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神様。いらっしゃるならどうか、そこに正座しろ。(2)

2. プレハブの朝


町の海側に面して広がる工場には、巨大な塔がいくつも立ち上がり、無数の配管と鉄骨が張り巡らされている。
太いパイプが横に走り、その隙間を細い管が縫うように通る。
周囲には足場が何層にも組まれ、階段が複雑に折れ曲がりながら上へ伸びていた。
どこがどこにどう続いているのか、見上げてもよくわからない。

自転車を止めて、スタンドを蹴り下ろす。
鍵を押し込んで後輪をロックした。
ヘルメットをそのままカゴに突っ込み、リュックのポケットから社員証を出して首にぶら下げる。
正門を入ってすぐの守衛さんに「おはようございます」と声をかける。
守衛さんは私の顔と首元の紐に目をやり、「おはようございます」と返した。

敷地内に一歩足を踏み入れて見上げると、配管の迷宮は、さらに圧倒的な質量で迫ってきた。

広い敷地のあちこちに、小ぢんまりした建屋が点在している。
私たちの事務所は、二階建てのクリーム色の建物を通り過ぎた奥にあるプレハブ小屋だ。
机と機械と書類を押し込んだ、小さな箱。

遠くで、何かの稼働音が低く唸っている。

プレハブの扉を開ける。
金属の蝶番が、ぎい、と鈍い音を立て、古いエアコンのぬるい冷気が二の腕を撫でる。

「おはようございます」
小声で言うと、
「…はよー…ます」
モニターに顔を向けたまま、声だけがぼそぼそとあちこちから返ってきた。
椅子を引いて、リュックを机の下に押し込んで座り、ノートパソコンの電源を入れる。

昨夜、坂本君の家から帰宅したのは深夜近くだった。

真っ暗なリビングの照明をつけ、足元にリュックを落とした。
そのまましゃがみ込んでポケットからスマホを取り出し、何度も反芻した単語を検索窓へ打ち込んだ。
ひらがなは勝手に漢字に変わり、次の検索候補の言葉とくっついて画面に並ぶ。

――退会、本部、被害者の会、芸能人一覧、勧誘。――

「被害者の会」をタップする。
古いSNSのコミュニティ掲示板が出てきた。

「身内がハマった」
「テロ組織」
「はいはい陰謀論」
「ここまだやってんのか」
「元会員だけど質問ある?」
「金返せ」
「母親が返ってこないんだが」
「アンチ必死」
「霊感商法」
「死んだら無だろ」

他にも、AIによる概要。公式サイト。Yahoo!知恵袋。個人ブログ。まとめサイト。弁護士法人の裁判例。
災害ボランティア支援団体なんてものも出てきた。
一通り目を通すと、午前三時を過ぎていた。
やば。
スマホをベッド脇に置き、布団に潜り込んだ。


そして今朝。
デスクトップから受注システムを開き、急ぎの一件だけ処理して画面を閉じると、またグーグルを開いた。

「やばい」「トラブル」「洗脳」「カルト」「ノルマ」

昨夜、宗教団体名の末尾に思いつく言葉を何でも足して、手当たり次第にサイトを見まくった。
また同じ作業を、今度はパソコンで繰り返す。

クリック。
スクロール。
クリック。
クリック。

新しい情報なんてひとつもないのに、私は一体何を確かめたいのか。もはや自分自身でもわからなくなってしまっている。

「おはようございまーす」

チカが入ってきた。
「おは…」
椅子を半分回して振り返り、その出で立ちにぎょっとした。

ブラジャー?いや、ビキニの水着?みたいな布の上から、漁網みたいなメッシュのトップスと、ローライズジーンズ。
腰から上、ほぼ裸。
チカはバッグを机に放り、私の隣に座った。

「え、ちょ、何?どした?」
「何が?」
「海にでも行く気?」
「何それ、ウケル」

うちの工場の営業部には制服はない。
社風がどうかは知らないが、少なくとも少人数のこの部署では、服装や頭髪にうるさく言う人はいない。
私も、最初の一年くらいはそれなりの格好をしていた。
けれどいつのまにか、なんとなく化粧をやめ、コンタクトをやめ、普段は眼鏡で過ごすようになった。

一方チカは、ときどき尖ったファッションで現れる。
仕事終わりに用があるとき、着替えるのが面倒らしい。
だから彼女のプライベートは、服装で少しだけ見える。

に、しても。
ここまでどギツいのは、初めてかもしれない。

「やまもっちゃん」
萩原さんが私たちの方に歩み寄り、チカに薄手の長袖シャツを羽織らせた。
「その恰好は、おじさま方には刺激が強いから。今日はそれ着てなさい」

おじさま方。
田村部長。営業の圖子さん、小西さん。製造の岡部さん。
それに、萩原さん、チカ、私。
このプレハブ小屋には、全部で七人がいる。
ただし圖子さんと小西さんは外回りや出張で不在のことが多く、全員が揃うことはめったにない。
今朝も、ふたりはいなかった。

チカは素直にボタンを留める。
ぺたんこのお腹から覗く臍が目に入り、私は慌ててスチール机の引き出しの取っ手のくぼみに視線を落とした。

――昨日は養老。

こっそりと思う。
今日はどこの居酒屋からLINEするの。

コピー機が、うおん、と唸り、紙を吐き出した。
傍に立っていた萩原さんがそれを取って発信者と納期を確認し、遥ちゃん、と私に差し出す。
「ここさあ、あと一日、納期に余裕くれないかなあ」
「すみません」
椅子に座ったまま受け取り、キャスターを滑らせてパソコンへ向き直る。
受注画面を起動させた。

同じ建屋で机を突き合わせているが、岡部さんと萩原さんは製造部だ。
私たち営業部とは、少し立場が違う。
萩原さんは派遣。
私とチカは契約社員。
この会社の女子社員は、もう何十年も勤めている古株以外に、正社員はいない。
そして仕事が「出来る」順に、派遣、契約、正社員。

注文書をキーボード脇に置く。
得意先コードを入力する。
品番。
荷姿。
数量。
単価。
納期。
備考。
注文書と照合しながら、決められた枠内に文字を入れていく。
登録ボタンを押す。
画面はまた、まっさらになった。
うす紫の枠だけが残る。


3. チカチュウ、モッチー


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