繋がっていく。
もちろん、反省点もあった。初年度は少し、東京の息子に会いに行きすぎてしまったかもしれない。家計簿を睨みながら、今年は「旅行は年に2回」「日帰り旅は毎年恒例のものを厳選して1回」と、新たなルールを決めた。
やがて私たちの会話は、自然と「老後の暮らし」へと向かうようになる。
「働いて、お金をいただけるうちに、行きたい場所へ旅行に行っておこう」
時間がないのを言い訳にせず、今の時間をうまく活用する。今の私たちの生活水準から、老後の収支を厳密に計算してみた。……やはり、年金暮らしになってからの贅沢な旅行は厳しそうだ。だったら、後悔しないように「今」行こう。若い頃にたくさんの国を旅した時のように、これからは夫婦二人の時間を何より大切にしたい。
子どもが巣立ったからこそ、夫婦の時間を有効に使える。こうして二人で旅ができることが、今の私にはたまらなく嬉しかった。
職場の同僚からは、よく心配そうに声をかけられる。
「旦那さんと二人きりになって、退屈じゃない?」
「息子さんがいなくなって、寂しくない?」
たまに旅先のお土産を持参すると、夫婦二人で頻繁に旅行に出かけていることに驚かれる。それからは、あまり人には言わないようにした。他人にどう思われようと、私たちは今、本当の意味でしあわせだから。
ある日、届いた「ねんきん定期便」をじっくりと眺めた。
将来もらえるお金の額と、現在の支出を天秤にかける。──全く足りない。
現在の貯金額を計算し、老後までにいくら貯まるか、それをどう切り崩して生活に充てるか、頭の中でリアルに老後の生活をイメージしてみた。
二人ともずっと家にいたら、お互いに息がつまるかもしれない。毎日の家事を面倒に思うかもしれない。家の大きな修繕が必要になるかもしれない……。またあのお金の不安が、じわじわと胸の奥で頭をもたげ始める。
気がつけば、老後のアルバイトのことまで考えてしまい、うまくやっていけるだろうかと心配でたまらなくなった。
私の会社には、定年後も働ける制度がある。かつての私は「老後は仕事をしなくていいなんて、夢のようだ」なんてのんびり考えていた。けれど現実は、お金の不安と、時間を持て余すことへの恐怖が押し寄せてくる。
暗い顔をしてそんなことばかり考えていた私に、夫はぶっきらぼうに言った。
「お前、75歳まで働け」
一瞬、「なんて酷いことを言うんだろう」とびっくりして、夫の顔を見つめてしまった。
だけど、言葉のトゲが消えたあとに、その意味がじんわりと胸に染み込んできた。
──そうだ。75歳まで細々とでも働けたら、それはむしろ、ものすごくありがたくて嬉しいことじゃないか。
自分の体に無理のないペースで働き続ければ、毎月決まったお金が入ってくる。その分、年金の受給を遅らせて将来の額を増やすことだってできる。貯金を切り崩さずに守りながら、大好きな旅行にだって行き続けられる。
夫のその現実的な一言で、私の胸を覆っていた老後の不安は、嘘のように綺麗に消え去った。
一番大切なのは、健康でいること。それさえあれば、何歳までだって健やかに生きていける。
すぐに一人で焦って不安になってしまう私の性格を、夫はいつだって、冷徹なようでいて一番正しい助言で救ってくれる。
私は手帳を開き、新しい目標を書き込んだ。
来年度の生活水準を、今年よりもほんの少しだけ引き下げる努力をすること。
私たちの「時間を磨く旅」は、これからも続いていく。
(続く)
※プライバシー保護のため、一部の設定や数字を変更(フィクション化)して記述しています。
老後の不安は、誰の心にも等しく訪れるものかもしれません。かつての私は、その数字を見るだけで足がすくんでいました。
だけど、夫がくれた「75歳まで働け」という言葉は、私にとって冷たい突き放しではなく、未来を照らす新しい作戦の始まりでした。
お金を失ったからこそ、私たちは身の丈に合った本当の豊かさと、健康のありがたみに気づくことができたのです。
今日も最後まで私の物語を読んでくださり、本当にありがとうございます。
次回、第3話。
家族それぞれの形がさらに変化していく中、私たちの「映画化」への夢が、思わぬ形で現実味を帯びていきます。
ぜひ、また次のページでお会いしましょう。
サキ
▶︎▶︎ つづく第三弾最終話はこちら
https://note.com/like_canna1468/n/n5933eacbbfcc
