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「誰も何も言わない」が、一番苦しかった 🔥5

その日の家の中で、私は「いない人」になった。

誰も、何も言わなかった。

ただそれだけのことが、
あんなに苦しいなんて思わなかった。

────

ご飯が終わると、食器を片付けるのは
私や母、妹たちの役割だった。

父は食べ終わると野球中継を見ながら晩酌を楽しむ。

私たちは使い終わったお皿やおかずを台所に運ぶ。いつもの流れだ。

その日は珍しくバラエティー番組がついていた。

父が唯一「面白い」と認める番組だ。

父が許した番組は、限られていた。
そのバラエティと、特定の教育アニメ。

その時間だけは、
私たちがテレビを楽しめる瞬間だった。

父は今日も焼酎を飲み、タバコをふかしながら
テレビに見入っていた。

妹たちは自分の食器と父の食器を台所に運ぶと、
すぐ座ってテレビを見始めた。

私は台所で大皿にラップをかけ、
冷蔵庫に入れる作業をしていた。
いつもの光景だ。

でも、ふと気づいた。母が台所にいない。

台所の向こう側を見ると、
父と母、妹たちは揃ってテレビを見ていた。

誰も私を見ない。
声もかけない。

何が起きているのか、理解できなかった。

「洗い物はどうするの?」
口に出したい気持ちがあった。

でも、父がいる。

その一言が、逆鱗に触れるかもしれない。

「高校生なんだから、お前がやれ」
もしそう言われたら、また私だけが働かされる。
それは、耐えがたいことだった。

私は黙ってシンクに戻り、水をひねった。
わざと大きな音を立てて食器を洗う。

少しだけテレビの方を覗く。
やはり誰も気にしていない。

まるで私の存在が消えたかのようだった。

「なぜ私だけ…?」

目から涙が溢れる。
悔しい。

腕で涙を拭いながら必死で洗う。

水音がバシャバシャと誰もいない台所に響く。
手に当たるお湯は温かいはずなのに
それを感じなかった。

黙ったまま、食器を洗い続けた。

すべてを洗い終え、
手を拭いてみんなのもとに戻る。
私の顔は怒っていた。

けれど、それすらも誰も見ない。

誰かが「ありがとう」と言うかと思った。
でも何も言わない。

表情も変わらない。
何も話しかけない。


私は耐えられず、トイレへ向かう。
扉を閉め、床にしゃがみ、
上を向いた。

胸の苦しさを押し出すように涙があふれる。

トイレの壁が冷たい。
目の前にあるトイレットペーパーが歪んで見えた。

─────

誰も私に洗い物を命じていない。
自分からやっただけかもしれない。

でも、誰も気づかなかった。

──────────
🫧この形の私

▶ ︎次の出来事へ(這うしかでかなかった時間🔥4

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