口だけが、先に笑う 🔥1
朝、目が覚める。
今日は夫も休み。
起きた瞬間から、嬉しかった。
珍しく、予定のない休日。
私は少しだけ気が緩んでいた。
朝食を終えて、洗濯物を抱えてベランダに出る。
風はまだ少し冷たくて、
洗濯物がぱたぱたと揺れていた。
「わぁ、ちょっと寒いな。夕方までに乾くかな」
それでも、心は晴れやかだった。
────
そのときだった。
リビングから、夫のスマホが鳴る音が聞こえた。
ピクッ、と手が止まる。
タオルを握ったまま、私は耳を澄ませる。
階下から、夫の声が少しだけ明るく響いた。
「うん、うん。特に予定はないけど、いいよ。
来たらいいじゃん」
――その瞬間。
胸の奥が、藍鉄色の影に押されて
ストンと沈んだ。
あ、今日も来るんだ。
息が少しだけ浅くなる。
私はそのまま、黙って残りの洗濯物を干し続けた。
何も起きていないふりをするように。
─────
リビングに戻ると、夫はソファに座ってテレビを見ていた。
朝ごはんの皿が片付けられている。
私は何気ない声を作って聞いた。
「電話、誰から?」
夫は画面から目を離さずに言った。
「妹。今から来るって。今日休みなんだってさ」
軽い声だった。
続けて、何でもないことみたいに言う。
「3人で一緒に出かけようって言ってたよ」
「ふぅん」
私はそれだけ返事をした。
─────
本当は、今日はゆっくりしたかった。
できれば、夫と二人で出かけたかった。
そんな気持ちは、喉のあたりまで出かかって、
すぐに引っ込んだ。
言ったところで、どうせ叶わない。
空気が悪くなるだけ。
私はふぅっと息を吐いた。
そのまま、何も言わずに
洗濯かごを持ったまま脱衣所へ向かった。
─────
ピンポーン。
しばらくして、インターホンが鳴った。
あ、来た。
ズンと重くなる。
けれど、玄関に向かう自分の足音は
やけに軽かった。
ドアを開けると、いつものように明るい顔がそこにあった。
「おはようー」
「いらっしゃい。おはよう」
自分の顔が笑顔になるのがわかる。
自分の耳に届いたのは、
思いのほか明るい自分の声だった。
「今日どっか行くんだって?」
「そうそう、休みって聞いたから」
妹は笑って行った。
「わあ、嬉しい!ちょうど気晴らしに出かけたかったんだ」
何が嬉しいの。
なんで、笑ってるの。
本当は、そんな気分じゃない。
そう思ったのに、口は勝手に動いていた。
「せっかくだし、おしゃれしちゃおうかな」
「朝ごはん食べた?パン焼こっか?」
明るい声。
動く手。
笑っている顔。
全部が、自分のものじゃない気がした。
「え、いいの?ありがとう」
妹の声に私は振り返って、笑った。
「当たり前じゃん」
─────
私は、ただ笑っていた。
止め方は、知らなかった。
どうして私は、嫌だと思ったあとで、
いつも先に「嬉しい」を言ってしまうんだろう。
口が勝手に動いていた。
手も勝手に動いていた。
気づけばもう、笑っていた。
それが、普通だった。
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🫧この形の私

