可処分時間の問題
年齢がすすむにつれて、可処分時間がものすごく少なくなった。育児や介護に時間を取られるようになったとか、業務で重責を担うようになったとか、そういうことではない。そもそもまともに活動できる時間の絶対量が激減した。
若いころは徹夜もできたし、一晩眠れば翌日に疲労を持ち越すことはなかった。起きていられる時間は、全部が使える時間だった。登山をした翌日に海で泳ぐことに疑問を感じることはなかった。平日に働くだけでは飽き足らず、休日も予定が詰まっていなければ、損をしたような気分になっていた。
今は日々確実に休息をとらなければ、翌日の行動に支障が出る。疲労が蓄積すれば、風邪をひく。そうでなくても、毎年冬には数えきれないほど風邪をひく。風邪をひくたびに可処分時間が消えていく。
起きてはいるが何か名が付いた活動をしないというのは、だらしないような気がして自己肯定感が下がり気味になるが、今や自己肯定感くらいでは活動性を上げる名目として力不足のため、結局は充電が完了するまでダラダラと過ごすことになる。そういう時間が、日々増えている。
怠惰を責められぬよう、怠け者の烙印を押されないよう、同業者には介護があると、家族には仕事があると、一方からは見えない部分を言い訳にして、後ろめたさを感じながら出来高の低さを取り繕ったりもする。
しかしそもそも、何もしないで脱力しているときの甘美な気分はどうだろう。こんなに素晴らしいにもかかわらず、後ろめたい気持ちになるのはどういうことだろう。
もしかして有能そうなあの人や、忙しそうなあの人も、見えない部分で手を抜きながら真面目さ勤勉さを装っているだけではないのだろうか。
もしも何にも縛られず、好きな時に寝て、好きな時に起き、食べたいときに食べることができたら、これに勝る贅沢はないだろう。
もっと堂々と怠惰な時間を過ごせるようになりますように。
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