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おくり人〜栞〜|綴24 『 合コンとギルガメシュ叙事詩 』 前編

※本作品には、葬儀に関する描写が
  含まれています。
  ご遺体、告別式、供花など、
  死に関連する場面が登場します。

※本作品は創作です。
  登場する人物、団体、施設、企業は
  すべて架空のものであり、
  実在する人物、 団体、施設、企業とは
  一切関係ありません。

※本作品は、
  毎週 火・木・土 更新予定です。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇
おくり人 〜栞〜
綴24『 ギルガメシュ叙事詩 』前編

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

夕暮れの街に、居酒屋『虎視眈々』の提灯が暖かく灯っていた。

木目調の外壁と、年季の入った暖簾。
店先からは焼き鳥の香ばしい匂いと、人々の
笑い声がゆっくり流れ出ている。

栞は店の前に立ち、スマートフォンの時計を
何度も見ていた。

白いブラウスに、紺色のロングスカート。
派手さはないが、少しだけ柔らかな雰囲気を
意識した服装だった。

(……帰りたい)

合コン会場へ来て最初に浮かんだ感想が、
それだった。

「しおちゃ〜ん!」

聞き慣れた声が響く。

振り返ると、遠藤花奈が手を振りながら
歩いて来る。

ベージュのジャケットに黒のワイドパンツ。足元は白いスニーカー。

流行を自然に取り入れた、お洒落だけど
気取らない服装だった。

「お待たせ〜」

「ううん。私も今来たところ」

「……嘘だね?」

「え?」

「しおちゃん、緊張するとスマホ何回も
 見る癖あるもん」

「……見られてた?」

「うん」

花奈は笑った。
そして、栞の顔を覗き込んで囁くように
問いかける。

「帰りたい?」

「うん」

即答だった。

二人で笑っていると、もう一人の女性が
こちらへ歩いてくる。

「お待たせ〜」

黒丸縁眼鏡に、淡いグレーのカーディガン。
落ち着いたネイビーのワンピースという、
年相応の上品さの中に少しだけ若々しさを
残した装い。

吉村純子だった。

「初めまして〜。吉村純子です。
 しおちゃんの花屋さんが来てくれる会館で
 コンパニオンしてます」

「遠藤花奈です。
 よろしくお願いします。
 しおちゃんは、私の幼馴染です。
 私は、結婚式場で会場装花を担当してます」

「へぇ〜。2人とも同じお花屋さんなんだ」

栞と花奈は、お互い顔を合わせて
ニッコリ微笑んだ。

「吉村さん、しおちゃんから聞いてます?
 今回の合コンの経緯」

「遠藤さん、私のことはヨッシーて
 呼んでいいよ。
 そのほうが、私気楽だから」

そう言って吉村は笑う。

「それじゃ〜、私のことは花奈って呼んで
 下さいね」

「わかったぁ〜。
 じゃあ、花奈ちゃんってよぶね」

吉村と花奈はお互いに微笑む。
初対面の2人がギスギスしないことに、
栞は安心した。同時に、何故か嬉しい。

「今回の合コンの件、聞いてますよ〜。
 ヨッシーはどう聞いてます?」

「栞の同僚の山本って知ってる?
 私、山ちゃんって呼んでるけど、
 ソイツが駄々こねたらしいよ」

そう言って吉村は笑う。

「しおちゃんから、山ちゃんの話は散々
 聞いてますよ。
 すっごい、ダメダメ男らしいですよね」

「ある意味、終わってる奴だよ」

そう言って吉村と花奈は笑った。

「花奈ちゃん、よく合コン引き受けたね」

「それは、ヨッシーもですよ〜。
 理由は…多分同じでしょ?」

花奈はそう言って、チラっと栞を見た。

「うん。
 それもあるけど、私は花奈ちゃんに
 会ってみたかったの」

「まぁ、嬉しい〜。
 私も、ヨッシーに会えて良かったです」

二人は顔を見合わせて笑った。
そんな2人を眺めてると…
栞の胸に、温かい何かが広がるのを感じる。

「それにしても〜待ち合わせの時間、
 過ぎてますよ〜。
 男共、遅いですね」

花奈はスマホに表示された時間を、
2人に見せた。

「先、入っちゃおうよ」

そう言って、吉村は暖簾を上げて2人を招く
仕草をする。

花奈は、栞の背中を押して店内へ導く。

店内は木の温もりを感じる落ち着いた空間
だった。

カウンターでは常連客が日本酒を楽しみ、
座敷からは賑やかな笑い声が聞こえる。

炭火の香りと出汁の匂いが食欲を
誘っていた。

「おっ!」

奥から店長が顔を出す。

「夏帆ちゃんの後輩じゃねぇか!」

栞は軽く頭を下げる。

「こんばんは」

「席は奥に取っとるぞ!」

「ありがとうございます」

「えっ?……もしかして……。
 会場の段取りもしおちゃんに全振り?」

花奈の言葉に、栞はコクッと頷いた。

三人は店長の案内で奥の座敷へ向かった。

襖が開く。

六人掛けの席。

その一番奥に、一人の男性が静かに座って
いた。

縁のない眼鏡に紺色のシャツ。
古びた文庫本を開いたまま、静かに文字を
追っている。

三人の気配に気付くと、本へ栞を挟み、
ゆっくり閉じた。

そして立ち上がり、小さく頭を下げる。

「…こ…こんば………」

それだけだった。
しかも、声が小さくて聞き取れない。

「はぁ?」

ドスの効いた吉村の声が静かに響く。
男性は、ビクッと肩を震わせた。

「まぁまぁ、ヨッシー、落ち着いて〜。
 あなたは、山本くんのお友達?」

吉村とは対照的に、花奈は優しく落ち着いた
声で男性に話しかける。

「……は……ぃ……で………す」

「聞こえんわーーい!!」

花奈の声が響く。

先程までとは対照的な、威圧的な声に、
再び男性はビクッと肩を震わせた。

「まぁまぁ。
 取り敢えず皆座って、山ちゃん達来るの
 待ちましょう」

栞は男性に、どうぞっといって座るように
促した。

その時、彼が読んでいた本のタイトルが栞の
目に映る。

『ギルガメシュ叙事詩』

(……なんか……嫌な予感がする……)


その時…襖の向こうから、騒がしい足音が
近づいてきた。

「ちわぁ〜〜っっっす!」

勢いよく襖が開く。

そこに立っていたのは山本と、金髪にピアス
の若い男性だった。

「悪い悪い!ちょっと道混んでてさ!」

山本は全く悪びれていない。
栞は、冷えた目で山本を見る。

「……遅刻」

「まぁまぁ!
 主役は遅れてやって来るって言うだろ?」

「は?誰が主役なの?」

山本は聞こえないふりをした。
隣の男性は、座敷へ入るなり女性陣を
見渡した。

「うぉ……マジか」

その視線が、花奈で止まる。

「え、待って。めっちゃ可愛いじゃん」

「ちょっと、竜誠!」

山本が慌てて肩を掴む。

「まず自己紹介だろ」

「あっ、そうだった!」

白石は胸を張った。

「白石竜誠!よろしくな!」

「山本どぅぇ〜〜〜す」

「……はいはい」

栞は溜息交じりに呟いた。
そして、二人はそのまま座ろうとした。

吉村が、奥で静かに座っている男性を
指差す。

「で、山ちゃん。
 そちらの方は?」

「あぁ!」

白石は親指で男性を指した。

「俺のダチ!サク!」

それだけだった。

男性は静かに本を閉じ、軽く頭を下げる。

「……神代朔です。古本屋で……」

後半は、ほとんど聞こえなかった。

「「なんて?」」

栞と花奈の声が重なる。
神代は、少しだけ慌てて視線を落とした。

「あ……いえ……よろしくお願いします」

そんな神代を余所に、白石はすでに花奈の
方へテーブル越しに身を乗り出している。

「ねぇねぇ、名前教えてくれ!!」

「…、はぁ〜〜」

栞が呆れる。

「名前!名前教えて!」

「間宮栞です」

「しおちゃんね!」

「あのぉ〜。初対面ですよね?
 気安く呼ばないで下さい!」

栞の声は、白石の耳には入っていない。
お目当ての花奈へ、視線が釘付けになって
いる。

「私は遠藤花奈です」

「花奈ちゃん!」

白石の顔が、一気に明るくなった。

「吉村純子です」

「純子ちゃん!」

「白石くんって、距離詰めるの早いねぇ」

吉村が笑顔のまま言った。
その笑顔は柔らかいのに、どこか圧が
あった。

しかし、白石は何も感じていない。

山本は席に着くなり、当然のように栞へ
聞いた。

「なぁ、注文してる?」

「……してるわけないでしょ」

「え?なんで?」

「なんで私が全部段取りしてる
 前提なんですか?」

「いや、副主催兼幹事だろ?」

「誰が副主催兼幹事なんだよ!」

栞の声が低くなる。
その隙に、白石は花奈の隣へ座った。

「花奈ちゃん」

「はい?」

「俺、めっちゃ花奈ちゃんタイプ!」

「はぁ…」

白石は迷いなく花奈の手を取った。
一瞬、花奈の表情が歪む。

「一目惚れっす!!
 結婚を前提に付き合ってくれ!!!」

その場の空気が止まった。
次の瞬間、吉村が白石の手首をそっと掴む。

まるで、盛った犬を首輪ごと引き戻すような
自然さだった。

「白石く〜ん」

「なんだよ!いいとこなのに!!」

「初対面の女性の手は、勝手に握らない」

グッと吉本の手に力が入る。
白石は何かを感じとったのか……
少し大人しくなる。

「……はい」

「好きって言う前に、まず相手が安心できる
 距離を作ろうね〜」

「……はい」

白石は素直に手を離した。

花奈はにっこり笑ったまま、鞄から小さな
アルコールスプレーを取り出す。

シュッ。

シュッ。

丁寧に手を消毒していた。

「え〜!花奈ちゃ〜ん!
 それはないぜー!俺、傷つく!!」

「傷つく前に学んで」

吉村が淡々と言う。
山本が笑いながら白石の肩を叩いた。

「まぁ仕方ねぇよ。
 こいつ最近、年上の女に振られたばっか
 だからさ」

「おい!それ言うな!!」

「四十代だっけ?」

「歳は関係ねぇだろ!」

白石は急に真顔になった。

「りさちゃんはなぁ……
 マジでいい女だったんだよ」

女性陣の空気が、少しずつ冷えていく。
しかし、白石は構わず続けた。

「年上で、強くて、めっちゃ働くし、
 俺のこと全然相手にしねぇし。
 でもさ、なんつーか、隣にいるとさ……」

「はいはい、失恋話は後でな」

山本が白石を押しのけた。

「花奈ちゃん、聞いて。
 俺さ、この前の赤薔薇祭壇の現場でさ、
 祭壇仕上げたし現場切り盛りしたんだよ」

栞の眉がぴくりと動いた。

「部長にも褒められてさ。
 "山本、お前こそスーパーエースだ"って」

「へぇ〜」

花奈は笑顔で聞いている。
その笑顔は優しい。

しかし、信じているかどうかは別だった。

吉村が、ぼそっと呟く。

「あ〜あ、夏帆さんにチクったろ」

山本の動きが止まった。

「……………え?」

「この前の現場、夏帆さんもいたよねぇ。
 しかも、祭壇挿したのって…
 確か、夏帆さんだった気がするけど…」

「…………」

「スーパーエースの様が嘘つくわけないし、 
 そうだ!山本様の活躍を、夏帆さんに直に
 聞いてみよっかなぁ〜」

山本は静かに背筋を伸ばした。
そして頭を深々と下げる。
美しい土下座だった。

「すみません!!
 少し話を盛りました」

「少し?」

栞が冷やかに見つめる。

「……かなり盛りました」

山本は小さくなった。

ようやく座敷に静けさが戻る。
吉村は、今度は白石へ視線を向けた。

「白石くんってさぁ、お姉さんいない?」

「おお!」

白石の顔が一瞬で輝いた。

「世界一の姉貴がいるぞ!」

「……やっぱり」

吉村は鞄から一枚の名刺を取り出した。

「この前、会館に来たんだよね。
 音響設備の確認で…」

名刺には、白石奏の名前があった。
白石の顔色が、みるみる青ざめていく。

「……姉貴……来たの?」

「うん」

「俺のこと……何か言ってた?」

「特には」

「な、、なら、よかった……」

「ただ……」

「………ただ?」

吉村はにっこり笑った。

「今の白石くんの様子は、今度会ったら
 伝えよっかな〜〜」

白石は両手で口を押さえた。

その様子を見て、吉村は自分の口に人差し指
を当てる。

「しっ!音が途切れる……」

その一言に、栞は目を瞬かせた。
どこかで聞いた言葉だった。

座敷の空気が、今度こそ静かになる。
その静けさの中で、栞はふと気付いた。

部屋の隅。

神代朔が、いつの間にか文庫本を開いて
読んでいる。

騒がしさの外側に一人だけ座っているよう
だった。

「あのぅ……神代さん」

栞が声を掛けた。
神代は顔を上げる。

「何を読んでるんですか?」

神代は表紙を少しだけ見せた。

古びた文庫本。

そこには、古代メソポタミアの物語が
書いてるらしかった。

「人…死…、は…に…いて…
 物……を読…、でま……」

物凄く聞き取りにくかった。
栞は、グイッと神代へ近づく。

神代はビクッと肩を震わせた。

「声を張る!!!
 何を読んでるの?」

栞は近づけるだけ、神代の口元まで
耳を寄せる。

「……人って、昔から……死んだあと、どこへ
 行くのかを考える本……です」

栞の目が丸くなる。
さっきまでの騒がしさが、少し遠く感じた。

「……死んだあと?」

神代は小さく頷く。

そして、聞こえるか聞こえないかくらいの声で続けた。

「どこへ行くか分からないから……、
 きっと……送る形を作ったんだと…
 思いま…す」

栞は、その言葉をすぐには受け取れな
かった。

ただ、胸の奥に静かに引っ掛かる。

居酒屋の喧騒。

焼き鳥の匂い。

山本の小さな咳払い。

白石の固まった姿。

花奈と吉村の気配。

その全部の中で、神代の言葉だけが…
妙に静かに残っていた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

🔽次の話〜綴25〜

🔽前回の話


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