その人ならではの「視点」が信用・信頼を生む:50代起業家のイチ考察
昨日の記事のコメントで、訪問リハビリテーションを専門にされている、理学療法士の凪ゅさんから、こんなコメントをいただきました。
肩書、 単なる記号って、ほんとはわかっているのに、 どこかで意識してしまってる… ほんと、そこじゃないですよね。
このコメントをいただいてから、凪ゅさんの最新の記事を拝読したところ、新年のご友人との集まりで感じた「肩書」や「人生観」について書かれていました。
なるほどな・・・と思いながら拝読していたのですが、まさにこうした記事こそが、昨日の記事の最後に書きました
言葉がその人を表すし、言葉を通したその人の視点に、人は魅了されるのです。
ということを体現しているのではないかと。
「信用」と「信頼」という言葉があります。
似ていますし、混同して使われることも多い。私も、適切に使っておらず、指摘を受けたことも多いです。
信用:条件付き・外部からの評価
・実績がある
・肩書がある
・他者からの推薦
・数字や証拠がある
→「この人は大丈夫そう」という判断
信頼:無条件・感情的・関係性の中で育つ
・この人なら大丈夫、という安心感
・この人は裏切らないという感覚
・この人に任せたいという感覚
→接触の回数、時間、体験の共有から生まれ、育つ
そして、順番としては「信用」→「信頼」です。信用を飛ばして、信頼は生まれないもの。
なので、実績や肩書、他者からの推薦、数字や証拠といったものが強調されるのですが、昨今の状況を観ていると、そうしたものはいくらでも「盛る」ことができる。
架空な根拠が増えてきたな・・・というのが、正直な感想です。
となると、「言葉」なのですが、実はここについても、AIの登場によって「この人」が大丈夫なのか、「この人が使っているAI」が大丈夫なのか、判断がつきにくくなっています。
一方で、「視点」。ここは、案外誤魔化しがきかないのではないかと。
「視点」ですから、必ず「見ている対象・事象」があります。それは、実際に生活の中で見聞きしたこと、起こった出来事な場合が多い。
具体性、かなり生々しさがあるのです。
AIに書かせたエッセイは、言葉選びも響きがよくて、きれいにまとまっていて、読みやすい。
けれど、引っ掛かりに欠けるのは、この「生々しさ」がないからです。
冒頭でご紹介した凪ゅさんの記事の内容を、ちょっと拝借します。
凪ゅさんが学生時代からのご友人たちとの飲み会で感じた、「肩書」に関するちょっとした引け目。
そして、友人たちとは違う途を選んだ自分自身の分析。
さらには、ご自身の中で何がもっとも大切なことなのか。「信念」を再確認して結ばれています。
こうした、具体的な感情の揺れ、そして、その人ならではの「視点」。
これは、「信用」から、場合によっては、一気に「信頼」まで辿り着かせることすら可能ではないかと。
「視点」・・・ますます注目ポイントだわっ!
・・・と、いただいたコメントや記事を拝読し、さらに私自身も、もう一段思考を深められました。
こうした思考の交叉があるので、noteはいいですよね^^
✿✿ 50名を超える皆さまに手に取っていただきました(感涙)✿✿
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