コーヒーはかつてイスラム世界で「禁止令」が出た飲み物だった──人類が最も激しく議論した「一杯」の歴史
毎朝当たり前のように飲むコーヒー。その歴史を遡ると、かつてこの飲み物が「悪魔の飲み物」として断罪され、禁止令が繰り返し発令された時代があったことがわかる。禁止したのは中世ヨーロッパのキリスト教会だけではない。コーヒーの発祥地であるイスラム世界でも、コーヒーハウスは何度も強制閉鎖され、所持するだけで罰せられた時代があった。なぜ一杯の飲み物が、これほどまでに権力者たちを恐れさせたのか。
1. コーヒーの起源──エチオピアからイエメンへ
コーヒーの起源については複数の説があるが、現在最も有力視されているのはエチオピア南西部のカファ地方が原産地であるという説だ。コーヒーという言葉自体が「カファ」に由来するとも言われている。
カカオ豆が食用として使われた後に飲料化されたように、コーヒーも最初は豆を食べたり、葉や果実を使った煎じ薬として使われていたと考えられている。飲料としてのコーヒーが確立されたのは15世紀頃のイエメンとされており、スーフィー(イスラム神秘主義者)たちが夜通しの礼拝や瞑想を続けるために、覚醒効果のある飲み物としてコーヒーを取り入れたという記録が残っている。
コーヒーはイスラム世界を席巻するように広まり、15世紀末から16世紀初頭には、メッカ・メディナ・カイロ・イスタンブールといった都市で次々と「コーヒーハウス(カフヴェハーネ)」が開かれた。
2. コーヒーハウスが政治の温床になった
コーヒーハウスは単なる飲食店ではなかった。商人、学者、役人、詩人が一堂に会し、政治・経済・宗教について自由に議論する「市民の広場」として機能した。チェスや物語の朗読も楽しまれ、識字率に関係なく誰でも情報を得られる場所だった。
これが権力者にとっての脅威だった。コーヒーハウスでは、時の権力者への批判や風刺が堂々と語られた。「コーヒーを飲みながら政治を語る」という文化は、現代で言えばSNSの政治的投稿に近い危険性を持っていた。
1511年、メッカの行政長官カイル・ベグはコーヒーハウスを閉鎖し、コーヒーを法的に禁止しようとした。コーヒーが「人の理性を曇らせる」「ぶどう酒(イスラム法で禁止)と同様に興奮作用がある」という理由を立てたのだ。しかしこの禁止令はわずか数か月でエジプトのスルタンによって覆された。コーヒーはすでに社会に深く根付きすぎており、上からの命令で禁止できるものではなかった。
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