継続が得意になる考え方
お盆休み、どうお過ごしですか?
子どものころ、お盆前まで、毎朝のようにラジオ体操に行っていましたよね。
なつかし〜い!と思った方、たぶん同年代です。笑
眠い日も、ちょっと面倒な日もあったけど、私は真面目に通っていました。
なぜかって?
カードに判を押してもらいたかったから!o(*≧▽≦)ツ
一つ、また一つと増えていくスタンプ。
だんだん空白がなくなっていくのを見るのが、うれしかったんです。
「ここまで来たら、全部埋めたい!」
そんな気持ちもあったんだろうと思います。
今思うと、体操をすることより、皆勤賞を取ることのほうが楽しみになっていたのかもしれません。
これ、大人になってからも、似たようなことをしていました。
noteの毎日投稿です。
毎日投稿が勧められる理由
毎日投稿するといいよ。
そんな話を聞いたことがある人も多いと思います。
毎日書けば、文章に慣れる。
記事が増えれば、読んでもらえる機会も増える。
私も毎日書いたことで、以前より言葉が出てくるようになりました。
「今日は何を書こう」と考える習慣もつきました。
100日くらいまでは、毎日投稿が自分を前に進めてくれていたと思います。
でも、記録が長くなるほど、少し違う気持ちが出てくるようになったんです。
書きたいからではなく、止めたくないから書く
200日を超えたころから、
「今日は休みたいなぁ」
と思っても、休めなくなりました。
一日休んだくらいで、200日分の経験が消えるわけではありません。
そんなことは、自分でも分かっています。
でも、画面に出ている数字が途切れると思うと、それまで積み上げてきたものまで失うような気がしたんです。
気にしなければいいのに。
でも、気になる。笑
その頃の私は、書きたいから書いていたというより、記録を止めたくなくて書いていました。
目的が少しずつ変わっていた
最初は、
書く習慣をつけたい。
読者さんに届けたい。
文章がうまくなりたい。
そんな気持ちで始めた毎日投稿でした。
でも、いつの間にか、「今日は何を届けよう」より、「今日も何か出さなきゃ」が強くなっていました。
書くために続けていたはずなのに、気づけば、数字を守るために書いていたんです。
続けることと、記録を守ることは違う
毎日投稿を続けられるのは、すごいことです。
ただ、
書きたいから書いているのか。
記録を止めたくないから書いているのか。
そこは、ときどき確かめてもいいのかもしれません。
子どものころは、カードの空白を埋めるのがうれしかった。
でも今は、空白をつくらないことより、また書きたいと思えることのほうを大事にしたいと思っています。
一日休んでも、それまで書いてきたものまで消えるわけじゃないから。
📍何のために書いているのか、迷ったときはこちらもどうぞ。
📍私も、続けることに必死になり、発信の目的を見失ったことがありました。
遠回りしながら見つけた、noteを育てる考え方をこちらにまとめています。
