強制終了・強制停止
本当は嫌だった
我慢しながらしていた
そういうことを続けてきた経験はありますか?
決断は早い方がいい、とは言い切れないけど
巡り巡って、やっぱり無理なものは無理になるっていうお話。
継続は力なり
我慢していたら自分の力になる
責任は大事
逃げちゃダメ
途中で投げ出すなんてもってのほか
そうだよね、わかる。
正しい、とも思う。
でも、これは絶対?
乗り越えてきた経験があるから力になる。
社会の中で生きている限り、自分の行動が他者に何か影響を与える。
でも、「我慢」や「苦しい」を続けた先に
光が見えなかったら…
希望の見えない一歩ほど怖い
進みたくない
停滞
仕事
健康
人間関係
マイナス方向の言葉を使うなら
自分から見たら
無責任、逃げ
我慢が足りない、周りの人はもっとひどくても動いてる
相手に合わせる忍耐力や対応力、柔軟性がない
相手から見たら
進みが遅い、能力不足
「そんなことくらい大したことないでしょ」、「仮病じゃないの?」
「なんだよ、マイペースだな」、「こっちに合わせてくれたっていいじゃん」
じゃ、この状況進めてみると、どうなるか…
一人で抱え込む
相談できずに思い詰める
回らない仕事が増える
大きなミスが出る
健康悪化
病状悪化
休職
入院
歪な力関係のままの関係固定
服従・依存
自己決定ができなくなる
関係の破綻
じゃあ、違和感を感じたら、嫌になったらすぐに離れる?
それも一つの選択ではある。
でも、成長や経験の機会を手放すことでもある。
調整して、自分にとっても相手にとっても「ちょうどいい」を探すのは大変だ。
でも、人生はその繰り返し。
集まる人が違うから、仕事の内容が違うから調整
毎日体調が変わるから自分との調整
一人ひとりが違うから、相手との調整
ただ、私は経験した中で繰り返し起きていることがある。
それが、自分の意思ではどうにもならないような事態になる、ということ。
強制終了
頑張ってきたけど、もう無理だって言えなかった。
代わりに、体が無理だとサインを出した。
休まざるを得なかった。
戻れなかった。
もちろん、体や意志だけではない。
同時に、自分から見た外的世界にも
受け入れられない事態に直面した。
それは、さすがに「NO」としか言えなかった。
強制停止
そこまで、大きな出来事じゃなくても、
過去にも今でも、動けなくなる。
理由はわからないことも多い。
だって、自分では無理だと思っていないから。
サインは出てたのかもしれない、そこで止まれるならすぐ戻れる。
熱中・集中して、無理を無理と思わず、
自分の閾値をいつの間にか超えたとき
「もう止まって」
「エネルギー不足だよ」
「回復の時間だよ」
そう言うかのように起きる体調不良
そこから戻るのは、実はとても大変だ。
身体も、メンタルも。
スイッチのように
扉のように
そうわかりやすく「回復」「切り替え」ができたらいいのに…
でも、そうできないからこそ
自分の身体の状態に目を向ける時間ができる
自分のこれまでを、振り返って見直すことができる
この立ち止まりや、連続から切り離された時こそ
ジャンプの前の屈伸
次の世界の扉の前に立っているとき
そんな大切な時間なのかもしれない
だからそこまで頑張らないといけない、というわけではない。
スムーズに成長できる方が、きっと穏やかだから。
でも、立ち止まることがあったら
立ち止まるまで頑張ってきたことを認め
動けるまで回復し
次の世界に行く準備をしている
そう思っていいんじゃないかな。
ここでの焦りは、
回復を妨げる。
だから、手放す。
人生ゲームで「一回おやすみ」は、嫌だったけど、
人生で「一回おやすみ」は、その時間を喜んでいいのかもしれない。
いや、喜べる状態のときほど来ないから、
「そっか…」
「ほな、しゃぁないなぁ…」
くらい、かな。
ゆっくりは、「近くて、速い」のかもしれない。
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