私にとっての"受け取る”ということ
◎何も選ばずに終わった引越し【考察】
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これは、大人になった私が
あの頃の出来事を振り返り、読み解く話です。
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親に頼らず、自立し始めた私の話。
少し前まで、そう思っていた。
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敷金や礼金。
家具や家電。
レンタカー代。
本来なら、
それぞれ別のもののはずだった。
けれど私の中では、
いつの間にか全部がひとつに繋がっていた。
「私が背負ったもの」として。
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受け取る、という行為。
それは私にとって、
単純に「助けてもらう」ではなかった。
申し訳なさ。
負い目。
返さないといけない感覚。
そういうものが、
いつも一緒についてきた。
本当は助けてもらっているはずなのに、
なぜか苦しかった。
「ありがとう」より先に、
「申し訳ない」が浮かぶ。
返したい。
でも、返せる額じゃない。
その現実が、
ずっと胸のどこかに引っかかっていた。
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受け取ることは、
少し縛られることに近かった。
そして返すことは、
その関係から自由になることだった。
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その当時を振り返った今、
私には少し違う形で見えている。
あの時の私が求めていた自由は、
少し不思議な形をしていた。
関係の中で安心するのではなく、
関係を終わらせることでしか、
自由を感じられなかった。
だから私は、
返そうとしたのかもしれない。
迷惑をかけないように。
借りを作らないように。
もう何も背負わなくて済むように。
必死に。
そしてその《形》は、
今の私の中にも、
まだ静かに残り続けている。

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