大丈夫と言い続ける夜
夜8時になると、携帯のアラームが鳴る。
それを聞く度に、
「はぁ」っと小さなため息が出る。
いつの間にか、実家に通うのが私の日課になっている。
決して、行きたくないわけじゃない。
ただ少し、気が重い。
母は、肺がんを患っている。
昨年末、医師から緩和治療に切り替えることを提案され、
今は、自宅で静かに過ごしている。
家事は全て、父がこなしてくれているので
高齢者二人での生活はそれなりに成り立っている。
でも、昨年の初めに父が脳梗塞で入院し、
それ以来、私は父のお抱え運転手となった。
毎晩、実家を訪れるのは、
二人の服薬管理をするため。
あとは、少しだけ
父のサポートと母のお世話役。
気が重い・・・
その理由は分かっている。
私が、毎日少しだけ嘘をついているからだ。
自分の体調が優れない事も、
仕事を辞めてしまった事も、
二人には内緒にしたまま過ごしている。
いつも、それらしい服に着替え、
次の休みはこの日だからと
父と買い物の日程を決めている。
平然と嘘をつく自分——
でも、これでいいと思っている。
話してしまうと
会うたびに心配されるし、遠慮もされる。
逆に、いつでも居るからと
呼び出される事が増えるかもしれない。
正直、どちらも今の私にはキツイ。
兄たちは遠方に居るから
近くに居る私がやるのが自然。
これくらいは当然なんだと思ってる。
でも——
ちゃんとした自分で居続けるのは
やはり疲れてしまう。
しんどくて動けないわけではないし
投げ出したいとも思っていない。
ただ、少しだけ無理をしている感覚が
ずっと続いている——
母は、身体の痛みをよく訴える。
それが本当に痛いのか、
それとも不安から敏感になっているだけなのか、
正直よく分からない。
もともと思い込みの激しいところがある。
以前の話、
夜、母から電話あった。
「熱が38度を超えている、しんどい、どうしよう・・・」
慌てて実家に行くと、
玄関先で倒れそうになりながら待っていた。
急いで救急外来に連れて行ったけれど、
何回測定しても平熱ばかり。
どこも異常はみられない。
結局、家の体温計が壊れていただけで
それが分かった途端、
ホッと安心したんだろう。
急に元気になっていた。
そういうことがあるから、
今の痛みも、どこまで本当なのかは分からない。
最近、また
痛み止めを強くしてもらった。
でも訴えはあまり変わらない。
薬が強くなった分、
よく寝るようになった。
そのせいか、
認知機能も少しずつ下がり
以前より気ままになっている。
どんな形であれ
誰もが弱っていく。
そんなことはよく分かってる。
でも、複雑な気持ちになる。
どんどん出来ないことが増えていく。
そのことに、
不安を隠しきれない母の顔。
私は毎日
「大丈夫、大丈夫。」って
笑顔で語りかける。
だから母は、私の顔を見ると
「安心して泣けてくる」と涙を浮かべる。
父からも言われてしまう。
「お前が来ると本当に嬉しそうな顔をする」 と。
そう言われると、
少しだけ申し訳ない気持ちになる。
もっと傍に居れるのに、そうしない私。
これからきっと、もっと大変になるだろう。
それまでは、
私もパワーを残しておかなければ——
夜になれば、変わらずアラームは鳴る。
そして私はいつものように
今日も安心を届けるのだろう。
「大丈夫、大丈夫。」って。
それでいいと、自分に言い聞かせながら。
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