何も選ばずに終わった引越し 🔥2
「お前が暮らす家、ここがいいと思うが、
どうだ?」
ある日、父に言われた。
「あー、うん。1回見てみたい気はするけど」
正直、どこでも良かった。
分からないし、
自分で決めるのも面倒に感じていた。
「候補はこことここ。
どちらも会社から近いから、いいだろう」
アパート。
よく分からない。
「行ってから決めるか。見た方がいいしな」
父は言った。
「そうだね、ありがとう」
そう言ったけれど、心は動かなかった。
────
「引越しだけどな。
3月の半ば頃、荷物積んで車で行くから」
「え、車で行くの?荷物入る?」
「入れるんだよ」
そうなんだ。
私はそこも、どうでも良かった。
別に思い入れのあるものも特にない。
寮生活では、全て備え付けだったので
荷物は少量の服くらい。
「でも、大変じゃない?」
すると父は言った。
「おばあちゃんに、
お前の住む家を見せてやりたいだろう。」
そういうものか。
特に心は動かなかったけれど、私は了承した。
お父さんが運転してくれるんだから、
文句言うのも違うか。
私はそれに従った。
────
当日の朝。
荷物を詰め込み、義祖母と父と私を乗せた車は、
目的地のアパート目指して進んで行った。
1件目の部屋は、思ったより綺麗だった。
コンビニもスーパーも近い。
駅からも徒歩1分という好条件だった。
なんの不満もなかった。
「ここでいいよ」
「もうひとつあるぞ」
父の言葉に私は首を振った。
「おばあちゃん疲れてるし、行くの大変だし。
ここ、いいと思う。ここにしよう」
そのまま、本契約した。
────
「冷蔵庫とベッドは必要だろう」
父が言った。
「あー、いいよ。自分でゆっくり選ぶから」
私は言った。
「仕事始まったらそんな余裕ないだろ。
買ってやるから」
「うーん」
「お父さんがそう言ってるんだから、言うこと聞いといたらいいの」
義祖母からも言われた。
まぁ、確かに、働き出したあとのことは
分からない。
ま、いっか。
私は言われるままに店に行き、
父と家具や家電を選んだ。
「どっちがいい?」
と聞かれた時だけ答えるようにした。
父は、その全てを買ってくれた。
────
敷金、礼金、家具、家電。
アルバイトでしっかり貯めたつもりだった。
私はやれる、そう思っていた。
頭の中で計算していた金額は、途中で崩れた。
アルバイトで貯めた分なんて、
簡単に消えていく規模だった。
あ、これ無理だったんだな、と思った。
「お前、これからの生活費はあるんだろうな」
父に聞かれた。
「それは大丈夫だと思う」
父に金額を伝えた。
「それくらいあれば大丈夫だな」
父は言った。
────
私は、ただの世間知らずだった。
私は父に言った。
「助かった、ありがとう」
「働いてお金返すから」
父は笑った。
「そんなの、いい。それより、頑張れよ」
普通のお父さんみたいだった。
義祖母も、「みのりさんは、えらい」と、
特有の褒め言葉を連発していた。
普通の家族みたいだった。
殻だけの、普通の家族。
その中で、私はただ立っていた。
────
ふたりが帰ったあと。
部屋には、
買ってもらったソファーベッド、
冷蔵庫、レンジ、炊飯器、テレビボード、タンスが並んでいた。
寮で使っていたテレビと、布団。
もう、生活できる。
けれど、出してもらった金額を考えると、
頭が痛かった。
返さないと。
返さないといけない。
強くそう思った。
引っ越しで、
100万くらいは簡単に消えた気がしていた。
レンタカー代、修理代。
途中で父が車をぶつけたのも、
なぜか自分のせいみたいに思った。
全部合わせてどのくらいだったかな。
頭の中で考える。
……100万円くらい?
修理代はよく分からないけど、
多分、それくらいかな。
よく分からないけど、
それくらい返せば間違いないだろう。
働いて、返そう。
その瞬間、元々あった奨学金の返済額に
その100万円が加算された。
重い金額だけど、頑張ろう。
そしたら、自由だ。
何故かそう思った。
そのまま、私の引っ越しは終わった。
──────────
🫧この形の私

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
この出来事を、別の視点で読む
▷ 私にとっての"受け取る”ということ(考察・無料)
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
▶ 次の出来事へ(私なりの生存戦略)
← この章の目次へ【社会の洗礼】
← この物語全体を読む【シリーズ一覧】
