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おくり人〜栞〜|綴25 『 合コンとギルガメシュ叙事詩 』 後編

※本作品には、葬儀に関する描写が
  含まれています。
  ご遺体、告別式、供花など、
  死に関連する場面が登場します。

※本作品は創作です。
  登場する人物、団体、施設、企業は
  すべて架空のものであり、
  実在する人物、 団体、施設、企業とは
  一切関係ありません。

※本作品は、
  毎週 火・木・土 更新予定です。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇
おくり人 〜栞〜
綴25『 ギルガメシュ叙事詩 』後編

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

座敷には、妙な均衡が生まれていた。

白石と山本は花奈の方を向いている。
花奈は笑顔を浮かべていた。
吉村はその二人を監視している。

そして栞は、神代朔が持っている文庫本を
眺めていた。

疑問は言葉になる。
栞は気付けば呟くように尋ねていた。

「その本……面白いんですか?」

神代は少し驚いたように顔を上げる。

「……はい」

「さっき言ってた、死んだ後の話?」

「それも……あります」

神代は本の表紙を指で撫でた。

「ギルガメシュ叙事詩……です」

「ギル……?」

「ギルガメシュ…です」

「……全然覚えられる気がしない」

栞が苦笑すると、神代は小さく笑った。

その時だった。
山本の声が座敷に響く。

「そういえば俺さ!
 高校ん時、バスケ部のキャプテン
 だったんだよ」

「へぇ〜」

花奈はドリンクのストローを回しながら、
空返事をした。

「しかも県大会ベスト4まで、
 チームを導いたんだぜ!」

胸をポンっと叩く山本。
吉村が即座に口を開いた。

「山ちゃん」

「ん?」

「バスケのルール知ってる?」

「っっ当たり前だろ」

「フリースローって何点?」

山本が固まる。
彼の目は上下左右を忙しく行き来した。

「……3点?」

「違う」

「………2点?」

「1点だよ」

「……」

栞は額を押さえた。
花奈は笑顔のまま視線を逸らしている。

神代が小さく呟いた。

「ギルガメシュも……さ、最初…、
 自分…最強だと…お、思ってました」

山本が振り返る。

「え?」

「王だったので……」

「ほぉ〜」

「だ…、誰よ…強くて……誰より偉…と」

「分かるわぁ、王様だもんな!」

山本がうんうん頷いた。

吉村が即座に言う。

「あんたは裸の王様ね」

「なんでだよ!」

座敷に笑いが広がる。
すると今度は白石が身を乗り出した。

「俺なんか、もっとスゲェ武勇伝あんぜ!」

誰も聞いてない。
しかし、白石は語り始める。

「俺な!昔ヤンキーだったんだよ!」

「あっそ」

栞が即答する。
しかし、白石のギアは上がる。

「俺の姉貴、伝説のチームの
 総長だったんだぞ!」

栞と吉村の耳がピクリと動く。

(あの奏さんが???)

「その姉貴が引退したあと、俺は、
 新総長の下の、そのまた下の人の
 子分として活躍してたんだぜ!!」

「………」

「……遠いな、結構遠いな」

吉村は真顔になっていた。
栞は、彼女の表情のほうが面白くて、
つい笑ってしまう。

勘違いした白石のギアが、
また一段階上がる。

「そんで山本と出会った!」

「おう!」

山本と白石は肩を組む。

「コンビニ前でな!」

「2時間だ!」

「殴り合った!」

「引き分け!」

「そこから親友!」

二人は満足そうに頷いた。
しかし、色々端折られた情報では何が起きて
そうなっのか…まるで分からない。

しかし、女性陣からすればどうでもよかった。
……どうせ聞いてないから。

それでも、吉村は静かに問を投げた。

「実際は?」

「口喧嘩」

「頭叩き合い…5分」

「……」

吉村の渋い表情が栞と花奈のツボに入る。
花奈が吹き出し、栞はお腹を抱えて笑う。

当然、山本と白石は勘違いする。
2人のギアはトップまで入った。

そんな二人を見ながら神代が呟く。

「ギルガメシュも……親友と戦いました」

白石の目が輝く。

「ほら見ろ!
 男の友情は喧嘩から始まるんだぜ!」

「……こちらは…本当に命懸け…が…」

「俺らも命懸けで戦ったぜ!!!
 お互い、頭叩きすぎて髪ボサボサに
 なったんだぜ!!!」

「……お互い、突っ込みの練習してた
 だけっしょ?」

「……」

吉村の突っ込みに、トップギアまで上がっ
てた2人のテンションはローギアまでダウン
する。

神代はクスッと笑い…
静かに、ゆっくりと話続ける。

「その後、二人は旅に出ます」

「旅?」

栞が尋ねる。
神代はコクッと頷いた。

「2人とも、強かったので、強者を求めて…」

「それが理由?」

「はい」

「雑だなぁ」

「でも……その旅で変わります」

神代の声は小さい。
けれど不思議と栞には聞こえた。

「変わる?」

「はい」

「何が?」

神代は抱えてた本を、テーブルへゆっくりと
置き…そして静かに答える。

「人は……失うかもしれないものが出来た時、
 初めて怖くなるんだと思います」

その言葉に…ほんの一瞬だけ。
白石の顔から笑顔が消えた。
そして、静かに立ち上がる。

「俺も…最近、愛するりさちゃんを…
 失った……」

「何もはじまってなかったのに?」
「へぇ〜、私ってりさちゃんの代わりなんだ」

吉村、続いて花奈が突っ込む。
2人とも白石を見てない。
手元のメニューを見ながら、タッチパネルで
注文している。

もちろん、白石は気にせず話を続ける。

「俺、気づいたんだよ。
 失うって怖いんだってよぉー。
 だけどよぉ、怖さを乗り越えねぇと、
 真の男にやぁ〜なれねぇって……
 今気付いた!」

「白石くん。
 その思いは、胸に秘めたままのほうが
 カッコいいよ〜」

吉村は表情を変えず、声のトーンも一定で
彼へ諭す。

失恋演説を、吉村が静かに切り捨てたあと…
座敷には、ほんの少しだけ落ち着いた空気が流れていた。

神代はテーブルの上に置いた文庫本へ視線を
落とす。

「ギルガメシュは……親友を失い…す」

その言葉に、栞は顔を上げた。
白石も山本も、珍しく茶化さなかった。

「エンキドゥ……という人です。
 最初は戦って……でも親友になって……
 一緒に旅をして……」

静かな声。
聞き取りにくいのに、不思議と耳へ届く。

「その親友が死んでしまうんです」

座敷の空気が少しだけ変わった。

焼き鳥の香り。

隣の席の笑い声。

ジョッキがぶつかる音。

それら全てが……急に遠く感じる。

「ギルガメシュは……受け入れられなかったん
 だと思います」

座敷の視線は神代へ集まっていた。
耳は、彼の小さな声を聞き逃さないよう
集中している。

「強い王様だったのに……泣いて……怒って……
 親友の死を受け入れられなくて……」

親友が死ぬ。
栞は、その言葉を聞いた時…
鮮明に記憶がよみがえる。

祖母の葬儀。

そこには、ピアノの音や讃美歌の歌声…。
百合の香りと、牧師の囁き。

たくさんの音や香りがあったはずなのに…。
今思い出せるのは、どれも少し曖昧だった。

ただ……祖母が居なくなった。
その事実だけは鮮明に残っている。

悲しかったし、寂しかった。
何より、もう会えなくなるのが嫌だった。
そこまでは覚えている。

だけど――

(それだけ……だったかな)

栞は小さく目を伏せた。
耳に、神代の声が染みてくる。

「親友が死んで……ギルガメシュは初めて
 考えるんです」

神代は、本を手に取りページをゆっくり
捲る。

「自分も……死ぬんだって」

栞はゆっくり目を開ける。

あの日…棺で眠る祖母を見た瞬間。
悲しみの奥に、別の感覚があった気がした。

祖母が死んだ…なら、自分もいつか…死ぬ。

そんな輪郭のない恐怖。
言葉にならなかった何か。
…それも一緒に抱えていたのかもしれない。

「だから……王は不死を探します」

神代は、その後の物語を簡単に話した。

死なない人を探したこと。

永遠の命を求めたこと。

若返りの草を見つけたこと。

そして…蛇に食べられてしまったこと。

神代が話終えると、
座敷は暫く静寂に包まれた。

山本はポツリと小さく呟く。

「なんか…やるせねぇな…。
 永遠の命が無いってオチ」

「だな。
 永遠に生きられたら、最強のまんま
 だったのによぉ〜」

山本と白石の言葉へ応答するように、
神代はゆっくり、静かに呟く。

「もし王が……永遠に生きていても……」

女性陣は、神代の次の言葉を待っている。
いまや、その視線も耳もそこへ注がれてる。

「誰にも覚えてもらえないなら……
 その存在って……
 生きてると言えるんですかね?」

誰も口を挟まない。
神代は、本に視線を落としたまま。

「僕は……そっちの方が怖いや」

栞は息を飲んだ。

祖母が死は…怖かったし、悲しくて……
寂しさもあった。

……でも。

忘れてしまうことも怖かったんだ。

顔。

声。

笑い方。

怒ったときの説教。

味噌汁の匂い。

庭で洗濯物を干していた後ろ姿。

……そういうものが少しずつ薄れていくこと。
それもまた…怖かったのかもしれない。

栞は胸の奥を静かに撫でるような感覚を
覚えた。

吉村は空になったグラスを指先で回した。
そして、誰に言うでもなく呟く。

「私達さぁ…
 死を見送る仕事してるじゃん」

皆の視線が神代から吉村へ移る。

「死を見送るっていうより……」

吉村は窓の外へ視線を向けた。
提灯の灯りが障子へ滲んでいる。

「生きるって何だろうって疑問を…
 ずっと眺めてる仕事に感じる」

誰も返事をしなかった。

ただ、その言葉だけが…
静かに栞は胸に染みていくのを感じた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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