(ドラマ)ムショラン三ツ星
かつては都内で高級イタリアン『ラ・ベラ・アルバ』の腕利きシェフとして名を馳せた銀林葉子(演:小池栄子)。
しかし、オーナーの岡本(演:庄司智春)に売上を持ち逃げされて店は突然の廃業。女手一つで2人の子供を養うため、プライドも華やかなキャリアも捨てて彼女が飛び込んだ再就職先は、地元の男子刑務所の管理栄養士(法務技官)という、あまりにも泥臭い男ばかりの職場でした。
初出勤の日から、炊場(調理場)は綺麗事ゼロの戦場でした。
調理経験がほとんどない受刑者たちが作った冷凍コロッケは油の中で次々と大爆発。
1人1日3食で『予算543円』という絶望的な低予算に縛られ、バナナ一本、みりん一滴の扱いにもガチガチの刑務所ルール(赤六法)が立ちはだかります。
さらに、規則に異様に厳しく『風神』と恐れられる総務部長の入江(演:生瀬勝久)からは事あるごとに重箱の隅をつつくような嫌みを言われ、葉子は精神的に追い詰められていきます。
そんな理不尽な職場で、葉子の唯一のガソリンとなっていたのが、仕事帰りに赤提灯の居酒屋で開かれる『ワケあり女子3人』のリアルな愚痴大会(女子会)でした。メンバーは葉子と、上司をあしらうのが上手く『オヤジ転がし』と呼ばれるベテラン刑務官の瀬下万美子(演:ともさかりえ)、そして医務室の若い看護師である橋本サチ(演:小坂菜緒)。
キンキンに冷えた生ビールを片手に、彼女たちの口から飛び出すのは『正直ベース』の本音と毒。
万美子が「あのおっさん刑務官たちの頭の固さ、マジでどうにかなんないの!?」とぶちまければ、サチも「受刑者たち、わざと体調不良のフリして医務室にサボりに来すぎ。下心丸出しでダルい!」と生々しい愚痴を炸裂させます。
入江部長の悪口を肴に、男社会のドロドロしたストレスを笑い飛ばすこの夜の女子会こそが、葉子にとって明日もあの冷たい壁の中へ向かうためのリアルな救いでした。
しかし、一歩家に帰れば、そこには別の修羅場が待っていました。
母親が『刑務所メシを作っている』という現実に戸惑う家族。
社会人1年目にして退職代行サービスを使って早々に会社を辞め、再就職に迷走してイライラをぶつけてくる長女の灯(演:石川萌香)と、高校受験を控えた中学3年生でありながら貧困にあえぐ同級生の万引き事件に巻き込まれてしまう長男の翔(演:川口和空)。
家庭でも問題は山積みで、葉子は一人キャベツの芯を刻みながら頭を抱えます。
それでも、葉子はへこたれません。
炊場にやってくる雑居房(大部屋)で共に暮らす尾藤(演:関口メンディー)や川口(演:玉置玲央)ら受刑者たちの不満や葛藤に真っ正面から向き合い、彼らの胃袋を掴んでいきます。
そんな中、葉子はイタリア通で料理好きな名取所長(國村隼)の温かい理解や、上司の丹後(演:三宅弘城)、同僚の杉山(演:中村蒼)らのサポートを得て、ある大きな挑戦を決意します。
それは、高齢受刑者の山尾(演:温水洋一)が「シャバに出たら、あんたの作った美味い鶏のからあげが食いたいなぁ」と漏らした願いを叶えるため、12月のクリスマスに前例のない『手作りの鶏のからあげ』を出すことでした。
しかし、その直後、山尾が出所を待たずして突然、心不全で帰らぬ人となってしまいます。
この突然のリアルな『死』に、炊場ではいつものように淡々と作業をこなしていた受刑者たちでしたが、昼間の運動時間、グラウンドでのキャッチボールや休憩の最中、仲間たちと共に静かに山尾を弔います。
青空の下、ポツリポツリと山尾の思い出を語り合う中で、川口は自分がかつて犯してしまった過失致死の罪――自分が奪ってしまった命の重さ、遺族の消えない絶望と、逃げずに正面から向き合う心の変化を迎えるのでした。
山尾の願いを形にするため、そして川口たちの心の更生を後押しするため、葉子はより一層強い想いで『手作りからあげ』の決行を宣言します。
骨だらけの鶏肉を一本ずつ手作業で外すという、気の遠くなるような仕込み作業。
山尾への追悼の想いを胸に秘めた受刑者、刑務官、そして葉子が一体となって作ったそのからあげがクリスマスイブに黄金色に揚がった時、それは刑務所全体の冷え切った心をじんわりと溶かしていくのでした。
同時に、家庭でも美味しい食卓を通じて、子供たちとの絆が少しずつ修復へと向かいます。
最終話、かつては所内の嫉妬を生み大騒動に発展して中止に追い込まれた因縁のメニュー『手作り豆腐ドーナツ』が、物語のクライマックスで再び脚光を浴びます。
刑務所を一般公開して地域住民を招く『矯正展』の開催が決まり、葉子と受刑者たちは、その即売会の目玉としてドーナツを大量に提供することになったのです。一般公開の日、高い壁の外の大講堂前では、刑務官のひとりが「激ウマドーナッツ完売しました!」と熱気の中で叫んでいます。
かつては華やかな世界の“三ツ星”を追っていた葉子ですが、受刑者たちの『生き直す力』を食で支え、彼らを社会へ送り出すという、この場所でしか作れない『ムショラン三ツ星』の価値を確信します。
出所していく彼らの未来に「美味しい記憶」というエールを送りながら、今日もエプロンを締め、笑顔で刑務所の炊場に立ち続ける葉子の姿で、物語は爽やかな感動とともに締めくくられます。
『食べること』は、尊厳と生き直す力を取り戻すこと
1日3食、わずか543円という極限の低予算。それでも葉子が『手作りのからあげ』や『豆腐ドーナツ』にこだわり、受刑者たちの胃袋に真っ正面から向き合ったのはなぜか。
それは、彼らを単なる『記号としての犯罪者』ではなく、『明日を生きる一人の人間』として扱ったからだと思います。
人間、美味しいものを食べた時は嘘をつけません。
どんなに冷え切った心の持ち主でも、温かい手作りの料理を前にしたとき、自分がまだ人間であり、大切に扱われるべき存在なのだという『尊厳』を思い出す。食を通して彼らの内なる『生き直す力』を静かに肯定することこそが、このタイトルの『ムショラン三ツ星』の本当の意味だったのだと感じます。
『高い壁』という、社会のリアルな分断
最終話の演出がまさにその象徴だと思います。
「完売しました!」と叫ぶ刑務官の熱気と、それを耳にすることすらできない受刑者たち。
制作者はここで安易に「心が通じ合って万歳!」とは描きませんでした。
罪を犯した者が背負う社会との物理的・精神的な『高い壁』は、そう簡単に取り払えるものではないというシビアな現実を、そのまま映像として突きつけています。
彼らは外の歓声を聞くことも、褒められることもない。それでも『自分たちの作ったものが、あの壁の向こうの社会に届いた』という事実だけで十分。届いていると信じて、ただ淡々と、無言で今の義務を果たす。その、甘えを許さない距離感の描き方にこそ、制作者たちの社会に対する鋭くも誠実な視線を感じます。
それぞれの場所で『日常を淡々と生きる』ことの気高さ
受刑者たちの反省や葛藤、そして葉子自身の家庭崩壊の危機や、女子会で吐き出されるリアルな愚痴。このドラマに出てくる人々は、誰もがそれぞれの『戦場』で、ドロドロしたストレスや問題を抱えて生きています。
劇的な奇跡が起きて、明日から世界がバラ色に変わるわけではない。
それでも、葉子は今日もエプロンを締め、受刑者たちは無言で『給食』を作り続ける。
何か大きな事件が起きなくても、自分の持ち場で、やるべきことを淡々と、誠実にやり続ける。
その一見地味な日常の繰り返しの中にしか、人間の更生も、家族の再生も、本当の救いもないのだという、地に足のついた力強いエールが込められていたのではないでしょうか。
お約束のベタな感動に安易に着地させない、あの静かで、ちょっと冷徹で、だからこそ最高に熱いラストシーン。
全5話とちょっと短い作品でしたが、NHKらしい良質な物凄い良いドラマでした。

