あの子みたいに弾きたい、私
小学6年生のある日。
ピロンポンポンポン……
ある日の昼休み、音楽室の前を通ると
軽やかなピアノの旋律が聞こえた。
跳ねるような音。ワクワクした。
「わぁ」
思わず音のなる方へ。
廊下の端にある音楽室。
中を覗くと、同じクラスのノアちゃんがピアノの前に座っていた。
ポンポポポポポン……
音楽室に満ちる、踊り出しそうな音たち。
初めて聞く曲だった。
ピアノの周りには3人の同級生。みんなピアノに寄りかかって聞いている。
大きな窓から差し込む柔らかな日差し。
自然と、私はその前に吸い寄せられた。
隣に並び、ニコッと笑い合う。
そのまま最後まで聞いた。
心がきゅるん、とする。
なんて素敵な音色だろう。
曲が終わると、私は思い切り拍手した。
「すごーい!ノアちゃん、ピアノかっこいい!」
「えへへ、ありがとう」
嬉しそうに笑うノアちゃん。
「いいなぁ、私も弾けたらいいのにな」
「少しやってみる?」
ノアちゃんに指の動きを教わり、みんなで練習した。
我が家には母が昔買った古いオルガンがあった。
そのオルガンで、必死に1フレーズを練習した。
それしか弾けなかったけど、ピアノを弾いている自分が嬉しかった。
────
もう少しかっこよく弾きたい。
やがて、そんな願望が芽生えた。
それまで私は、「猫踏んじゃった」を友達と連弾するくらいしかできなかった。
「なにか、弾きたい」
「弾けるようになりたい」
歌うことが好きな私にとって、
音楽は特別なものだった。
思い切って母にお願いした。
「お母さん、私ピアノをやってみたい。
ノアちゃんみたいに弾きたい」
キラキラした気持ちでいっぱいだった。
けれど母は、冷めた目で言った。
「何言ってるの、何やっても続かないのに」
どうしよう。そうだ、まずはあの曲を弾こう。
昔、母が弾いていた曲。
ピアノを弾く母は、とてもかっこよかった。
あれをみんなの前で弾けたら、
ノアちゃんみたいに拍手がもらえるかも。
想像するだけで、鳥肌が立った。
「お母さん、あの曲、なんていう曲?
前に弾いてくれた曲」
母は「エリーゼのためにでしょ」と言って、オルガンの上の薄緑色の教本を渡してきた。
英語の表紙に書かれた難しそうな音符。
母が少しだけ弾いて見せてくれた。
「これ!これ!ありがとう!」
私はぴょんぴょん跳ねた。
「いきなりそんなのやるの?
まずはバイエルからでしょ」
でも私はバイエルには目もくれず、
毎日“エリーゼのために”を練習した。
左手が難しい。
右手と左手の動きが同じになる。
楽譜が読めない。
ド、レ、ミと数え、書き写しては確認する。
楽譜は、書き込みだらけになった。
1週間後、なんとか1小節だけ弾けるようになった。
ピロピロピロロローン……
両手で弾く自分がノアちゃんみたいで、
ちょっと酔いしれた。
「お母さん、見て見て!弾けるようになったよ!」
母の前で披露して、有頂天だった。
「やっぱり習いたい!お願い!」
母は笑っただけだった。
「そこまでは簡単だから、誰でも弾けるのよ」
────
それでも、毎日オルガンに向かい続けた。
1か月後には、6小節ほど弾けるようになった。
でも、それ以上はリズムも音も、知らない。
どうしても弾けなかった。
「続きも弾きたい。習いたい!」
精一杯頼む私に、母は言った。
「無理よ、みのりには」
結局、ピアノを習うことはできなかった。
やってみたかったな。
学校の帰り道、小石を蹴飛ばしながら、
気持ちをごまかした。
──────────
🫧この形の私

あなたに、なにか届くと嬉しいです。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
