芋虫みたいな私 ── 這うことしかできなかった 🔥4
高校に進学した私は、進学校に滑り込みで入った。
入学してすぐ、その差ははっきりと現れた。
最初のテストで、成績は下から数えた方が早かった。
授業の速さが、中学とはまるで違った。
先生は、前回の復習を「もう分かっている前提」で始める。
生徒は順番に当てられ、答え、すぐに次へ進む。
英語では、
「じゃあ、この文を前から訳して」
それが日常だった。
黒板は、書かれては消され、また書かれる。
ノートを取れているかどうかなど、誰も気にしていない。
チャイム直前に宿題と次の範囲が告げられ、気づけば次の授業が始まる。
予習・復習ができていて当然。
その前提についていけない私は、ただ座っているだけだった。
中学までは、テスト前に必死になれば、何とかなった。
でも高校は違った。
努力しても追いつかない。
追いつこうとするほど、置いていかれる。
「私は、頭が悪い」
「ダメなんだ」
焦りと自己否定だけが、静かに積もっていった。
小学生の頃から、私の癖は変わっていなかった。
怒られないために努力するのではなく、ごまかす。
分からなければ聞くのではなく、
できる人のノートを借りて、その場をやり過ごす。
当然、実力はつかない。
実力テストの成績は、目を背けたくなるものだった。
一年生の終わり頃には、
「大学は無理だ」
そう、心の中で決めていた。
本当は、頑張ればどうにかなったのかもしれない。
でも、その“頑張る気力”が、どこにもなかった。
自分が、情けなくて、惨めだった。
それでもテストは来る。
最低限の範囲だけを、先生や友達に聞いて、やり過ごす。
学校の雰囲気は悪くなかった。
何となく一緒にいる人もいた。
笑う場面も、たしかにあった。
けれど、心はずっと一人だった。
私はもう、
「どうせ嫌われる」
「誰にも相手にされない」
そんな恐怖を、体の奥に抱え込んでいた。
少し距離を感じるだけで、その人と関わるのが怖くなる。
表面では笑っていても、心を許せる相手はいなかった。
楽しい、という感覚も分からない。
ただ、追われるように毎日が過ぎていく。
家では、父との関係がさらに悪化していた。
学校にも、家にも、息がつける場所はなかった。
勉強は面白くない。
どこに行っても、
「私はダメだ」
「一人になる」
その感覚が、背中に張り付いて離れなかった。
かつての居場所だった、おばの家も、祖母の家も、
もう安心できる場所ではなくなっていた。
「ここも違う」
「私は必要とされていない」
その思いは、どこへ行ってもついてきた。
気づけば、
「私は何のために生きているんだろう」
それが口癖になっていた。
あの頃の私は、
それが何なのか、どんな状態なのか、分からなかった。
ただ、自分は
小さくて、価値がなくて、
地面を這うだけの──
芋虫みたいな存在だと、信じ込んでいた。
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🫧この形の私

