介護のためのリタイアという選択肢を考えてみる
母の介護を始めてから3か月。母が精神病院に入院してから2週間。母の退院後のことを考える。このまま働き続けるべきなのか。介護のためのリタイアを考えるようになった。経済的側面から検討する「セミリタイア」や「ファイアー」も気になるが、それはまた別のところで考えてみたい。
理想は
母は中古で買った小さな建売自宅を、長年かけて自分の手で住みやすく育ててきた。この自宅で母は、子どもを育て、庭に花木を植え、人と行き来しながら暮らしてきた。
施設や病院では、食事も、入浴も、面会も、消灯もすべて施設側の都合で決まっている。着るものや持ち物さえも、スペース上の制限がある。大勢の人たちと一緒に型にはめられた生活はしたくないだろう。
年老いて自宅で過ごすことが贅沢だとは思いたくない。自分の家で暮らすことは当たり前のことではなかったか。
あらゆるリソースを駆使すれば、この先も遠距離介護を続けられるだろうか。母の状態がどんな風に、どんな速さで変化するのか予測ができないために、将来の計画を立てることは困難だ。考えることが面倒になって、私さえ仕事を辞めれば何とかなるのではないか、という衝動が湧いてくる。
なぜ働くのか
私の仕事は代替が効く。私が廃業しても、他の誰かが必ずいる。ありがたいことに、経済的には贅沢をしなければこの先も生きてはいける。
仕事は、母の生活よりも大切なのか、そもそも母の生活を天秤にかけられるものなのか、と自問する。
仕事を捨てて介護をしたという方々もいる。しかし、介護が終わると、燃え尽きたように心が空っぽになってしまったという話も聞く。
自前の仕事場だけではなく、いままでの経験やつながりは、一度捨ててしまったら再び得ることは困難だろう。介護の後も私の生活は続いていく。仕事さえあれば他に何もいらないというほど、職業愛があるわけではない。体力が落ち、老眼が始まって、休みたくなる時もある。私の先輩たちよりも若手の方が多くなり、彼ら彼女らは驚くほど優秀だ。それでも私は、仕事場にいるときは、自由に呼吸ができる。30年近くやってきて、ようやくそう思えるようになった。もう少し続けていれば、その先に何かが広がっているような気がしはじめている。
私の居場所は
仕事場を離れれば、私は、娘で、妻で、母だということになる。自宅にも実家にも私だけの部屋はない。常に誰かのアテンドをしていて、それはそれで充実しているけれども、それは私の人生ではない。
そして、娘も妻も母も、いつかは役目が終わるだろう。その時に、私は何者になるのだろう。その時、ささやかな仕事場があるというのは、大切なことではないだろうか。
「そのとき」はいつなのか
先が読めない状態で、結論を出すのは拙速なのだろう。あちらこちらに目配せをしながら、どちらにでも進めるように無理やりバランスをとりながら、細々とやっていくしかないのだろう。
仕事を辞めてしまえば、面倒な悩みがひとつ減って楽になれるのに、という考えに取りつかれそうになる。しかし、今ではない、もう少し先を見るべきだ、と思い直す。
これまで大きな決断をするとき、「今だ」と言う声が自分の中から湧いてきた。それは理屈ではなくて、「そうだと分かる」感覚だ。あれやこれやと無意識に考え続けていて、あらゆる条件が調和したときに、「進め」という結論だけが内なる声となって意識に上って来る感じか。それとも私の内部で準備が整ったとき、と言ったほうがしっくりくるような。あれこれ考え計算をしてじたばたと先回りするよりも、それで大抵のことは上手くいく。その声が聞こえる時までは、結論を保留にしよう。
もしかすると、予想もしない形で、強制終了となるときが来るのかもしれない。もしそうなれば、それもいい。その時には大きな流れに従おう。そもそも、人生を思い通りに制御することなどできないのだから。
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